第6話 守りという願い
「…………」
私が目を覚ますと雨の明けた空は茜色に染まり、さっきまで薄暗かった部屋をオレンジ色に染めていた。
隣では琳音くんが私の腕に抱きつきながら眠っている。サンダーバードもDVDでの試聴時間を超えてすっかりテレビの画面が真っ暗だ。
そういえばさっき、琳音くんに寄ってきて押しのけられていたあの
「そういえばあの人、美人だったなあ……」
私が何気なく独り言をつぶやくと、琳音くんが寝起きの声で私に話しかけてきた。彼は自分の体を起こすと背中まであるその髪をかき上げてゴムで結った。サラサラな髪が一本一本、エアコンの風に揺れて靡いているのがどこか性的な感情を昂らせる。
「なあ真中、誰が美人だって?」
「ああ、さっき琳音くんが玄関で泣いてたときに、琳音くんを心配してやってきた人」
すると琳音くんは眉を潜め、頭を抱えながらあーと少し小さめの声で叫びだす。さっき琳音くんが押しのけていたのをみると、仲はそんなに良くないみたいだけど……。
「あいつは俺を引き取った夫婦の片割れ。妻の方だよ」
彼女のことを教えるのさえ吐き気がする。そんな空気感を醸し出しながら、琳音くんは私の肩を叩く。私が隣に座る琳音くんの顔を見ると、どこか疲れたような顔をして、目を細めて微笑んでいる。なんて言うんだろう。ジト目で見られているようだ。
「……どんな理由かは知らねえけどさあ、俺、関西出身なんだ。事件が起きてから夫婦に引き取られたんだよなあ。でも、あの夫婦のことを信じたことは一度もない」
「えー、どうして?」
「さっき義眼の話をしただろ? どうやらその義眼に、俺の本当の父ちゃんが隠した財産の隠し場所が示されてんだとよ」
「でも、
すると琳音くんはどこか考え込んだ様子で、口元に手を当ててそれから沈黙しだす。片腕を組んで考えるその様は、まるでどこかの名探偵のようだ。
「……じゃあなんであの夫婦は俺を引き取ったんだろうな」
「さあ。でも今は理由を考えるよりも前へ進むことが大事だと思うよ」
私がさっき琳音くんにされたように、微笑んで彼の肩を叩いてみせる。すると琳音くんは大きな猫目を細めて私に笑いかけた。
「さっきの俺の真似か?」
「うん。今の琳音くん楽しそうだし」
「楽しそうか。おおそうか、ならよかった。お前にそう見られて嬉しいぜ」
「で、本音は?」
「もう夕方だよな。帰っちまうのか?」
私がスマホの電源を入れて、時刻を確認する。十八時十五分。そろそろ日も沈むし、家族も心配するだろう。
「うん。もう帰らないと。服は洗って返すね」
私が帰りの準備をしようと乾かしてあった制服や靴下を片付けようとベッドから降りる。その途端、琳音くんの細い腕が私の片腕を押さえてきた。
「帰らないでくれよ……。毎日夜が来るたびに怖くて仕方ないんだ」
琳音くんがうつむいていたその顔を私に見せつけてくる。その顔にはこれから夜が訪れることへの不安や恐れ、悲壮感などが混ざり込んだような顔をしていた。
「じゃあ、私の家に泊まる?」
何気なくそう聞くと、琳音くんは少しうつむいて私に聞き返す。
「……いいのか?」
「家族に聞かないと分からないけど。とりあえず電話してみるわ」
だから待ってて。私がそう言うと琳音くんはベッドの上であぐらをかいて、結果をただひたすら待っている。私は好きな人とお泊まりできるかもしれない。そう思って家族に電話をかけた。
「もしもし、母さん?」
電話に出たのは母親の理香子だった。母はどこか落ち着いた様子で、私の話を聞いてくれる。
「さっき円先生の息子さんと知り合ったんだけど、私の家に泊まりたいって。いいかな?」
『急にそんなこと言われても、ダメに決まってるでしょ』
「えー! ケチ。でもすぐ家に帰るから、待っててね」
『あいよー! じゃ』
私が電話を切ると、噛み付くような勢いで琳音くんが私に聞いてくる。
「どうだった?」
「やっぱりダメだった……」
「そう……」
ふたりともそれぞれ別の意味で落ち込む。だが私は妙案を思いついた。
「琳音くん、lineもってる?」
すると琳音くんも頭の上の電球が光ったようで、すぐにハッとして急いで自身のスマホを探し出してlineのアプリを起動させる。
「私の電話番号は070の……」
出てきた? 琳音くんに確認をとると、彼はどこか安堵した様子で涙目になり、私にさっきのように微笑みかける。
「出てきた……『まなか』で合ってるよな?」
すると私のスマホがピコンと鳴り、琳音くんの本名そのままのユーザー名が出てくる。
「メッセージ送るよお!」
私がそう言うと、「こんにちは」とだけメッセージを書いて送る。すると、すぐに琳音くんのスマホからもピコンと音が鳴り、お互いメッセージを確認する。
「こんにちは……、これお前が送ったの?」
「そうだよお」
やっと琳音くんはほっと一息胸を撫で下ろして、疲れた顔で私に微笑みかける。だがその微笑みは心からの安堵と感謝の意図が含まれていたように、私は思える。
「琳音くん、何かあったらlineにメッセージを送ってね。私が駆けつけるから」
「うん……」
新しい友人が追加されたばかりのlineの画面をじいっと、どこか誇らしげに見つめている。そんな彼の一方で、私は乾ききったとはいえない制服をリュックサックに入れて、帰りの準備をする。
「じゃあ、帰るね」
「うん。じゃあまたな」
私は後ろを振り返って琳音くんの様子を見る。少し寂しそうにした彼は、笑いながら私に手を振っている。
果たして大丈夫だろうか。私は不安になりながらも、派手なドアノブを回して家に帰ったのだった。
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