第41話 勝負


 オリアナは、私が8歳の時から傍にいてくれた、メイドです。私よりちょっとだけ年上のオリアナですが、当時から私の身の回りのお世話をしてくれて、しっかりとした子でした。

 最初は、無表情で何を考えているのか分からないですし、口が悪いので喧嘩ばかりだったのを、覚えています。でもそれが、いつしかかけがえのない存在となり、私はいつも、そんなオリアナに頼ってばかりで、オリアナは仕方ないですねと言って、ついてきてくれました。

 今回も、こんな状態に陥った私に、当然のように付いてきてくれて、私はオリアナに感謝し足りないくらい、感謝しています。オリアナがいなかったら、とっくに野垂れ死んでいますからね。

 そして、そんな旅も、もうじきお終いです。最後の最後に差し掛かった所で、どうしてこんな事になっているんでしょう。

 オリアナの気持ちは、勿論凄く嬉しいです。私のために言ってくれているのだと、分かります。でも、私の気持ちが、そこにはありません。私の想いを、完全に無視したオリアナの考えの、押し付けです。


「──止まりなさい、オリアナ!」

「……」


 私の命令に、オリアナが足を止めました。でも、その目は死んでいません。本気で、実力で私を止めるつもりです。

 オリアナの強さは、道中に見ています。どこで覚えたのか分からない剣術は、本当に見事でした。その実力があれば、私を止める事は簡単のはずです。


「オリアナ。冗談は、ここまでです。おとなしく、私に付いてきてください。急がないと、あの魔族の大軍が、王国に辿り着いてしまいます」

「冗談に、聞こえますか?」


 オリアナが、一歩、私に近づいてきました。


「止まりなさい!」


 また、一歩近づいてきます。


「お願いだから、止まって!」


 私の願いは、聞き入れられません。オリアナは、私にどんどん近づいてきます。本気で、私の考えを一蹴して、連れていくつもりです。


「オリアナ……!」

「アースウェルート」


 突然、オリアナの足元の地面が隆起したかと思うと、穴が開き、無数のツタが生えてきました。そのツタは、オリアナに襲い掛かり、オリアナはやむを得なく私から距離を取ります。距離をとりつつも、向かってくるツタをその刀で切り刻み、反撃しました。ツタは、途中で追撃を諦めて、生えたその場でうねうねと動いています。

 そのツタを出現させたのは、相変わらず私にくっついて馬に乗っている、レストさんです。


「……レスト様。どういうおつもりですか」

「いやぁ……さすがに、グレアちゃんの考えを無視したら、いけませんと思いまして。よっと」


 相変わらず、呑気な口調で言いながら、レストさんが馬から飛び降りました。

 その手には、いつの間にか手にしたのか、杖が握られています。先端に、赤く輝く宝石の付けられた杖です。それを一目見て、魔力の流れが異常だと分かりました。あまりに強く、あまりに無尽蔵な、魔法の力を感じます。


「邪魔をする、という事ですか?」


 そんなレストさんを、オリアナが睨みつけます。本気で怒っている様子のオリアナは、とても怖いです。


「邪魔をしようとしてるのは、オリアナちゃんですよ」

「なるほど。確かに、そうかもしれません。では、邪魔をさせてもらいます」

「やめなさい、オリアナ!」


 レストさんに向かい、駆けだしたオリアナに向かって、私は声を掛けます。でも、そんな私の声は、オリアナの耳には届いても、心には届きません。

 すぐさま、レストさんが先ほど出現させたツタが、一斉にオリアナに襲い掛かりました。


「グレアちゃんは、少し離れていてくださいねー」

「で、でも、オリアナを止めないと……!」

「……」


 レストさんが、私を見てきます。睨んでいる訳では、ありません。穏やかに、諭すような目で、私を見ています。

 仕方がないので、レストさんを信じ、私は馬を操って、レストさんから離れます。

 直後に、襲い掛かって来たツタを、素早く繊細な剣さばきでコマ切れにしたオリアナが、レストさんに襲い掛かりました。オリアナは、数日前に襲撃してきた人たちに対して見せた峰打ちではなく、刃の部分でレストさんに襲い掛かっています。


「レストさん!」


 レストさんが、オリアナの刀に切り裂かれました。体を、真っ二つに切り裂くような一撃です。確実に、死んだ……レストさんを、オリアナが殺した。殺してしまった。そう思ったんですが、違いました。切り裂かれたと思ったレストさんは、血を噴き出す事もなく、その姿を消しました。


「幻影!?」


 いつの間に、そんな物を……恐らくは魔法なんでしょうが、それじゃあ先ほどまでいたレストさんの実体は、どこへ行ったのでしょう。

 レストさんの姿を探すのは、私だけではありません。オリアナも、刀を構えて周囲を警戒します。


「あ」

「っ……!」


 思わず、オリアナの後方に見えたレストさんの姿を見て、私は声を出してしまいました。すぐにオリアナが反応して、目も向けずに背後に向かって駆け出します。


「アイスランド」


 レストさんが、杖で地面を軽く叩き、魔法を発動させました。すると、レストさんを起点として、地面が氷漬けになっていきます。その氷はレストさんの周囲を囲むようにできて、オマケに向かってきたオリアナに向けて、隆起した尖った氷が襲い掛かりました。

 オリアナは、その氷をジャンプして回避。空中を一回転してから、氷の上に着地して、更に高く飛んで空からレストさんに襲い掛かります。


「ギガントパンチ」


 突然、地響きが起こりました。何が起こっているのか分かりませんが、何かが起きようとしています。

 空から降って来ているオリアナも、それには気づいているんでしょうけど、オリアナがいるのは空中です。何があっても、回避する事はできません。

 そのオリアナに向かい、レストさんが張った氷を突き破り、地面から岩の拳が勢いよく突き出してきました。拳の大きさは、私よりも大きいんじゃないでしょうか。

 そんな巨大な拳が、オリアナを直撃です。ガードしたようには見えましたが、何分威力が大きいです。吹き飛ばされていったオリアナは、茂みに突っ込んでいき、更に地面を転がり、ようやく止まります。でも、すぐに立ち上がりました。

 メイド服はボロボロになり、口からは血が。あちこちに擦り傷ができています。


「オリアナ!もういいです、止めてください!」

「……姫様は、私が絶対に守ります」


 諦めないオリアナが、私に向かって突進してきました。レストさんを相手にしても、勝てないと判断したようです。


「フォルテインゲージ」


 私の頭上で、そう呟く声が聞こえました。上を見ると、私の真上にレストさんが浮かんでいました。パンツ、見えてます。色は黒です。

 その黒パンツのレストさんが放った魔法は、凄まじい物でした。杖の先端から放たれた火球が、オリアナと私の間を切り裂く様に、着地。直後に眩い光を放ち、地面を抉り、衝撃破と土煙を巻き起こします。

 私は、馬にしがみついて吹き飛ばされないようにし、風が止むのを待ってゆっくりと目を開くと、目の前の地面が、大きく抉れていました。恐らく、襲撃者を追い返したときと、同じ魔法ですね。本当に、凄まじい威力です。


「オリアナ……!」


 そんな威力の魔法をくらったオリアナが、抉れた地面の向こうに吹き飛ばされ、大の字に倒れていました。

 2人の勝負は、あっけなく決着。レストさんの圧勝でした。

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