新しい客人
第19話 新しい復讐
翌朝、学校の教室に入るとクラスの女子たちが騒がしい。私がドアを開けた途端、一斉に私をじっと見てそれから数秒、顔を固くしている。
私が何かするたびにこういう出来事が起きるのが日常。いわゆる毎日が黒歴史だからもうこの様子には慣れてしまった。
「私、また何かやっちゃいました?」とついなろう系小説の主人公が言いそうな言葉を言ってしまいそうになる。だがそれを抑えて私は窓際の机に座る。座るとクラスのリーダー格である女子が何か鬱蒼とした顔で私に駆け寄ってきた。
「真中ちゃん、これ真中ちゃんだよね?!」
彼女のスマホを見ると、そこには土曜日に撮影したアレックス監督の試演動画の一節が流れていた。その中では琳音くんが泣きそうになるのをこらえながら、監督の質問に答えていた。
「ほら、琳音くんの後ろで懐中電灯を当ててる人。これ真中ちゃんだよね?」
「え……?」
そもそもなぜアレックス監督の試演動画がYouTubeに流れているのだ? まさか本人ではないかと思って思わず画面を見入る。投稿者名は『ハートビートルズ』とカタカナで書かれてある。どうやらネットに流出してしまったらしい。
リーダー格の同級生が、いつまでたっても答えない私にイライラした様子で、大声で再び尋ねてきた。
「これって真中ちゃんだよね?!」
「……懐中電灯は確かに私だけど、この動画は流してないよ。てかどうしてみんなこの動画を知ってるの?」
「だって急上昇一位だったんだよ? その動画を何気なく見てたら同級生がいて……。あーもう訳わかんない」
彼女が呆れた様子なのをよそに、私は監督のSMSに直接質問をしてみる。
『おはようございます。試演動画がネットに上がってますが、あなたがしたのですか?』
すると一分程度で返事が返ってきた。
『違うよ。そのことについては、昼に食堂で話そう』
お昼は食堂か。そう独り言をつぶやきながら、私はクラスの女子たちの騒がしい様子を眺めていた。
私のことを「怖い」と言う人たちや自分の私の写真を撮って、SNSアカウントに『こいつです』と流す人たちもいれば、私のことを被害者として見てくれる人もいた。
「真中ちゃん、今回は災難だったね。多分映ってるのは生徒会長と真中ちゃんとで一緒に怖い人から逃げた子だよね? どれだけ真中ちゃんの住む町は修羅なの……?」
「まあ、気にする必要はないよ。私から首を突っ込みに行ったせいだからね。今回も私が映像を撮った人に頼んだからなんだけど……」
「マジかよ」
「琳音くんとは親しくてね、彼がどうしても世間で誤解を解きたくて、そのために映像という方法を取ったの」
「そうだったんだ……。気を落とさないでね」
どこか謙遜するような態度で私を慰める彼女たちだが、それよりもスマホの通知音がカバンからけたたましく、何度も何度も聞こえてくる。
「真中ちゃん、スマホの通知音がすごいね」
それでカバンを開けて何気なくスマホを開くと、Twitterからの通知がこれでもかと言うほど来ていた。
恐る恐るアプリを開くと、そこにはリプライやらDMやらで私のアカウントが阿鼻叫喚の地獄と化していた。
『犯罪者はくたばれ』やら『お前がやったんだろ』といったのはまだ序の口。中には核心をついたリプライも飛んできていたのだから。
『お前が映像を撮らせたんだろ。琳音が可愛いからってお近づきになりたかったんだろ』
「…………」
無言でタイムラインを流すと、そこには様々なデマが出てきたり、議論をするアカウントがいたり、やはりネットの児童心理学者たちがそこで琳音くんのストックホルム症候群が未治療のままだと指摘する人たちもいた。こんな動画を鵜呑みにするのは危険だと。
まあ、作り込んだ映像だから、と言うのもあるのだろう。やはり自作自演を疑うアカウントもあれば、部屋の構造から違った住所を特定する人もいた。
もう、どんな気持ちで迎えればいいのかわからない。涙目で冷えた脳味噌を使い込んで、必死に考えようとする。だがショックのあまりなかなか前へ進めない。
もしかしたら、と思ってトレンドランキングを見てみると、やはり一位に『琳音くん』が出てくる。ああ、これはヤバい。さりげなく私が懐中電灯を当てているのもバレているし。
そこでちょうど重々しいチャイムの音が鳴る。それから数秒後、担任の先生が「何を騒いでるんだ?」と聞きながら生徒たちを黙らせようとする。きっと先生もわかっているのだ。Twitterは誰がやっているかわからないから。
「さて、今日は大変なことになっているな。そこで私たちは……」
それからずっと、昼はまだかとうわの空で授業を聞いていたのだった。ノートも取らなければ教科書も開かない、異質な午前だった。
それから昼になったので私は財布を持って教室へ出た。食堂までの道中、私が動画の中にいたことを揶揄う高校の先輩や、冷たい目で私をみる後輩、私を睨み付ける教師たちなどと遭遇しながらも何とか食券機でカレーを購入することができた。
食堂で出来上がったカレーをお盆の上に乗せて、早速アレックス監督の座る席を探す。どこかどこかと必死になって探していると、奥で監督がニヤニヤしてサンドウィッチを食べていた。
「監督、座っていいですか?」
「いいよ、座って」
私は監督と向かい合った形で動画が流出した経緯を聞き出そうとする。カレーももちろん食べながら。この甘味とも中辛とも言えない辛さが、この学校のカレーの良さなのだ。カレーに舌鼓を打ちながら監督の話を聞いていた。
「監督、どうして動画がネットに流れたんですか?」
「実は恥ずかしい話、パソコンを乗っ取られた」
「乗っ取られた、とおっしゃいますと?」
そこから監督は重々しい雰囲気でことの経緯を説明し始める。監督自身もどこか罪悪感があるようで、あまり話したくなさそうだ。
「家に帰ってからメールが来ていたのよ。Twitterのフォロワーだと名乗る人から。それでファンアートを描きました。とそれだけ書かれてて、添付されてた画像を開いたら……バンってこと」
つまり何者かから送られたメールを開いてウイルスに感染。遠隔操作のウイルスがそこには仕組まれていたと言うわけか。
まあ事情は大体察することができたわけで、これからどうするかを監督と語り合う。その話を聞こうとたくさんの人たちが自分たちのいる場所から耳を傾けている。つまりみんなが知りたい話題なのだ。それくらい今の私たちは注目されている。嬉しくないけど。
「これからどうします?」
「予定は決まってる。早速だけど、撮影用のスマホを渡すから、これで琳音くんに自分の一日を撮ってもらって、それを私へ送って」
「その中で何をされたか、とか琳音くんがどんな日常を送っているかを語るんですね。その中に主張を織り混ぜると」
すると監督は明るい顔になってパチンと指を鳴らして私を褒めた。
「察しがいいわね! 今まで自分がしてきたことへの復讐にもなるだろうし、真夏くんだっけ。彼にも気づかれる可能性があると思うの」
「なるほど……」
私は監督からスマホを受け取ると、そのまま食べ終わった食器を片付けて教室へ帰った。教室に入ると女子が数人、腕を組んで私を向いて笑っている。
「ねえ真中」
「な、なに?」
「アレックス先輩とさっき話してたでしょ? それで聞いたんだけど、琳音くんの日常動画を撮るんだって? 楽しみにしてるわ。ここからどう挽回できるか見ものね」
女子の一人が私の肩を叩くと、残りの女子は腹を抱えて笑い出した。失礼な奴らだなあと思いながらも無視して音楽を聴くことにした。
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