第61話 違和感


 私たちは、完全武装の兵士に囲まれて、槍の先っぽを向けられています。私たちが通った城門は閉じられてしまい、目の前にはたくさんの槍と兵士。逃げ場はありません。

 オリアナが、私を庇うように前に出て構えますが、多勢に無勢です。一斉に槍を突き出されたら、私もろとも死んでしまうでしょう。一方で、レストさんも私の前に立ちますが、余裕たっぷりに、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべています。


「はぁ……女騎士の、あの高貴な姿。本当に良かったですー。触り心地も、最高でした」


 更には、目の前の事態の事など、どうでもいいかのように、ここまで連れてきて貰った女騎士さんの事を思い出して、呟いています。


「れ、レストさん。今は、そんな事言ってる場合じゃないですよ!前見てください、前!」

「分かってますよー。でも、コレは私が対処すべき事では、ありません。ですよね?ギレオン」

「……」


 ギレオンとは、父上の名前です。父上は、私たちを先導し、ここへ誘いました。当然、父上に槍を向ける者は、1人もいません。となると、私たちは父上に誘い込まれ、嵌められたとも考えられます。

 その父上は、私たちに背中を向けたまま、名前を呼んだレストさんに対して、手を挙げて答えました。


「兵士たちよ、武器をおさめよ。この者は、メリウスの魔女。グレアがその任をこなし、連れて来た、我らの味方である」


 父上が言いましたが、兵士たちは戸惑いも見せず、その槍を下ろそうとはしません。

 国王である、父上の命令を無視した……。それは、異常事態です。

 ですが、父上が仕向けた事ではない事のようで、私は安心します。となると、誰か、父上以外の者が、彼らを操っているという事になりますね。それは、誰でしょうか。


「──味方?それは、おかしな話ですね、あなた」


 兵士たちの間をかきわけ、姿を現したのは、赤いドレスに身を包んだ、お母様でした。バラの花を模したフリルが施された、少し派手なドレス姿です。

 長身のお母様は、兵士たちよりも頭一つ大きいです。兵士たちを見下ろしながら、父上をじっと見据えながら、歩いてきます。そして、父上の目の前で、止まりました。


「オーガストに、大怪我を負わせたメリウスの魔女は、死刑が妥当……また、グレアも予定通り、フェアリーの粉の製造及び使用の罪で、死刑に処すべきです。早速、広場で国民総出の、公開処刑をいたしましょう。大いに、盛り上がるはずです」

「お母様……」


 分かっては、いました。父上でなければ、こんな事をしてくるのは、お母様しかいません。

 お母様は、私よりも、レストさんを強い憎しみの目で、睨みつけています。大切な、オーガスト兄様が傷つけられたことが、余程気に入らないようです。それこそ、殺したいくらいに……。


「あの人は、私に対して、命令に従わなければ殺すと言ってきました。その上、しつこくオレの女になれとか言って迫って来て、襲われそうになったので、返り討ちにしたまで。あの怪我は、あの人の自業自得です。なんですか、あの男は?ちゃんと、教育しているんですか?親がバカなら、子もバカですねー」

「れ、レストさん……!」


 それに対して、何故かレストさんも、敵対心むき出しに、挑発するような事を言いました。いつも、女性に対しては、冷静でほんわかとしているレストさんが、お母様に対していきなりブチ切れモードです。年齢制限でも、あるんでしょうか。


「黙りなさい、魔女風情が。罪に、罪を重ねるとは見苦しい。グレアは、後程公開処刑!メリウスの魔女は、不敬罪によって、この場で殺します!やりなさい、兵士たちよ!」


 レストさんの挑発に、更に機嫌を損ねたお母様の命令により、兵士の槍が、レストさんに向かって突き出されました。何もしなければ、四方から串刺しにされた、レストさんの完成です。


「──わしは、武器をおさめろと、いわんかったか?」


 レストさんに、槍を突き出した兵士の1人が手に持っている槍が、父上に掴まれました。槍は、その場から全く動かなくなり、兵士が押しても引いても、その場からビクともしません。

 更に、別の兵士の槍は、顔面を大きく腫らした、ブサイクにブサイクを重ねたマルス兄様によって、受け止められていました。こちらは、素手で何本かに纏めた槍を、両手でそれぞれ掴んでいて、マルス兄様1人に対して、人数の多いはずの兵士が、全く動けなくなっています。


「あなた……メリウスの魔女を、庇うつもりですか?その者は、私の大切なオーガストを傷つけたのですよ!?次期国王である、この国の宝!あの、オーガストをですよ!?この場で、死刑にしなければ、示しがつきません!今すぐ、死刑をしなさい!しなければ、許しませんよ!あなたは、いつもみたいに、私の命令にだけ従っていればいいんです!さぁ!あなた!」


 興奮した様子のお母様に、兵士たちが戸惑います。あまりに興奮しすぎて、化粧が崩れてしまっていますよ。お化粧の下のシワが目立って、ちょっと化け物みたいになっています。誰か、教えてあげてください。


「……わしは、お前の命令に従った事は、一度もない。頼みを聞いたことはあるがな。そして、間違いがあれば、わしはそれを正し、事あるごとに忠告をしたはずだ」

「っ……!もういいです!マルス、その手を離しなさい?あなたなら、分かるでしょう?オーガストを傷つけた、その魔女を殺すのです」


 お母様は、父上が話をきかないと見るや、マルス兄様に狙いを移しました。マルス兄様には、優し気に、語り掛けるように言っていますが、その言葉にはどこか、怒気が混じっています。


「残念だが、母上。オレは、父上に従う。父上が武器をおさめろと言うなら、おさめるべきだ。それに、個人的にも、この場でメリウスの魔女を殺す事には、違和感を感じる……母上。何か、慌てていないか?」

「……」


 マルス兄様の問いかけに、お母様は黙り込みました。マルス兄様にしては、勘がいいです。私も、お母様の慌てっぷりが、気になります。まるで、レストさんを中に通すのを、嫌っているようです。

 そして、マルス兄様に問われたお母様は、顔を伏せて、上げたかと思うと、いつもの冷静な顔に戻っていました。お化粧は、崩れたままですけどね。


「そうですね。マルスの言う通り、少し大人げなかったかもしれません。兵士たちよ、武器を下ろしなさい」


 お母様の命令に、私たちを囲っていた兵士たちは、戸惑いながらも武器を下げました。

 一見すれば、お母様が説得され、譲歩したようにも見えますが、その心変わりには違和感を感じます。


「今は、襲い来る魔族を止めるの先……身内で争っている場合では、ありませんからね」

「それなら、心配はいりません。グレア様が、メリウスの魔女殿と共に、見事に魔族の代表を説得。停戦に合意し、今は襲ってくる事はありません」

「ほう……」


 オリアナがそう言って、父上が感心して、呻りました。


「そうだったのですか。よくやりましたね、グレア。メリウスの魔女様も……先ほどは失礼いたしました。どうぞ、お城の中へとお入りください。今後の事の、話し合いもあります。お食事でもしながら、じっくりお話をしましょう」


 怪しいです。怪しすぎます。お母様が、私を素直に褒めてくるなんて、あり得ません。一度、騙されて、裏切られているからでしょうか。そう感じずには、いられません。


「いいですねー、お食事。私、お腹減りました」


 しかし、呑気にもレストさんはそう言って、私の手を引っ張って来ます。

 正直に言えば、私もお腹が減っています。でも、ここで素直についていって、毒でも盛られて死亡なんて、笑えないです。


「それは、いい考えだ。飯にしよう」

「わっ、ち、父上……!」


 父上も、その提案に乗り気です。すっかり、いつもの父上に戻り、上機嫌です。

 父上は、レストさんが掴んでいる手とは、反対の私の手を引っ張ってきて、強引に連れていかれてしまいます。2人に手を引っ張られて、私には抵抗の手段がありません。オリアナは、黙ってついてきますし、私は人攫いに合っているような気分に陥りました。

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