第33話 肩の力を抜いて


 メリウスの森は、広大な木々に覆われた、深い森の広がる大地です。普通、人が立ち入る事はありません。野生の動物や、魔物の住まう、危険な地ですからね。当然人の住むような場所ではありませんが、一人だけ住んでいるみたいですけどね。そんなマニアックな人は頭数から外して、人が住んでいないという事でいいでしょう。

 今私たちが超えてきた山を、別の方向に行くと村はありますが、森からは離れています。ただ、山菜や薬草等の物資が豊富で、一部の人は命がけで入る事もあるようです。だから、道が整備されているんですね。おかげでここまで、荷馬車でそれなりに揺れずに来れました。


「ここからは、危険地帯です。いつ、何が襲ってくるかも分かりません。覚悟は、できていますか?」

「……」


 私は、森の入り口を見てみます。森は暗く、日を通さない程の茂みが覆っていて、まだ日が沈んでいないというのに不気味です。それに、獣の断末魔……?のような鳴き声が聞こえてきて、正直ちょっとびびっています。


「んー、自然の、美味しい空気って感じですね!」


 そんなびびってる私をよそに、レストさんは相変わらずの呑気を発揮しています。深呼吸して、こんな不気味な森の空気を、美味しいとか……でも、言われてみれば、空気が澄んでいて、なんだかちょっと美味しい気がしてきました。


「行きましょう。でも、何かが襲ってきたら、守ってくださいね?自慢じゃないけど私、武器もなければ実戦経験もなくて魔法も使えない、ただのお姫様ですからね?」

「情けない事を……私がいなかったら、いったいどうするつもりだったんですか……」


 オリアナがいなければ、昨夜の襲撃で死んでいます。なので、この森をどうする以前の問題だったので、問題なしです。


「でも、荷物はどうしますか?この森の中を、荷馬車はちょっとキツイですよね」

「必要な物だけ馬に乗せ換えて、馬車はここに置いていきます。お二人とも、荷物の乗せ換えを手伝ってください」

「はーい」


 私は元気よく返事をして、すぐに作業に取り掛かります。

 寝具と、ご飯を作るのに使う道具は、必須ですね。腹が減っては戦はできませんからね。もちろん、食糧も必須です。まだ、節約すれば3人で3日分くらいの量はあるので、全部持っていきます。


「グレアちゃんって、こういう時は文句も言わずに行動しますよね。その辺りはお姫様っぽくないというか、活動的と言いますか……」


 オリアナの指示により、手早く荷物をまとめる私を手伝いながら、レストさんがそう言ってきました。

 お姫様っぽくないとか、そんな事初めて言われましたよ。軽く、ショックです。


「オリアナの言う事をちゃんと聞かないと、後で怖いんですよ。ねちねちと文句を言ってきたり、オヤツが減ったり。だから、悪い事は言いません。指示には従った方が、いいです」

「そうなんですねー」


 そんな他愛のない事を話しながら、荷物をまとめ終えると、荷物を馬に乗せて、準備はできました。 そこでふと思ったんですけど、馬は2頭で、私たちは3人います。一体、どうするんですか。


「私、馬の乗り方が分かりません」


 その事を提起したら、レストさんがそんな事を言い出しました。

 そうなると、荷物を片方に集中させ、そちらは1人で。もう片方には荷物を軽くして、2人で乗る事になりそうですけど、振り分けが問題です。レストさんを、私かオリアナの、どちらかが操る馬に、身体をくっつけて密着した状態で、乗せてあげないといけません。


「では、姫様の後ろにどうぞ」

「いや、ちょっと待ってください!私が、一人になりますよ!オリアナが、レストさんとお願いします!」


 私は、荷物が多く積まれいる方の馬に乗ろうとするオリアナを、慌てて呼び止めました。


「いざというとき、私が一人の方が、動きやすくて都合がいいです。それに、姫様を守るのに、レスト様と一緒ならば安心なのではないでしょうか」

「お任せください。私が、この命に代えても、グレアちゃんをお守りします」


 気合を入れて、拳を作るレストさんですが、そうではないんですよ。私がレストさんを拒絶するのは、自分の身の危険を感じるからです。だって、人目もはばからず、堂々と同性同士の恋愛官能小説を読むような変態ですよ。何をされるか分かったもんじゃありません。


「まぁそれは建前で、こんな変態に後ろに乗ってほしくないな、と」

「私だってそうですよ!」

「あの、お二人とも?本人目の前にして、ちょっときつくありません?」

「いや、だって事実ですし……」


 私とオリアナは、声を合わせて言いました。


「酷い!」


 とはいえ、オリアナの案が、確かに一番妥当です。レストさんが馬に乗れれば、迷うことなく一人で乗ってもらい、もう一方に私とオリアナが乗るんですけどね。どうして、馬に乗れないんですか、この人は。魔法より先に、乗馬を習いましょうよ。

 仕方がないので、オリアナの案を採用します。

 私は荷物の少ない方の馬にまたがり、後ろに乗るように、レストさんを促します。手を伸ばし、引っ張ってあげると、その重そうな胸をぶらさげている割に、軽やかな動きで乗り込んできました。


「よろしくお願いしますね」

「……」


 背中に密着されて、凄く大きくて柔らかい物が、押し当てられて来ます。しかも、頭を撫でてきたり、お腹をさすってきたり、腿に触れてきたりと、早速やりたい放題です。


「ああ、もう鬱陶しいです!あんまりベタベタとしないでください!」

「ごめんなさーい」


 謝りながらも、レストさんは密着したままです。


「これからメリウスの森に入るというのに、お二人とも呑気ですね」

「いや、私じゃないですから。レストさんだけ、呑気なだけですから。私なんて、心臓ばくばくで張り裂けそうですよ」


 そうは見えないかもしれませんが、本当です。信じてください。


「大丈夫ですよー。リラックスして、肩の力を抜いていきましょう!」

「だから、くっつかないでください!」

「ほぐ!?」


 私は、密着してくるレストさんのお腹に、思わず肘打ちを見舞っていました。肘は、柔らかなお腹にヒットして、めりこんだ感触がありました。たぶん、凄く痛くて苦しいと思います。


「っ……!……!」


 後ろでレストさんが、声も出せずに悶えていると思いますが、おとなしくなって丁度良いですね。


「それじゃあ、出発です」


 私の合図に、荷物がたくさん積まれた方の馬に乗っている、オリアナが先導して歩き出しました。

 荷物の大半は、荷馬車ごとここに置いていきます。たった2日間程ですが、お世話になった馬車を置いていくのは、なんだかちょっとだけ、忍びないです。3人での馬車での旅路は、短かったですけど、私にそんな事を思わせるくらい、本当にちょっとだけ楽しかったんですね。

 でも、ここからはそうは言っていられません。メリウスの森。ここに、私の命運を握っているメリウスの魔女が住んでいるんです。気合を入れて、気を引き締めていきましょう。

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