第13話 Lexieへのメールと再会

「……好きにしてください」

「やった! じゃあ琳音くんも自分の主張をしたいってこと?」

「もちろんですよ」


 それを聞いて私は琳音くんにさっそく違う提案してみた。


「じゃあ、琳音くんさ。ブログで自分の日記や過去を書いて、世間に事実が違うことを主張してみたら?」

「俺名義で?」


 琳音くんが怪訝そうな顔をして自分を指さす。


「もちろんよ。シャーロックってドラマでも、最初ジョンがカウンセラーに精神治療の一環として勧められていたから」


 すると、琳音くんは目が宙に浮いた状態で黙り込み、私の頭を撫でて微笑んだ。


「それは無理。だって、俺がブログを始めたら、これこそ変態やら児童心理学者を名乗る奴らがTwitterとかFace Bookにリンクを貼って言うじゃないか。『やっぱりこいつ、ストックホルム症候群だ』って」

「あー……。そうか……」


 私が困りつつもドキュメンタリー映画を個人で撮っている人の動画を探していると、たまたま仙台近郊での震災で子供を亡くした男を追った映画がYoutubeで公開されていた。この"Lexie"というユーザーは英語も得意らしく、英語字幕まで丁寧につけている。


 海を眺めながら、自分の家族を奪ったものを目の前に男が涙を流す。自分はここに帰ってきたと。その映像には普通のドキュメンタリー映画とは違う感情というものが込められていて、十分程度の短い映像なのに、私も思わず涙を誘われてしまった。


「……これだ!」

「んー、ああ。こいつか」


 琳音が割り入って映像を眺める。そして涙を流す私をみて言った。


「こいつ、ドキュメンタリー風のドラマを作るのが得意なんだよな」

「でも面白そうじゃない? ドキュメンタリー風のドラマを作る人にドキュメンタリーを作ってもらうって」

「必ず虚構が入るぜ」


 とりあえずこの人の公式サイトを見てみることにした。まあ、公式サイトとは言ってもTwitterだが、仙台に住んでいるらしい。彼女のツイートを見てみると、駅中のスタバで限定メニューを買ったこと、夏前の考査で忙しかったこと……、あれ? この画像、背景に私が通う学校の礼拝堂が建っている。


 そして去年のクリスマス礼拝……。「ブリテンめんどいぜ!」……。ああ、私の通う中学校ではブリテンのクリスマス専用の歌を歌う。中学生が。この人は三年生が歌うものを呟いているから、今は高校一年生……。学校の先輩かあ! とりあえずこの人にメールを書いてみよう。


 私は企画書を書くために、琳音くんの主張したいことをメモアプリに書いていく。


「ねえ琳音くん。何か主張したいことある?」

「いっぱいあるぜ。よくネットでは俺のことをストックホルム症候群とか言うけど、それは違う。俺は柚木先生とは幼い頃に知り合っていて、証拠として大学時代の先生の写真を入れたロケットを持ってるんだ。次に、俺の首筋を見てくれ……」


 私は琳音くんのうなじを見るように、彼の長い髪を自分のゴムでまとめて見やすいようにする。するとそこには、数字の羅列がケロイド状に現れていた。


「えっ、なにこれ……? とりあえず写真に撮っておくね」

「そうしてくれ。これのせいで俺の人生は滅茶苦茶にされたんだ。何でも父親の隠し財産を表す暗号らしいけど……。これをケロイド状に表す時、皮膚をKUNGARの施設で切り取られたんだ。それも麻酔なしでな」

「これは流石に……。で、次に何か話すことってある?」

「あとは……、レッテ社会にはびこる『血縁の罪』。これのおかげで俺はKUNGARの施設でいじめられて、聖ビルギッタ学園に引き取られた時もしばらく話せなかった。それからは自分なりに幸せな生活を送っていたけどよお、先生がやってきた年に六月坂という男が俺を検体にしようとしてきた。『血縁の罪』を持ち出して。それをきっかけに先生が俺を誘拐して、一年間日本を彷徨った。それでお金が足りなくなって、俺のために先生はインデル症候群にかかって……」

「オレ、今の録音してるからな。あまりにも酷すぎるぞ、それ……」


 そこから琳音は自分の過去を思い出して泣き出し、椅子の上で体育座りをして拓也さんを遠い目で見つめる。その姿はどこかいじけているようだ。


「血縁の罪が何かを聞き出すのは難しいけど、これを重点的に書いて高校の先輩に送ってみるわ」

「ああ、そうしてくれ……。もう嘘を入れられてもよくなっちまった」

「フェイクを入れなくても、琳音くんの過去はドラマチックだからなあ……」


 拓也さんがうなずくと、ノックする音が部屋からしてきた。そのノックの音があまりにも大きすぎるから、私と琳音くんは思わず体を固くしてしまった。


「ちょっと拓也くん、今年の冬イベントはどうするの? わたし何のコスプレすればいいの?」

「あ、ああ香澄。今大事なところなんだ。待ってくれないか?」

「何が待ってくれないか、よ! もう私入っちゃうからね!」


 そう言って中に入ってきたのは、播磨香澄はりまかすみさん。拓也さんの奥さんだ。彼女は嫉妬深い性格で、どこか激情的だ。


「なに三人で話し合ってんのよ! おまけに一人泣いてるし……。なに話してたのか教えなさいよ!」

「あー……」


 黙る拓也さんに詰め寄る香澄さん。私は当たり障りがないように事情を説明してやる。


「冬のイベントで拓也さんが実際の事件を基にしたイラスト集を描くんですって。それでその事件の被害者にも来てもらったんです」


 すると香澄さんはどこか納得したような表情で琳音くんを見つける。椅子の上で相変わらず泣いたままの琳音くんの頭を撫でて、香澄さんは口にした。


「琳音じゃない! 今までどこで何してたのよ! 私ずっと心配してたんだから……!」


 そうどこか懐かしむような口調で慰める彼女は、琳音くんを抱きしめて慰める。白いシャツを着た彼女は、化粧が崩れるのも気にせずに琳音くんと一緒に泣き、同じ町に落ち合ったお互いの再会を喜んだ。


「琳音……。みんなあんたがいなくなってから、寂しいってしか言わなくなって、私のおじさんは特に落ち込んでたのよ……。伝ちゃんも大変なことになって、瑠架くんは奨学金で東北の大学に行っちゃうし……。私、瑠架くんが受験の時に部屋を貸したけど、ずっと私たち夫婦と一緒に琳音くんのことを心配してたわ。なんで近くにいるのに、ここに私たちがいることを知らないのかって。やっと気づいてもらえて、安心したわ……」


 なんだか切なくなってきて、私はメモアプリに琳音くんの伝えたいことを書くのを忘れていた。それに気づいて慌てて書き上げ、香澄さんが琳音くんを慰める部屋をこっそり後にした。

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