第42話 逃亡
「ま、まさか、死んでしまったんじゃ……!」
私は馬から降りて、倒れたオリアナに駆け寄ろうとしますが、私の隣に着地したレストさんが、腕を掴んで止めて来ました。
「大丈夫。攻撃は、当たっていません。衝撃破で、吹き飛ばしただけですから」
レストさんの言葉に、一旦は安心しますが、心配は心配です。だって、オリアナはボロボロですから。細かい傷が、たくさんあるはずです。早く、治療してあげないと、痕が残ってしまうかもしれません。
「……」
「オリアナ……良かった、すぐに怪我の治療をしましょう」
心配する私をよそに、オリアナが立ち上がりました。それから、私と目を合わせる事もなく、先程降りて、放置されていた馬に駆け寄り、飛び乗ります。
「待って、オリアナ!何をするつもりですか!?」
「……」
オリアナは、私を無視して、馬に積まれていた荷物を外します。荷物を地面に落とし、身軽になった馬を蹴り、すぐに発進。
「オリアナぁ!」
去っていこうとするオリアナに、私は叫ぶように声を掛けましたが、尚も無視です。そのまま馬を駆って、森の奥へと消えて行ってしまいました。
私は、その光景に呆然と立ちすくんでしまいました。オリアナが、私の下を、去って行ってしまった。あまりにショックで、私はどうすればいいのか分からなくなってしまいます。
「……大方、主であるグレアちゃんの意思に逆らってしまった今、グレアちゃんと一緒にいる資格はないとか思っているんでしょうねぇ」
「追いかけないと……!」
「落ち着いてください」
解説したレストさんの言葉を聞き、我に戻り、馬に乗り込もうとしますが、私の腕をレストさんが離してくれません。抵抗しようとしますが、両手でガッチリと掴まれた上、抱きしめて拘束されてしまい、敵いませんでした。
「レストさん……離してください。私は、オリアナがいないとダメなんです。追いかけて、仲直りして、傍にいてもらわないと……!」
「グレアちゃんは、国とオリアナちゃん、どちらが大事なんですか?」
「……オリアナです」
オリアナに、あんな事を言って反論しておいて、結局私にとって、その2つを天秤にかけられたら、もちろんオリアナを選びます。身勝手な人間ですよね。でも、私にとってオリアナは、それくらい大事な存在なんです。
「では何故、オリアナちゃんの提案を受け入れなかったんですか?受け入れていれば、オリアナちゃんがグレアちゃんに歯向かう事もなく、オリアナちゃんが提案した通りの、二人だけの素敵な生活が待っていたかもしれません」
「それは……そうかもしれませんが……」
「貴方は、国よりもオリアナちゃんの方が大事だと言っておきながら、国を選んでしまったんです。そんな貴方に、オリアナちゃんを追いかける資格はありません」
「……」
あくまで、優し気な口調で、諭すように言うレストさんですが、その言葉は私に突き刺さってきました。確かに、何故私はあんなに躍起になって、オリアナの提案を拒否したのでしょう。
あんな国は放っておいて、オリアナと一緒に暮らす……そこに、どんなに素敵な未来が待っていたのか、想像もできません。
オリアナは、現状でもしメリウスの魔女の下へと赴いても、私の身が危ぶむことも恐れて、そんな提案をしてくれました。魔女への生贄……その意味は、私も分かっています。そこでもし、レックス兄様に貰ったお金で解決できたとし、国へ戻ったら何が待っているのでしょうか。私は死刑を宣告された身です。魔法の才能もないと、レストさんにきっぱりと言われてしまいました。となれば、用済みで処刑が執行される未来しかないのかもしれません。
オリアナが、そんな私を助けるためにしてくれた提案……私はそれを、拒否した。相手の気持ちを考えていなかったのは、オリアナではなく、私の方です。身勝手な自己犠牲の精神を見せる私に、オリアナは必死に気づかせようとしてくれた。でも、聞き入れなかった私に対して、最終手段である実力行使に出た……ああ、私は、なんてバカで愚かなんでしょう。
でも、だからといって、国を見捨てて逃げるのは、違います。オリアナの気持ちを理解した今でさえ、それは分かるんです。じゃあ、私は一体、どうすればよかったと言うのですか?教えてくださいよ、オリアナ。逃げたりしないで、私の傍で、一緒に答えを考えてください。
「……そんなにオリアナちゃんが大切なら、貴方がすべき事は一つです。メリウスの魔女の下へ、行きましょう」
「それは……」
レストさんの提案は、オリアナとはかけ離れている気がします。そんな事よりも、追いかけて話をしないと、全てが手遅れになってしまいます。ヘソを曲げたオリアナは、恐らくはこの機会を逃したら、絶対に私に会いに来たりはしてくれません。ここで見逃したら、全てがお終いなんです。
もしかして、それが分かっていて、オリアナは逃げたんでしょうか。時間を稼ぐため、私から逃げて……オリアナなら、やりかねません。ここで私が追いかけてくると、確信しているんです。追いかけたら逃げるし、追いかけなければ、二度と会うつもりはない。選択肢があるようで、ありません。だったら、追いかけるしかありませんから。
そう考えると、オリアナに逃げられた悲しみより、怒りが沸き上がってきます。あのメイドは、今度あったら一発殴ってやりましょう。
「オリアナちゃんは、私に任せてください。絶対に捕まえて、またグレアちゃんと引き合わせてあげます。だからグレアちゃんは、自分のやりたいようにしてください。国を救うと、決めたんでしょう?だったら、真っすぐにそれを目指してください。私はそんなグレアちゃんを、応援します」
「レストさん……」
レストさんは、私を抱擁から解放しました。そして、私の頭を優しく撫でて、そう言ってくれます。この、頼りになるお姉さんは、誰ですか?まるで、いつもの呑気な変態キャラが、吹っ飛んで行ってしまったようです。
それに、今思えばレストさんは、私の意思を尊重して、実力行使に出たオリアナを止めてくれたんですよね。掴みどころはないし、変態ですけど、そんなレストさんだからこそ、一緒に旅ができて、楽しかったです。
「し、信じても、いいんですか?」
「はい。私にお任せくださいー」
呑気な口調でそう言われると、説得力に欠けますね……。でも──
「信じます」
この人なら、きっと約束通り、またオリアナと私を会わせてくれる。そんな確信があります。あんな凄い魔法の数々を、見せられた後だからでしょうか。
「ぐはっ!」
「何事ですか!?」
ニッコリとレストさんに笑いかけたら、レストさんが鼻血を噴き出しました。もしかして、先ほどの戦闘で使用した魔法により、生命力が奪われたんでしょうか。
「い、いえ。あまりにもグレアちゃんの笑顔が魅力的で、何かが色々と吹っ切れてしまいました。ご心配なさらず」
いや、心配ですよ。
……でも、いつも通りのレストさんのおかげで、私も色々と吹っ切れた気がします。
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