第14話 アレックス監督

「Lexie様 はじめまして。上杉学院中学校三年C組の千代真中です。もし違っていたら申し訳ないのですが、あなたは上杉学院高校の先輩ではありませんか? 

Twitterで調べていたら私が今年クリスマス礼拝で歌う曲のことを呟かれていましたので。また、自分勝手ながらあなたに撮って欲しい人物がいるのです。


彼の名前はまだ言えませんが、四年前に起きた誘拐事件の被害者で、ネットでストックホルム症候群だと言われておりました。ですが本人は『違う』と主張しているのです。もしよかったら返事をください」


 これでよしっと。簡素なメール文を打ってメールを送る。あとは企画書を書くだけだ。でも企画書とはどうやって書くのだろう? むかしおそ松さんが流行った時、本でアニメの企画書には手書きの人もいるとあったのだが、どうすれば私の本音が伝わるだろう。


 私は手書きの人を真似てみることにしたが、とりあえずボールペンで思いの丈を綴る。


「平成の終わり頃、上皇陛下がまだ天皇陛下と呼ばれていた頃のことでした。夏の終わりに発覚した近江舞子における少年強姦致傷事件。あるいはそのきっかけとなった誘拐事件。被害者の少年は当時まだ十一歳でした。


 あれから四年、被害者は十五歳となりましたが、私、千代真中の目からしても危うい精神状態、首元や腕に巻かれた包帯には赤黒い地の跡がしっかりと残っており、ほぼ毎日、会うたびに傷跡が新しくできています。

 ですが映画原作の小説を翻訳して小金を稼いだり、外へ出たり、自活しようという様子ではあるのです。彼はよくネットで『ストックホルム症候群』と呼ばれていましたが、本人は違うと主張しています。また、彼の首筋にはスカリフィケーションで作られた数字のケロイドが浮き上がっており、こちらは写真を添付しておきます。


 また、『血縁の罪』のため苦しい人生を送ってきたと泣きながら私の前で泣いていました。そんな彼は精神治療のため、また自分の主張をするために必死なのですが、どうか彼の主張を広げるお手伝いをしていただけないでしょうか。よろしくお願いします。 考案者:千代真中」


 はあ……。まだ私は十四歳なのに、まるで映画の企画書を書いているような気分だ。映画の企画書にはスタッフや出演者に関する企画、構想まで書かないといけないのだが、これはただの陳情書。どうしたらLexieを説得できるだろう。


 翌日、昼休みにうたた寝しているとスマホの通知音が鳴った。それに気づいて何となくメールを開くと、なんということか。あのLexieから返信が来ていたのだ。


「三年C組よね? すぐ向かうから、ちょっと待ってて。 アレックス・アンダーソン」


 アレックス……。ああ、あの変な髪色の先輩かあ……。成績優秀で、中学校では写真コンクールで金賞を授与されるほどの実力者だった。だが彼女は変わり者だ。

 それはシャギー状に切った制服のスカートや虹色のグラデーションを頭一周したような髪色を見ればよくわかることだ。その髪を一つにまとめて、同級生に『監督』と呼ばせているとか。


 ははは……。自分のした事に後悔しつつも、私はイギリス訛りの日本語を話す先輩がC組の教室に入ろうとするのを歓迎していた。


「あなたが千代真中?」

「そうですよ、監督」


 するとアレックス監督は嬉しそうな顔をして私を抱きしめた。嬉しいのをあからさまにして、決して自分の表情は隠さない。どうやらそんな先輩らしい。


「監督って呼んでくれるなんて、嬉しいわねえ! で、企画書は?」

「これです」


 私が二枚の紙に書いた企画書を渡すと、アレックス監督はしばらく企画書を眺めながら、日本語を確認する。


「ねえ、つまりドキュメンタリーを作ってほしいってこと?」


 さすが監督。言葉の壁を乗り越えて、私の言いたいことをきちんと理解してくれた。


「そうなんですよ監督! 監督のドキュメンタリー風ドラマは見ました。朝焼けの中、海を眺めながら涙目で海をじっと見つめる男! あの構図は素晴らしかったです!」

「私が撮りたいのは、現実の中にある嘘なの。本当の人間の主張をするために私を利用しないで」

「で、でも監督、有名な事件ですよ? これを基にフェイクを入れてもいい。もしこれをYoutubeにあげたら、きっと有名になりますよ。監督の他の作品も認められます」


 するとアレックス監督は私をしばらく睨みつけて、じっと見つめる。それから舌打ちして、こう言った。


「後で契約書を送るから。もう戻れないってことを覚悟しなさいよ」


 アレックス監督がついに参戦してくれる。この事実に思わず私は舞い上がって、分かりましたとだけ答えた。


「それにしても企画書のスカリフィケーション、マジ? これなら本人に一度会わないと……。本物を見たいし」


 そう引き気味に言ったアレックス監督の言葉が忘れられない。私はありがとうございますと言った。その時、チャイムが鳴って監督は「戻らなきゃ」と言った。


「よろしくお願いします」

「よろしく」


 お互い握手だけしてすぐ教室に戻ったが、アレックス監督の何か得体の知れないものを作るような表情と、握った手の強さは忘れることはないだろう。私は授業中ずっと、監督がどんな作品を作るかを考えるだけで授業のことは上の空だったのだ。

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