第60話 咆哮


 お城へ向かう途中の町の様子は、普段の華やかさが全くない、閑散とした光景でした。有事の際は、住民は一番奥の山の麓にある、避難所に避難する事になっていますからね。町には誰もいなくなって、昼間とは思えない、ゴーストタウンのように静まり返っています。

 そんな、普段とは違う様子の町の中を進んでいき、お城について出迎えたのは、父上でした。父上は、城門の前に、白銀の鎧を身に纏い、仁王立ちしていました。

 その勇ましいお姿は、まさに、この国の王に相応しく、思わず身震いしてしまいます。


「ち、父上……」


 でも、意外だったのは、私以上にマルス兄様の方が、それを見て怯えだした事でしょうか。どうしてでしょう。私は、もしかしたらその場で切り捨てられてしまう可能性があるので、怯えて当然です。

 ですが、マルス兄様は別に、死刑宣告されている訳ではないはず。堂々としていればいいのに……と思いましたが、違いますね。

 マルス兄様が、あんなに少ない数の兵を率いてお城を飛び出したのは、父上の命令ではなく、マルス兄様の独断による物のはずです。周囲には、マルス兄様の私兵もいるのですが、兵舎はお城の外にあります。そこへ戻らず、そんな仁王立ちする父上と対話するマルス兄様を、心配そうに見ているという事は、やはりひと悶着あったのだと思います。


「こんの、バカ者めがああぁぁぁ!」


 父上は、息をたっぷりと吸い込み、そして次の瞬間、大きな怒鳴り声が響き渡りました。まるで、大地が響き、父上の背後にそびえたつ、お城そのものが怒っているかのような迫力です。その迫力は、エルシェフと対等か、それ以上の物を感じます。


「ひぃ!」


 その迫力に驚いた馬が暴れだし、危うく振り落とされそうになってしまいます。ですが、どうにかなだめる事に成功して、無事でした。

 オリアナも、平気そうです。というか、今の衝撃で目が覚めたのか、私の身体を力強く抱きしめてきて、自分で体勢を整えました。


「ち、父上……お、オレは──」


 馬から降りると、マルス兄様は、そんな怒り心頭の父上に、駆け寄りました。その腰は引けていて、なんとも情けないお姿です。とてもではないですけど、勇猛果敢なマルス兄様とは、思えないような腰の低さです。

 それに対して、父上は額に浮かんだ血管が、ブチ切れそうな勢いで、マルス兄様を睨みつけています。その目つきは、まるでおとぎ話に出てくる、竜のように鋭く、怒りと憎悪を滲ませています。


「──言い訳は、いらん。そこに立って、少しじっとしていろ」

「っ……!」


 父上に言われて、マルス兄様はその場に、直立不動になりました。

 それを確認して、父上が一歩踏み出し、マルス兄様に近づきます。一歩……そしてまた、一歩……まるで、父上が、地面に大きな足跡をつけて歩み寄る、化け物のように見えてきましたよ。


「ひっ……ち、父う──ぶっ」


 汗を垂れ流すマルス兄様の頬に、父上の平手打ちが炸裂しました。いえ、平手打ちなんて、生易しい物じゃありませんね。もう、巨大なハンマーで殴ったかのような威力で、マルス兄様は殴られたんです。そのあまりの威力に、マルス兄様の巨体は横に吹っ飛んでいき、地面と擦れて転がり、ようやく止まりました。その距離、約20メートルです。

 もし、私があんな平手打ちを食らったら、死にます。でも、マルス兄様は死なずに、すぐに起き上がり、頬を押さえて涙交じりに父上を見返しました。さすがに、丈夫です。


「……姫様」


 私に、力をいれて抱き着いているオリアナが、私の耳元で話しかけてきました。


「オリアナ。目が覚めたんですね……」

「はい。さすがに、あの獣の咆哮のような怒鳴り声を聞けば、目が覚めます」

「そ、そうですね……」

「……」


 それから、怒りに染まった父上の目が、私の方に向きました。


「姫様。馬から降りましょう」

「は、はい」


 さすがに、国王の前で、私が馬に乗り、国王は地面に立って対話をしたら、失礼ですからね。

 オリアナは、私と繋がれているロープを外すと、先に馬から降りました。そして、私に向かって手を差し伸べてきて、私はその手を掴みながら、馬から飛び降ります。


「グレア」

「はい、父上……!」


 馬から降りた所で、父上が話しかけてきました。未だに怒り心頭といった感じですが、私に話しかけるその声は、思いのほか普段通りの父上の物でした。


「見事に、メリウスの魔女を、連れて来たようだな。オマケに、マルスを止めたのはお前か」

「……はい。言いつけ通り、メリウスの魔女を、連れてきました」


 馬を操る、女騎士さんの後ろに乗っていたレストさんが、馬から飛び降りました。そして、指を2本たてて、ピースサインを父上に向かって見せます。

 不敬な態度に見えますが、父上はそれを見て、笑いました。


「がははははは!」


 いきなりの笑いに、私は驚きます。滅多に笑わない、あの父上が、大きな声で笑っている事が、信じられません。


「まさか、本当にレストを連れてきてしまうとはな。あの、ヘソ曲がりの魔女を!信じられん!」

「……ヘソ曲がりで、悪かったですねぇ」


 レストさんが、忌々し気に、父上を睨みつけます。分かりませんが、2人の様子から察するに、2人は知り合いのように見えます。2人の会話には、どこか親し気な様子が感じられるので、そう思いました。


「すまん、すまん。少しばかり、言葉が過ぎた。……ミストレスト。お前に、頼みがある。そのために、グレアを使いに出したのだ」

「大方、予想はつきますよー。全ては、貴方の計画通りですか?相変わらず、策略家ですね。まるで、ゲームの中の知略カンストの武将キャラのようです」

「上手くいかん事も、中にはある」


 父上は、そう言ってマルス兄様を睨みつけました。上手くいかない事とは、マルス兄様の暴走行為の事でしょうか。

 しかし、レストさんの言っている意味が、よく分かりません。ゲームの、知略カンストってどういう意味でしょうか。たまに、訳の分からない事を言いますね。


「国王様。立ち話もなんですし、ここは中にお通ししたらいかがでしょうか」


 オリアナが、父上に向かい、僅かに頭を下げながら、進言しました。


「うむ。そうだな。とりあえずは、中に入るがいい。マルス。お前もついてこい」

「は、はい……!」


 オリアナの進言は通り、父上はマルス兄様にも声をかけて、そして私たちに背中を向けると、城門をくぐっていきました。

 私には、何がおこっているのか、いまいちよく分かりません。でも、とりあえずは、父上は私に怒っている様子はなく、レストさんと父上は知り合いだったという事だけは、分かります。


「行きましょう、グレアちゃん。私、美味しい物、たくさん食べたいですー」

「……お城のシェフが、きっととびきりの料理を、作ってくれますよ」


 私は、腕を引っ張るレストさんと共に、父上の後を追って、城門をくぐります。オリアナも、一緒です。私と手を繋いで、ついてきます。更にその後を、ふらついた足で、マルス兄様がついてきています。

 しかし、城門をくぐった先で待っていたのは、たくさんの兵士と、槍でした。

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