第40話 進むべき方角
「森の主、ですか」
私は2人に、先ほど出会った人物の話を伝えました。
どうやら2人は、幻惑によって誘い出され、それによって森の中に入り込んでしまい、迷子になってしまったようです。それをしたのは、この森の主だという、セラという獣です。
「あまりにも素晴らしい幻惑だったので、付いて行ってしまいました。具体的に言えば、グレアちゃんが素っ裸で私を森の中へと誘うんです。素っ裸のグレアちゃん……素晴らしかったです」
「……」
そういうレストさんに、私は引きます。いくら幻惑とは言え、こんな変態を私が素っ裸で誘うとか、そこはかとなく嫌なんですけど。まぁレストさんらしいと言えば、レストさんらしいです。
じゃあ、オリアナはどんな幻惑に誘われたんでしょう。気になって目を向けますが、そっぽ向いてしまいました。その顔が、ちょっと赤いような……?
「そんな話は、どうでもいいです。それより、そのハクメロウスという人物は、一体何なんですか」
あ、誤魔化して、話を変えました。
「分かりませんよ。名前以外は、特に何も言っていませんでした」
「レスト様」
「んー?さぁー、私も分かりません」
本当に、そうでしょうか。ニコやかに、のんびりとした口調のレストさんは、いまいち信用できません。それに、変態です。
「ところで、ちょっとぼんやりとしているんですけど、私の魔法の件ってどうなりました?」
「グレアちゃんに、魔法の才能はありません。だから、教える事はできません」
「……」
もしかしたら、夢だったんじゃないかと期待しましたが、違うようです。本当に、魔法の才能がないんですね。私は、肩を落として、落ち込みます。
「それで、良いんです……。姫様は、長生きすべきお方。魔法など、覚える必要はありません」
「……」
オリアナが、そう言ってくれますが、やっぱり悔しいです。ちょっと、涙が溢れそうになってきますが、我慢します。
「気を取り直して、出発しましょう。その、森の主の事も気にはなりますが、触らぬ神に祟りはありません」
「……はい」
私は、オリアナに大きく頷きます。この旅の目的は、魔法を覚える事でも、森の主の事でもありません。王国を、救う事です。今頃、あの魔族の軍勢は、王国の傍まで来ている頃でしょうか。急がなければ、多くの血が流れる事になります。
荷物をまとめた私たちは、すぐに馬に乗り込みました。昨日と同じく、私とレストさんは、同じ馬です。背中にくっついてきて、荒い息遣いが耳元で聞こえて来ます。
「あんまり、引っ付かないでください……」
「でへへ。はぁはぁ」
私の訴えは、聞き入れられる事はありませんでした。
「では、出発します」
オリアナが、馬を発進させます。それに付いて行こうとしますが、私はふと、ハクの言葉を思い出しました。私の目的地は、西……。ハクが指さしたのは、オリアナが向かおうとした反対の、変な形の木の方向のはずです。目立つので、覚えていました。
「……」
「姫様」
「は、はい。今、行きます」
頭の良いオリアナの事です。何か、考えがあるのかもしれません。そう思ってしばらくついていきますが、オリアナが手に持っているランプの炎が、左側に揺らいでいて、ハクの言っていた、私が目指すべき方向とは、反対方向を示しています。
「オリアナ」
「はい」
私は、違和感を感じ、しばらく進んだところで、オリアナを呼び止めました。
「方角は、こちらで合っているのですか?」
「はい。姫様が進むべきは、こちらの方角です」
「そう、なんですか……?」
「どうしたんですか、グレアちゃん。まるで、目的地の方角が西である事を、知っているみたいですねー」
私の後ろのレストさんが、そう言いました。レストさんも、ハクと同じく、私の目的地は西であると言いました。というか、知ってたんですね。だったら、ちゃんと言いましょう。私の目的地は、貴方と同じ場所なんですからね。逆方向に向かっている事くらい、オリアナの炎を見れば分かるはずです。
「……」
オリアナが、無表情ながら、ちょっと怖い顔をしてレストさんを睨みつけます。レストさんは私の後ろにいるので、まるで私が睨みつけられているようですよ。
「で、では、西に向かいましょう?」
「いえ。姫様が向かうべきは、東です」
「……何故、ですか?」
「あんな国のために、姫様がその身を捧げる必要など、ありません。国が滅ぼされるのを待って、自由の身となり、共に逃げましょう。姫様なら、きっとどこかの国が受け入れてくれるはずです。それまで、私がこの身を挺してお守りいたします。それが嫌だと言うのなら、どこか小さな町に行きましょう。今までのような贅沢な暮らしはさせてあげられませんが、普通に暮らすくらいのお金は、私が稼げます」
「ちょ、ちょっと待ってください、オリアナ!」
話が飛躍しすぎて、ついていけません。
話をまとめると、つまりオリアナは、確信的に私を目的地である、メリウスの魔女の下から遠ざけていたと言う事になります。何のため……それは、分かります。私のためです。オリアナは、私をメリウスの魔女から……そして、私の首に付けられた、首輪から守るために、時間稼ぎをしようとしていたんですね。
「……姫様。もう、頑張らなくても良いのです。貴方はもう、十分頑張りました。あの忌々しい国とは、今こそ別れを告げる時なのです。姫様は、何も考えず、私に付いてきてくれれば、それでいいのです」
「ダメです。私は、メリウスの魔女の下へと、向かいます。確かに私の国は、一部クソみたいな人で溢れていますが、皆がそうではありません。私はその人たちのために、国を守ると決めたんです」
私が守りたいのは、オリアナのような、優しい人達です。お城の中には、私に良くしてくれるメイドや、騎士もいました。彼らは、私が親兄弟から虐げられているのを知りながら、私を気にかけてくれる、優しい方々です。もし、私がここで逃げたら、彼らの身が危険に晒される事になります。
それに、腐ってもあの国は、私の故郷。そして、親兄弟がいる場所なんです。それを助けず、どうするというのですか。と、ちょっと前にも似たような事を言ったはずです。
「姫様……」
「最初は、逃げる事だけ考えていましたけどね。でも、それじゃあ何の解決にもなりません。それに、大勢の人が死んでしまいます。あの、恐ろしい魔族の軍勢から、国を守りたい。それが出来るのは、今この世で、私一人だけなんです。だから──」
「──分かりました」
オリアナが、そう言って私の言葉を遮り、理解を示してくれました。
「良かった……です……」
でも、オリアナの様子が少し変です。理解を示してくれたのなら、どうして武器を構えるのでしょう。魔法で具現化した刀を構えたオリアナが、ゆったりと馬から降りて、私に近づいてきます。その目は、本気です。
「分かりました。では、力づくで連れていきます」
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