第32話 本の内容
私の決意は、変わりません。あの魔族の大軍が、王国に押し寄せる前に、メリウスの魔女の下へと辿り着く。そう決めました。そうと決まれば、ちょっと急がないといけませんので、オリアナには馬車の足を速くしてもらっています。
一方で、魔法に関する秘密を聞かされた上、レストさんに魔法を教えてもらう事を、きっぱりと断られた私ですが、諦めた訳ではありません。私は、魔法に対する興味が抑えきれず、どうしても魔法を覚えたくなってしまいました。それもこれも、レストさんのすさまじい威力の魔法と、魔法に関する知識を聞かされたせいです。
「じー……」
「……」
でも、レストさんはどうしても、教えてくれないようです。なので、レストさんの一挙手一投足を見守る事で、技術を盗ませてもらいます。
私は、荷馬車で本を読んでいるレストさんを、つぶさに観察します。腕で圧迫され、苦し気な大きな胸。ちょっと動くたびに弾んで、まるで生き物のようです。更には足を動かした瞬間に、スリットから見える太ももが、凄く色っぽい。読んでいる本のタイトルは、百合の園……お花の本でしょうか。それとも、魔術関連の本なんでしょうか。気になります。
「あ、あの、グレアちゃん。私、女の子に観察されるより、観察したい方なんです。なので、やめてもらえませんか?」
レストさんが本を閉じ、じっとみつめていた私に、苦情をいれてきやがりました。私がレストさんなんかを観察しなくてはいけないのは、レストさんが魔法を教えてくれないからです。なので、その苦情は受け入れません。
「じー」
「お、オリアナちゃん、なんとかしてくださいー」
私に言っても無駄だと悟ったのか、レストさんが運転席のオリアナに泣きつきました。でも、見向きもせず、どうでもよさそうに口を開きます。
「別に、いいじゃないですか、ちょっと観察されるくらい。貴方だっていつも、気に入った女の子を観察してるでしょう」
「それもそうですけどー……」
「じー」
「や、やっぱり無理です!グレアちゃん、お願いですから、やめてください。なんでも言う事聞きますからー」
「じゃあ魔法を──」
「それは無理です」
即答で断られ、私はなんでも、という意味が分からなくなってしまいました。そもそも、言い切ってもいませんけど。
「……それじゃあ、その本。その本を、貸してください」
「えー、コレですかー……?」
レストさんが読んでいる本を指さして、私がお願いすると、レストさんはちょっと困った表情を浮かべ、戸惑っています。
やはり、その本には何かあるようですね。私の勘が、当たったようです。
「なんでも聞くって、言ったじゃないですかー」
「うーん……」
それを言ったら、そもそも魔法を教えろっていう話ですけどね。でも、それは無理そうなので、せめてそれくらいは、ですよ。
「……分かりました。グレアちゃんにはちょっと、刺激が強いと思いますが」
「刺激?よく分かりませんが、ありがとうございます」
レストさんが、渋々といったようすで、私に本を差し出してきます。私はお礼を言ってそれを受け取り、唾を飲み込みます。この本に、魔法に関しての情報が載っているんですね。自慢じゃないけど、私の記憶力は凄いんですよ。この本の魔法に関する情報を、全ていただいちゃいます。
意を決して、本を開き、その内容を読ませてもらいます。
──数分後。私は、本を勢いよく閉じました。
「ど、どうでしたか、グレアちゃん」
「どうもこうも、ありませんよ!コレ、官能小説じゃないですかっ!」
詳しくは言えませんが、それはエッチでやらしいヤツでした。それも、出てくるのは女の子だけで、女の子同士でイチャイチャしたり、くんずほぐれずしたりする物語です。魔法に関する事が載ってるかと思い、がっつり読んじゃいましたけど、途中で気づきましたよ。ええ、絡みのシーンも真剣に読みましたとも。
「そうですよ?あ、あれ?分かっていて、貸してくれと言ってきたのでは……?」
「分かってたら、借りませんよ!?」
分かってて借りてたら、私もレストさんのような、女の子好きの変態という事になってしまうじゃないですか。というかこの人は、ずっとこんなエッチな本を読んでいたんですか?こういうのは、普通一人でゆったりとしながら、部屋に閉じこもって読む物でしょう。私たちの目の前で読むとか、どういう神経してるんですか。
「と、とにく返します!早く受け取ってください!」
私は、本を直視できないくらい恥ずかしくて、目を閉じながらレストさんに向かって本を差し出します。
「ふふ……淫乱な、可愛らしい子猫ちゃん。今夜も、たっぷりと可愛がって差し上げますね」
「ひっ!?」
目を閉じた私の耳元で、レストさんがそんな事を囁いてきました。その台詞は、本に載っていた、一文です。主人である令嬢に、使用人の女の子がそう囁いて、そこから凄い世界が広がっていくんです。
私は、そんなレストさんの頭を、条件反射で殴っていました。その際に、本が床に落ちてしまいますが、気にしていられません。
「いったぁ!」
「変な事、しないでください!」
「軽い、冗談じゃないですかぁ」
頭を押さえて文句を言ってくるレストさんに、私はもう一発お見舞いしてやろうとかと思いました。
「あ、あはは。ごめんなさい、ほんの出来心です」
構えると、慌てて謝って来たので、振り上げた拳を下ろします。
「姫様に、なんて物を読ませるんですか……」
いつの間にか、オリアナが運転席から荷馬車に移動していて、私が落としたレストさんの本を、拾い上げていました。パラパラとめくって、平気そうな顔で読んでいるオリアナは、凄いと思います。よく、こんなエッチな本を、真顔で読めますね。
「ところで、馬車の運転はどうしたんですか?」
馬車自体は止まっているようですけど、どうして運転をやめたのか、オリアナに尋ねました。
「メリウスの森につきましたので、そのご報告を」
「……」
メリウスの森……メリウスの魔女の住まう、木々で覆われた地に、もう着いてしまったんですね。
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