第30話 魔法を教えてください
現在私たちは、山を登り終えている状態です。頂上はまだまだ別にありますが、道は下りに差し掛かっている状況です。それなりに高い場所まで登って来たので、見晴らしがいいんですよ。そり立つ崖の上から見える景色は、そりゃもう絶景です。
そんな絶景の中に、魔族の大軍が入り込んでいます。青い肌をした者や、大きな身体の、角の生えた巨大な化け物。背中に生えた黒い翼で、空を飛び回り、周囲を警戒する者や、見たこともない獣にまたがる集団もいます。
それを見て、私は身震いします。本当に、これから戦争が始まろうとしているんだなと、実感しました。
「彼らが王国に辿り着くまで、残り二日程でしょうか。どうしますか、姫様」
「どうする……?」
私は、鷲掴みにしていたレストさんのお尻を離し、おかしな事を聞いてきたオリアナに、首を傾げます。
「このまま行けば、彼らがキールファクト王国に辿り着く前に、メリウスの魔女の下へ、辿り着くことができるでしょう。しかし、ちょっと時間稼ぎをして、辿り着くことを遅らせれば、あの魔族の大軍が、王国を滅ぼしてくれるんじゃないでしょうか」
「で、でも」
私には、首輪がつけられています。この首輪は、目的を果たさなければ私を殺める物です。逆らうような行動をとれば、私はこの首輪によって、命を奪われてしまうんですよ。
「命令に、逆らうような事はしません。ちょっと遠回りをしていくだけですので、平気でしょう。その間に、姫様に首輪を付けた者が死ねば……晴れて、自由の身です」
「……」
私にこの首を付けたのは、父上だ。父上が死ぬ。それは、国が亡ぶことを意味しているのに、等しい事です。
「わー、凄い大軍ですね。これなら、あの王国では一日も持たないんじゃないですか?」
顔を出して来たレストさんも、私とオリアナと同じように荷馬車の運転席に座り込むと、魔族の大軍を見てそう言ってきます。
「……キールファクトは、難攻不落のお城です。さすがに一日は──」
「無理ですね」
レストさんは、きっぱりとそう言い切った。
「少なくとも、籠城しようと考えているのなら、一日も持ちません。打って出ても、時間稼ぎにしかならないでしょう。あの王国の現状では、周辺国からの援軍も期待できませんし、確実に滅びます」
「何故……そう言い切れるのですか……?」
「まず、壁を超え、空から中へ侵入できる者が多いです。更に、梯子もなしに、壁をよじ登る事ができる者も、大勢います」
確かに、彼らを見ると、空を飛び回っている者が大勢いる。壁をよじ登る事ができるかは分からないけど、レストさんの言う通りなら、キールファクト最大の特徴である、巨大な壁が意味をなさない事になってしまう。
「ですが、さすがに全ての者が、そうではないでしょう。その一部の者達だけの力で、王国を滅ぼすことは出来ません」
「そうですね。ですが、あのお城は一見頑丈に見えますが、実は凄く脆い。正面周辺の壁は、まごう事無き鉄壁。ですが、隅っこの方は、かなり脆い作りですよね。中は恐らく空洞になっており、いざという時の脱出口として使われる物ではないでしょうか」
「……」
私は、アホみたいに口を開いて、驚きました。国家機密ですよ、あの秘密通路は。私ですら、父上から公式に教えてもらったことはありません。ただ、壁の図面を見せてもらう機会があり、ちょっと怪しいと思ったので探検し、自分の目で確かめてみたんです。そしたら、見つけちゃいました。なのでたぶん、兄弟の中でもその事を知ってるのは、私だけです。
どうして、この人がそれを知っているんですか。
「姫様。アホみたいな顔です」
オリアナに、そう言われました。分かってますよ、自分でもそう思っていました。でも、オリアナに言われるのは癪にさわります。
「ごほん。どうして、それを知っているんですか!?」
私は一度咳ばらいをして、元の美しい顔に直してから、レストさんに掴みかかりました。
「透視魔法で、見ちゃいました」
「と、透視……」
そんな事をされたら、隠しようがありません。にしても、そんな魔法まであるんですね。外の世界では、そんなに魔法が進んでいたなんて……本当に、自分の知識が浅はかなんだなと感じます。
私はレストさんから手を離して、項垂れます。
「人間より、魔族の方が魔法は得意です。その魔族が、あの壁の弱点に気が付かないという事は、ありえないでしょう」
「……そうですね。あの壁の秘密がバレれば、一日ももたないかもしれません」
「それで、グレアちゃんはどうします?時間稼ぎをして、お城が攻め滅ぼされるのを、待ちますか?それとも、急いでメリウスの魔女の下へ向かいますか?」
1日でお城が滅ぼされるのなら、このまま時間を稼いで、遅らせた方がいいのかもしれない。早ければ、3日程で私は自由の身です。メリウスの魔女の下へいっても、どうせ殺されるか、頼みを聞いてくれるかも分かりませんし、はたまた約束を反故にされたりだって、考えられます。そもそも、メリウスの魔女の力をもってしても、あの大軍を相手にするのは、不可能ですよ。
だったら、時間稼ぎをして、皆が死ぬのをまって、自由の身になるのを待った方が、千倍マシです。
でも、その場合って、どうなるんですか?父上や、レックス兄様が死んで、民までもが死んでしまい、王国はめちゃくちゃ。その時、私は後悔しないんですか?国を守るためのできる事をせず、逃げ出して、自分の親や兄弟が死ぬのを待つ。そんな時間の使い方、あまりにも滑稽で、みじめじゃないですか。
「……急いで、向かいますよ。メリウスの魔女の下に」
「何故、ですか?姫様を苦しめる連中のため、自分の身を危険に晒してまでも、助けられるかどうかも分からない旅を続けて、何が待っているというのですか!?」
私の決定に、オリアナが珍しく声を荒げて、そう言ってきました。珍しい事ですが、ない事ではないです。いや、本当に珍しいんですけどね。
「親兄弟が死ぬのを待つ……そんな時間に、オリアナを付き合わせたくはありません。行きますよ、私は。例えどんな事が待ち受けようとも、何がおきようとも……その時、どうすればいいのか考える事にします」
「アレを見て、姫様は、どうにかなるとお思いですか?」
オリアナは、魔族の大軍を指さして、尋ねてきます。
「そう言われると、ハッキリは言えませんが。でも、なるんじゃないですか」
そう思わないと、やってられませんからね。だから、私はそう思う事にしました。メリウスの魔女が、どれ程の力を持っているかは分かりませんが、レストさんのような魔術師が、弟子入りに志願しにいくという事は、レストさんよりも凄いという事です。その実力は、期待できるんじゃないでしょうか。
「ぷっ。グレアちゃん、良い!良いです!うん。私も、なんとかなる気がします!」
「はぁ……本当に、仕方のない姫様です。どうなっても、知りませんよ……」
レストさんは笑い、オリアナはため息を吐きました。オリアナは、呆れているようですが、それ以上は何も言ってきません。
「そこで、レストさんに、お願いがあります」
「はい?」
「私に、魔法を教えてください」
私は、レストさんの魔法を見てから、ずっと考えていたことを、口にしました。
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