第5話 救われない思い
『涙を流す人形。精巧な作りをしたそれは、生きて人生に絶望した人間のようだ』
そんな文章さえ書けてしまいそうなほど生気を失った琳音くんの背中を私はさする。それくらいしかできなかった。
「……ねえ」
「……なに」
「はじめてお前と出会った時も、こうして泣いてたよな。俺って……。ここに来て三年は経つけど、俺ってお前の友達でいいんだよなあ……?」
「そうに決まってるじゃないの! 琳音くんは確かに泣きべそかいて、真夏のことばかり言ってた。でも私はそんな琳音くんが好きなの! サンダーバードだって私、好きだし琳音くんと趣味も合うと思う。だから付いてきたの!」
琳音くんは私のこと、友達だと思ってたの? とうとう私も涙が止まらなくなって、何を話しだしたか自分でも分からなくなっていた。
「琳音くんが友達だって思ってくれた。そう思って嬉しかったけど……。人との距離感ってどう掴めばいいか難しいね……!」
私は自身の思いを吐き出すと、とうとう琳音くんを抱きしめてお互い声を上げて泣き出してしまった。さっき玄関で泣いたように。もうなんだろう。自分でも分からないほど、今日はよく泣いている。
「琳音くんはサンダーバードの人形じゃないんだよ。上から糸を垂らされてないの。立派に動ける人間なんだから、自由に生きて……」
「真中ぁ……」
それから琳音くんは涙を拭って、私に自身の過去を少しずつ吐き出した。サンダーバードが進行しながら聞く物語は、実に歪な形をしていて私にはいまいち理解できなかった。
「俺、太陽を浴びることができないんだ。インデル症候群って、分かる?」
「う、うん……。患者さんのことを『レッテ』って呼ぶんだっけ?」
「そう、レッテ。その中でも『インガ』って呼ばれる奴らがいてさ」
インガ。Inga。スウェーデン語で否定するニュアンスをさらに強調する言葉だ。日本語では「〜ない」とも言うそうだ。
「数年前、社会問題になってたよね……。レッテの施設で選別されて、戸籍さえもらえなかった人たちだよね」
「ああ。俺も最初はインガだったんだけどな……。父親が俺を戸籍登録しなかったから。それでこそこそ隠れて、昼はマンションの暗い部屋で過ごしてたんだ」
「レッテなら割とありそうな光景じゃない?」
「まあ、ここからが大事な話なんだ。父親がベビーシッターを連れてきて、そいつが俺の願いを叶えてくれた。『外に出たい』って言ったらレインコートと日傘を用意して、外へ出してくれた」
「優しい人だね」
「ああ……。でも外に出ると、周りの目が冷たくてよお……。『レッテはあっち行け』って。そう言われたこともあったな」
「…………」
「で、世間の厳しさを知ったわけだが、それからすぐ父が目の前で殺されて、俺も左眼をえぐられた」
「なにそれ、ひどくない?」
「みんなそう言うよ。それから引き取られた施設ではスカリフィケーションって皮膚をメスで切られて、数字の羅列がされたケロイドが首筋に。義眼にも微妙に瞳の色と違うものをあてがわれてさあ……」
そこから肩を震わせて、琳音くんはまた泣き出した。今度は声を上げて、「いや」「やめて」とわめきながら私の横で震えている。
「琳音くん、真中だよ。私。施設の人じゃないから」
「真中……? ああ、さっき会ったばかりの……」
琳音くんに私の顔をよく見せて、私は彼に教科書の入ったリュックサックに入れていた飴を一つ、差し出した。
「はい。佐久間ドロップみたいでしょ!」
「……俺、これ食えるかなあ……? 病気のせいで食えないものがあるし」
「大丈夫。これ、レッテでも食べられるから」
「そう……」
一言いって、琳音くんは飴を口にしてそれを舌で転がしはじめた。その飴はとても美味しかったようで、琳音くんの涙も次第に止んで口の中で飴を転がし続ける。
「真中、話を聞いてくれてありがとうな」
「いえいえ! 元は私が原因だし」
「そう言うなよ。……あっ、サンダーバードがいつの間にか終わってる」
終盤のエンドロールを私たちは眺めながら、お互いのしたことを反省し合う。
「結局、きちんと見れなかったね」
「ああ。もう一回みようか」
「うん!」
それから私たちはサンダーバードの同じ回をもう一度見るために、リスタートボタンを押してその始まりをじっと見守る。
隣の琳音くんはさっきの笑顔とはまた違った笑顔でテレビ画面を見つめている。虚な瞳ではあったが、希望の他に優しさも込められた瞳で琳音くんが見つめるサンダーバード。
もう一度見ることになるとはいえ楽しかったし、お互いを知ることができた上での再視聴だったから尚更、古い特撮劇を子供らしい瞳で見つめる友人の姿を見ることができて私は多幸感に満ちていた。
「真中、なに笑ってんだ?」
「ううん、なんでもない」
「ふうん。変なやつ」
琳音くんがどんなことを言っても、琳音くんが笑って隣にいる。それだけで私は笑みをこぼしてしまうのだった。
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