帰還、解放

第59話 帰還


 マルス兄様との決闘を終え、勝利してお城へ帰還することになった私たちは、兵士の馬を借りて、それに乗り込みました。死んでしまったかのように眠りについたオリアナは、私と縄でつないで、背中に乗せた状態です。

 一方で、馬に乗れないレストさんは、マルス兄様配下の女騎士を見つけると、その騎士さんの後ろに乗り込み、運ばれる事になりました。


「でへへへ」

「ひゃう!こ、困ります、メリウスの魔女殿……そ、そのような所を……はう!?」


 女騎士さんが、顔を真っ赤にして、手綱を握っています。後ろにのっているレストさんが、背後から何かしているようですが、角度的に何をしているのかを、確認はできません。でも、どうせろくでもない事をしているのは、間違いありません。


「レストさん?一体何をしているんですか?」


 私は馬を操り、レストさんに近づいて尋ねます。


「ぐ、グレアちゃん。い、いえ、何も……ただ、おとなしく乗ってるだけですよー。ああ、でも、いいですね、女騎士……普段はクールなのに、こうしてちょっと触ってあげただけで……」

「んやっ!」

「色っぽい声を出してしまう、敏感なお肌。屈服させたくなってしまいます!」


 レストさんの手は、女騎士さんの鎧の中に入り込んでいました。どうやら、鎧の上からでは、どこを触っているのか分かりませんが、でもかなり際どい所を触っているようです。


「レストさん?またお腹に、一撃くらわしますよ?」

「ひっ」


 私が拳を見せると、レストさんは小さく悲鳴をあげ、そして女騎士さんから手を引っ込めました。

 やっぱり、女性にこの女を預けるのは、危険です。私は周囲を見渡し、丁度良い騎士を見つけました。全身からあふれる汗と、筋肉質な大きな身体。濃い目の髭が、顔を覆っていて、溢れる男気を隠そうともしていません。私は、そんな男の中の男の騎士を指さして、こう言います。


「次、問題を起こしたら、あの人の馬に乗せてもらう事にしますからね?」

「そ、それだけは、ご勘弁を!」

「嫌なら、この人に変な事をしないでください」

「わかりましたー……」


 レストさんは丸くなり、そして軽く、女騎士さんに抱き着きました。それすらも、ちょっと怪し気なんですけど、でもちゃんと掴まらないと危ないので、仕方ないです。


「あ、ありがとうございます、姫様……」

「い、いえ」


 お礼を言われる事なんて、全くありません。うちの魔女が、ご迷惑をおかけして、申し訳ないです。


「もし、また変な事をされるようでしたら、すぐに私に言ってくださいね」

「は、はい!」


 私が優しく言うと、女騎士さんはパァっと笑顔になり、私に元気の良い返事をしてくれました。それを見て、私はなんだかむずむずとする感覚を覚えます。なんでしょう。なんだかこう……何か、したくなってしまいます。

 だ、ダメですよ、こんな気持ち。私はレストさんじゃないんですから、手を出しちゃいけません。


「ふ……グレアちゃんも、分かって来たようですね」


 私の心を見透かしたように、レストさんがニヤリと笑ってきます。


「知りません!」

「残った者達も、城に向かい、転進を開始せよ!」


 そこへ、マルス兄様の号令があり、一斉に、残っていた殿の兵士たちが歩み始めました。向かうは、お城の方角です。騎兵中心のマルス兄様の兵は、足が速いのが特徴です。馬も、選りすぐりの名馬が集められ、隊全体の速さに貢献しています。

 私たちも、そんな兵士たちに交じり、行軍を開始します。

 ここから、お城までは、あっという間でした。元々、お城とはそこまで離れた場所ではありません。真っすぐにお城に向かえば、馬の足なら、すぐに辿り着くことができます。

 そんな、お城の前まで来て、城門をくぐる前に、ふと思いました。私、いったいどんな顔をして、城門をくぐればいいんでしょうか。大きな、大きな、キールファクト王国を象徴する壁を見上げながら、考えます。

 メリウスの魔女を、連れてくる事には成功しました。でも、果たして私に死刑宣告をした父上が、妖精の解放に協力してくれるかどうか、怪しい所です。下手をしたら、再び捕まって、地下牢送りになって死刑……なんて事も、あるんじゃないでしょうか。父上は、ブチ切れていましたから、全然あり得るお話です。


「何をしている、グレア」


 私を避けて、城門をくぐっていく、マルス兄様の兵士たち。それに混じって、私の横を馬に乗って通り過ぎたマルス兄様が、振り返って聞いてきました。


「あ……いえ、その……」


 また、死刑にされるのが怖くて、踏み出せないとは言いにくいです。


「……安心しろ。お前は、メリウスの魔女を連れてきて、戦いを止めた。約を守り、己の任務を果たした者に与えられるべきは、罪ではなく、労いだ」

「マルス、兄様……」


 今まで、私を嫌い、差別してきたマルス兄様が、初めて私に優しい言葉をかけてくれた気がします。いえ、気がするんじゃなくて、実際そうですね。どういう心境の変化かは知りませんが、でも、私は素直に、それを嬉しく思います。

 脳みそ筋肉ブサイクデブ男とか思っていて、ごめんなさい。私は、心の中で謝罪します。


「グレアちゃん」


 後ろから、レストさんが声を掛けてきました。馬を操る、女騎士さんの後ろに乗り、私に笑顔を向けてきます。それから、背負っているオリアナの寝顔を見て、2人から勇気をもらった私は、手綱を握り、馬を蹴りました。

 馬が進み、そして、城壁をくぐります。しばし、薄暗い廊下が続き、そして、くぐり終わるとそこには、光に包まれる、私の国が待ち受けていました。


 私は、帰ってきたのです。

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