正しき者は制裁を下す
第7話 生徒会長と夜の暴漢
平成の大合併の時、藤峰町だった時に町内唯一の中学校で合併後の市名を考える会が催された。候補は『米里市』と『峯里市』の二つ。このどちらにするかでとあるクラスは拮抗していた。すると、とある生徒が提案したのだ。
「この藤峰町には先代の町長、
確かに、峯浦が町長として君臨していた二十五年は、国内の大手企業を誘致するのに成功したり、当時社会的に差別された上に閉鎖的な社会を作り出していたインデル症候群の患者たち--通称レッテ--との和解に全国で初めて成功した時代だった。
現在でも住民の一部はレッテたちに差別的な視線を向けるが、レッテや彼らの一部であるインガは狭い町内で普通に生活し、普通の子供たちと同じ学校に通う子供たちもたくさんいる。
峯浦は彼らに手を差し伸べて、一般人から差別心を無くそうとした町長として、レッテをはじめ、工場誘致もあり、地元住民の間でも尊敬されていた。
そのことを知っていた当時の中学生たちは「いいね」とばかりにその命名案に賛成し、国内では珍しく人名の付いた『峯浦市』という、県内で一番大きな市が誕生した。
そのひ孫である峯浦瑠月(みねうらるつき)が自宅に来ていた。町長を辞めた後の峯浦は新幹線の走る駅のある街に餅屋を開いた。
その餅屋の経営を任されたのは関西から、東北大学の農学部でイトミミズについて研究していた
彼は婿入りして峯浦の孫娘、
さて、こうして浩が峯浦家に婿入りしてから娘二人が生まれたわけだが、浩と彼女たちはどうしてか十五歳までには髪の毛が頭から毛先まで白くなっていた。
この奇怪な現象は浩の、若くして亡くなった母までに渡るわけだが浩は自身の母を知らない。浩を産んで、母の秀子は電車に飛びこんで亡くなったからだ。
そういう理由で、峯浦家の一族は浩たちの髪について触れてはいけない、という暗黙のルールさえできている。私は
震災で田んぼが使えなくなった父は峯浦家の土地を借りて稲作を行い、私は浩おじさんに頼まれて上杉学院に中学受験をして入った。どうやら瑠月には友達がいなかったようで、その仲間として当時地元の小学校でいじめられていた私が選ばれたのだ。
そのせいか、瑠月は新幹線で通学しているのに私は在来線で、朝六時半の電車に乗って通学している。せめて毎朝行われる礼拝には間に合うようにしないといけない。一時間ほど電車に揺られてから、さらにバスに乗って三十分は経たないと学校に着かないからだ。
そんなお嬢様、瑠月が自宅に着くと私を見てぶっきらぼうに「おかえり」と言ってきた。彼女は強い。
瑠月は白髪に染まっていく髪を入学当時にからかわれても、自身のスピーチ力と貴族的風格で周囲を圧倒し、生徒会長にまで上り詰めた。これには、まあ、姉のひづるが先に生徒会長をしていた縁で、姉妹揃って生徒会長を務めているのだが。
「生徒会長様がなんで障害者の家にいるの?」
「あんたが発達障害を持っていたって関係ないでしょ。私は父さんも母さんも、結婚二十五年目を記念した旅行で不在なの。よって三日間、あんたの家にお世話になるから。よろしく、真中」
障害のある無しは人と接する上では関係ない。親戚なら尚更、その仮説の強さが強調される。瑠月は私の障害で、具体的にどこが障害に見えるかを教えてくれる。たとえば。
「まなかー。おばさんがごはんだって」
先程まで初対面の美少年に誘われて彼の部屋で、サンダーバードを見て一緒に寝た。その上lineまで交換したことは瑠月には内緒にしないと。そうしないと、瑠月に取られるかもしれないから。まあ、琳音くんとの関係は誰にも教えたくないけど。
「んー。ねえ瑠月、あんたなら好きな人に『助けて』ってlineが来たらすぐ駆けつける?」
「はあ? そんなの、人によるじゃない。好きな人でもどんな危機に瀕しているかによるわ」
「はーああ。だから生徒会長様は彼氏ができないんだよ」
すると瑠月は私にグサっと心に刺さる言葉を突きつけてくる。
「あんたも先生以外、付き合ったことないでしょ……。でもそんな会話をするってことは、彼氏ができたの?」
ニヤついてしまっていた私の顔を見ながら、生徒会長様は悔しそうな顔をして私を指さす。
「あー! 先を越されたあ……。真中のくせに……」
そう言って畳の上に倒れこんで悔しがる彼女に、私はピースサインをして付け加えた。
「まあ、まだ友達だよ」
「あんたの『まだ友達』は信用できない。だってそのうちキスをするんでしょ? 知らない男と」
「まーた勝手に空想して! 私はそこまで自分を安売りするようなビッチじゃないから! 学年の噂だけで片付けようとすんな!」
はあ……。瑠月の妄想にはイライラさせられる。イラついてため息をつくと、私のスマホがポケットの中でピコンと鳴る。
もしかして琳音くんかも。そう思ってアプリを開く。すると、そこには琳音くんからのテキストメッセージがたった数文字書かれていた。どうやら今、かなり切羽詰まった状態にあるらしい。
『助けて』
この数文字だけで、私は行く決心を固めた。横になってジタバタしている生徒会長は放っておいて、早く家を出て琳音くんを助けなきゃ。そう思って外へ出ようと玄関に向かうと、瑠月が起き上がって早速聞いてくる。
「彼氏からのライン?」
「まあ、それに似たものだけど、付いてこないでよ」
「はいはい」
そう口では答えつつも、瑠月は立ち上がって私の後をつけてくる。私はサンダルを履いて、家の精米をする作業場にある自転車に跨る。すると後ろの荷台に瑠月も座って私にささやいた。
「あんたの彼氏、見てみたいから」
そのどこまでも私についてこようとする精神にイラつきは頂点に達して私は隠し事をあきらめた。
「まだ彼氏じゃねーよ! 法律違反が怖いなら自転車から降りな。琳音くんを助けに行くのに邪魔だから」
「邪魔は言い過ぎ! それに私は頭の回転ならあんたより速いんだから!」
「はいはい。じゃあ地獄の底まで付いてこいよ。バカ!」
「あいよ!」
自転車に乗ってふたり乗りで琳音くんのもとへ向かう。だがどこへ行けばいいかわからない。そのことにすぐ気づいたのは瑠月だった。
「真中! どこに行くの?! どこに琳音くんがいるのよ!」
「あ……」
私はそのまま土手道を止まる。その調子で瑠月の頭とぶつかって後頭部にじんじんと痛みが広がっていく。
「瑠月、スマホで聞いて」
ポケットに入っていたスマホを瑠月に手渡して数十秒。ピコンと通知音が鳴る。完全に暗くなった夜道を女ふたりで自転車にふたり乗り。どう考えても危険なのはわかるが、私にとっては琳音くんの無事を確認すること、助けることが先だった。
「『藤峰駅の男子トイレ』だって」
私はそれだけを聞くと、急いで自転車を走らせる。土手道を一キロほど走ると、藤峰駅の向かい側と駅をつなぐ階段にたどり着く。だがその一キロを走らせるだけでも、私にとっては体力的に苦痛だった。
瑠月を荷台に抱えて、人一人分の重さがギアに負荷をかける。ふたり乗りが初めてだった私は平坦なアスファルトを、何度も転びそうになって瑠月に運転を代わってもらう。
すると瑠月はスイスイと私を乗せて目的地まで自転車を進めてしまう。ああ、これが帰宅部と陸上部の違いか……。私は自分の体力のなさを痛感しながら、自転車の荷台で悔しがっていた。
さて目的地に着くと、急いで階段を駆け上がる。さっきまでのヘトヘト感が嘘のように無くなっていた。脳内は琳音くんのことでいっぱいで、その隣には瑠月がついている。
「早く!」
そう急かされながらも、無人となった駅のホームを通って待合室の隣にある男子トイレのドアを開ける。何も考えずに開けたからか、そこには体の大きな男が琳音くんを今にも強姦しようとする様を理解するのに時間がかかった。
私たちと男は数秒、顔を合わせる。それから私が慌てて男の頭に思いっきり蹴りを入れる。
「痛え!」
「真中……!」
琳音くんの泣き声が小さく聞こえる。
彼の散乱した下着や、別れ際に琳音くんが着ていたワンピースを瑠月がかき集めて三人で一緒に逃げ出す。
腰を抜かして歩ける様子でない琳音くんを背負って私は必死に外へ助けを求める。だが、駅前には普段止まって客を待っているタクシー運転手さえいない。外にはネオンの消されたカラオケスナックの看板があるばかりだ。
自分より大きな体をした琳音くんを背負うのはもちろん体力を消費するが、何が起きているのかわからない私たちはコンビニに助けを求めに向かう。だがそのためには、さっき登った階段をまた上がらないと行けない。いや、選択をしている暇はない。
私たちは慌てて階段を駆け上がり始める。だが、琳音くんがその時私の背中から降りたいと言い出した。私が降ろすと、彼は私の手を繋いで階段を駆け上がっていく。そこを後ろに、瑠月も衣類を持ったまま走り出す。
「テメェらぶっ殺してやる!」
声のする方を振り向くと、そこにはさっき私が蹴りを入れた男が追いかけてきていた。そいつは明らかに私たちよりも速い脚力で階段を上がってくる。しかも一段一段ではないのだ。二段、三段と一気に複数段を上って私たちに追いつこうとする。
「瑠月! どうするよ?!」
「あんたの彼氏でしょ! あんたが何とかしてよ!」
「地獄の底まで付いていくってさっき言ってたじゃん! 言葉の重みを考えなさいよ! あんた生徒会長のくせに……」
そう言うと、瑠月は手に持っていた琳音くんの衣服を男の頭めがけて投げた。あと数段で彼女は足を掴まれるところだった。そのくらい近い距離だったからか、男の頭に白いワンピースがかかって、男は階段を踏み外してそのまま頭から下へ落ちていった。
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