第39話 友達


「まずは、謝罪しよう。セラが、貴殿の連れを、惑わしてしまったようだ」


 セラとは、先ほどの白い獣の事ですよね。2人がいないのは、あの獣のせい?獣。牙。ご飯。いただきます……。


「まっ、惑わしたって、もも、もしかして、食べちゃったとか!?」

「安心しろ。食べてはいないし、怪我もしていない。そもそもあの子は、人を食べん。ただ、少しイラだっているのだ。それで、貴殿達にイタズラをしてしまった。貴殿の連れは、森の中で迷子になっているだけなので、安心してほしい。だが、迷惑をかけてしまったのは、事実。あの子に代わり、謝罪をする」


 そう言って、私に頭を下げてくるハクメロウスに、私は何故か、恐縮してしまいます。この子の、威厳ある喋り方のせいでしょうか。それとも、ただたんに、幼女に頭を下げさせている罪悪感でしょうか。


「ぶ、無事なら、いいです。だから、頭をあげてください。でも、そしたら2人を探しに行かないと」


 私は、ハクメロウスの肩に手をかけて、頭を下げるのをやめました。それから、周囲を見渡して、2人を探しますが、もちろん見つかりません。


「心配にはおよばん。もうじき、戻ってくる。貴殿には、それまでの短き時間を、我に預けてもらいたい」

「……お話、という奴ですね」

「うむ」

「二人が戻ってくるのなら、それは構いませんが……」

「貴殿は、他種族をどう思う」

「他種族?」

「具体的に言えば、魔族。エルフ。ドワーフ。妖精。人ならざる者たちの事だ。今、この世界の大半は、人族が牛耳っておる。人以外の種族の住む場所は、日に日に減り、人の領地となっていく。人族は、人族以外を、嫌っているようだ。人でなければ追いやり、例え女子供であろうと、容赦せん。苦しみ、もがく様を楽しむため、捕獲される者もいる。人は、他種族の事を、どう思っているのだろうか」


 それは、私がお城で助けた、妖精の事を言われているようで、胸に突き刺さります。でも、あんな事をするのは一部の人だけなんです。普通の人は、そんな事をしようなんて、思いません。でも、他種族から見れば、それは通用しないでしょう。一人がそうしたら、全ての人が、そういう風に見られても、仕方がありません。

 それに、歴史の中で人は、あまりに多くの他種族を、殺しすぎています。人ならざる者は敵。だから、攻め滅ぼし、倒すべし。そういう考えが、ずっと蔓延してきています。

 でもそれは、人同士にも言える事なんです。人は、争わずにはいられません。国同士で争い、殺し合い、たまには国の仲間同士でも殺し合い、そんな中で他種族がターゲットになる事もあったでしょう。 結論として、結局人は、種族の違いとか、そういうのはどうでもいいんです。敵と認識するか、しないかですから。


「私個人としての意見は、他種族に、特別な感情は抱きません。忌避しませんし、奇異の目も向けません。ですが、人全体で見れば、違います。人々は確かに、他の種族を見下し、差別しています。特に、小さき者、弱き者へ対する嗜虐心を抱く者が、大勢いるのが現状です」

「残念ながら、そうだな。では、それらに対抗するため、他種族が人の領地に攻め込んで来たら、人々はどうする?」

「……戦います。例え、攻め込んできた者達に、大義名分があろうとも、関係ありません。攻め込んで来たら、それは敵です。敵に対して、人は容赦しません。それが人ならまだしも、相手が人以外であれば……」

「滅ぼすまで、徹底的にやる、か」


 もちろん、勝てれば、ですけどね。ですが、人は姑息な生き物です。

 王国に例えるなら、王国が今攻め込んできている魔族に負けたとしても、周辺国が必ず、王国を取り返すという名分で、攻め込んでくるでしょう。王国は滅び、自国の領地を広げる事ができ、更には王国を滅した魔族は悪、という名目を掲げ、魔族をも打ち滅ぼす。逆に、王国が勝てたとしたら、父上が先頭にたって、復讐をしに攻め入るでしょう。そうしなければ、国民の不満が蔓延し、国の維持が難しくなりますからね。その際には、周辺の国も、援軍を送ってくるはずです。魔族の領地の、分割が目的です。

 そんな道筋を描いているから、周辺国は援軍を送ってくる事はありません。本当に、醜いですよね。


「では、そうならないためには、どうすればいいと思う?」

「それは、簡単です」

「ほう?」


 争いにならないため、どうすればいいか。私の中で、随分と昔から、その答えは出ています。ただ、それを実現できるかどうかが、問題なんですけどね。


「友達になれば、いいんですよ」


 友達になれれば、種族も何も関係ありません。友達になれば、喧嘩をする事はあっても、憎しみ合う事はありませんからね。ただ、実現ができないので、争いは絶えません。単純そうに見えて、凄く難しい事なんです。世界の理を、壊すようなもんですから。

 だから、普通の人がこんな事を聞いたら、バカにして笑い飛ばすでしょう。できる訳がない。お前は頭がおかしい、と。それが、ある意味で正しいんです。普通の反応です。


「ははっ。友達か!それは、いいな」


 でも、ハクメロウスさんは、笑いこそすれど、バカにはしてきませんでした。どうやらこの人、普通じゃないみたいです。


「では、我と貴殿は、今から友達だ」


 幼女がはしゃいで、私の手を、両手で握り締めてきます。とても暖かくて、なんだか落ち着きます。


「は、はい。友達、です」

「我の事は、ハクと呼んでくれ」

「じゃあ、私の事はグレアと呼んでください」

「うむ。よろしく頼むぞ、グレア」

「──姫様!」


 そこへ、オリアナの声が、森の奥から聞こえてきました。本当に、戻って来たようで、安心します。ハクメロウス改め、ハクの言葉を疑う訳じゃありませんが、半信半疑でしたからね。


「最後に、警告しておこう。メリウスの魔女の下へ行くのなら、方向が違う。こちらは森の中でも、狂暴な生物の住まう場所……。貴殿の目的地は、西にある」


 ハクは、そういって私の手から手を離し、指をさします。指さされたら、なんとなくそちらを見てしまいますが、すぐに分からなくなってしまうでしょうね。

 というか、何故私の目的地を知っているんですか。そう思って視線をハクに戻すと、そこにハクはいませんでした。辺りを見渡すと、いつの間にか森の茂みの奥にいて、セラとかいう白い獣の背中に乗り、私に向かって手を振りながら、姿を消していきました。

 私も手を振り返しながら、今更ながら思います。なんですか、あの子。タダ者ではないのは確かですが、謎すぎますよ。


「姫様!無事ですか!?」

「オリアナ!」


 オリアナは、森の中から姿を現し、私の姿を確認すると、駆け付けてきました。オリアナの姿を見て安心した私は、そんなオリアナに、思わず抱き着いてしまいます。


「……どうやら、ご無事のようですね」


 抱き着いた私の頭を、オリアナがそっと撫でてきてくれました。


「グレアちゃーん。オリアナちゃーん。ふええぇ。やっと見つけたー」


 オリアナに続いて、レストさんも戻ってきて、ようやく3人揃いました。


「グレアちゃん。私には、抱擁はないんですか?はぁはぁ」


 いつも通り、息を荒げて興奮した様子でそう言ってきますが、そんな事はしません。

 でも、こうしてまた3人揃えた事に、安心感を覚えます。起きて一人きりだった時の絶望感ときたら、凄かったんですからね。正直言って、少しチビりそうでしが、それは内緒です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る