第29話 フラグ
「なんじゃこりゃ……」
翌朝、雨もあがり、晴れ晴れとした天気に恵まれて、気合をいれて洞窟を出た私は、驚愕しました。
洞窟の前に、ちょっとした池が出来ています。硬い岩盤が剥き出しとなっている、このウルス山脈の山道で、忽然とそんな物が姿を現しました。キレイな円形の、濁った汚い池です。大雨に見舞われてよく分かりませんでしたが、こんな物はなかったと思います。
よく見るとその池には、ぷかぷかと、剣やフードが浮かんでいました。それらは焼け焦げて、ボロボロの状態です。
「姫様。雨上がりで足元が悪いので、気を付けてください」
「そうですよ、グレアちゃん。滑って転んであざができたら、大変です。仮にそうなったら、治るまでつきっきりで観察してあげますね。はぁはぁ」
荷馬車を操って、洞窟から出てきたオリアナと、そんなオリアナの隣に座っているレストさんが、口々に言ってきました。
オリアナは、いつものメイド服姿で。レストさんは、一晩かけて乾かせた服を、着ています。私も同じです。
レストさんの気持ち悪い発言は無視しておくとして、それより私は、目の前に現れた池に対してノーリアクションの2人に、驚きですよ。
「この池!レストさんが昨日使った魔法でできた物ですよね!?」
「あー、そうかもしれませんねぇ。こんな風になっていたんですね。雨で視界が悪くて、気が付きませんでした」
呑気に言うレストさんですけど、こんな地形を抉る程の魔法を、たった一人で使ったと言うのですか。確かに、すさまじい爆発でしたけど、まさかこんな事になっているなんて、思いもよりませんでしたよ……。
「それより、雨のせいで遅れが出ています。少しでも取り戻すためにも、さっさと出発しますよ」
「……」
「姫様?」
「分かりました。今、乗ります」
私は、その池を見て、ちょっと思う所がありました。それを考えていると、オリアナに呼ばれ、荷馬車によじ登ります。
「では、出発!」
荷馬車に乗った私は、運転席のオリアナとレストさんの間から首を出して、高らかに宣言しました。
「はいはい……」
オリアナは、あきれ顔で荷馬車を発進させ、レストさんは私に拍手を送ってくれて、ちょっと恥ずかしくなってきます。
ごつごつとした石の道を進み、途中で荷馬車のタイヤが穴に引っ掛かってしまうというトラブルも経験しながら、どうにか進んでいく私たち。馬車はよく揺れて、お尻が痛いですが文句は言えません。オリアナが連れていた馬と、私がお城を出る時に与えられた馬の2匹が、頑張って引いてくれているんですからね。
「平和ですねー……」
「確かに平和ですが──」
「もう、いいです。聞きたくありません」
オリアナの隣で、ふと呟いた私に対して、オリアナがすかさずそれを否定するような事を言おうとするので、私は慌てて止めました。昨日、このメイドが私の平和宣言を否定した直後に、激しい大雨に見舞われた事を、私は根に持っています。
「フラグ、ですね」
後ろに移動して、荷物に紛れて座りながら、本を読んでいるレストさんが、そう言いました。
フラグ?どういう意味でしょうか。魔術師特有の、何かの暗号みたいな物でしょうか。
「てっきり、期待されているのかと」
「誰が、期待なんてしますかっ。昨日みたいな突然の大雨は、もうこりごりですよ」
私は、オリアナの頬を突っつきながら、訴えます。案外、柔らかくて気持ちいいですね。
その際に気づいたんですが、オリアナの耳に、イヤリングが見えました。シルバーの枠に、黒い宝石の埋めこまれたデザインの物です。オリアナの黒髪に紛れていて、今まで気づきませんでした。というか、これまではこんな洒落たもの、付けてませんでしたよね。一体いつ買ったんですか。
値段を当ててやろうと思い、じっと見つめると、そのイヤリングから、微かに魔力の気配を感じます。
「……オリアナ。そのイヤリングは、魔法具か何かですか?」
「……」
私の発言に対して、オリアナがピクリと動きました。
「本当にたまに、魔力に対して敏感ですね。それに関しては、凄いと思います」
「それほどでもあります」
オリアナに褒められて、私は胸を張りました。このメイドが褒めてくるなんて、滅多にない事です。滅多にないので、褒められたら喜びます。
それに、他のメイド等と違い、オリアナはお世辞を言いませんからね。安心して、素直に喜べるんです。
「……」
オリアナが黙ると、掌を上にして、手を構えました。すると、そこに黒色の光の粒子が集まってきて、長細い形を作っていきます。そして、次の瞬間には黒い鞘に納められた、刀が現れました。昨日、オリアナが使用していた武器ですね。
その刀が現れる時、イヤリングから溢れる魔力を感じました。と、いう事は、このイヤリングが、この武器を具現化させている、という事ですか。
「童子切安綱、と言うらしいです。謳い文句は、敵に武器を持っている事を知られずに、携行できる。魔力の流れも極小で、察知される事もない。の、はずだったのですが、バレましたね」
「いや、参りました。まさか、こんなに小さな魔力に気づくとは、さすがです」
そう言ったのは、レストさんです。本を閉じて、四つん這いで私たちの方へと寄ってきます。大きな胸をぶら下げちゃって、谷間が見えてますよ、はしたない。
「その口ぶりからすると、コレを作ったのってもしかして……」
「はい。私です」
相変わらず、軽く言う人だ。こんな凄い技術を持っている人には、到底見えません。でも、コレに加えて地形を変えてしまうような威力の魔法が扱えるんですから、恐ろしい。
「最初は、奇抜な形に戸惑いましたが、いざ使ってみると、素晴らしい出来です。切れ味は文句ありませんし、軽くて扱いやすい。これ程の物を、どうやって作ったのですか」
「材料を集めて、形をイメージして魔法で具現化させた物です。それでも、何度も失敗して、数週間程の時間を要してようやく完成した、唯一無二の物なんですよ。失敗につぐ、失敗……ですが、黒髪メイドに刀の組み合わせが見たくて、頑張ったんです。褒めてください」
「ん?オリアナのために、頑張って作ったんですか?」
「はいー」
「そんなに何度も失敗して、数週間の時間をかけて、黒髪メイドのオリアナのために作ったんですか?」
「あー……」
レストさんが、黙り込んでしまいました。
オリアナのために作ったというのなら、時系列があいません。2人は、数日前に出会ったばかりのはずですからね。
「さ、本の続きを読まないと……ひゃわぁ!?」
レストさんはそう言って、私にお尻を向けて、四つん這いで行ってしまおうとします。そのお尻を、私は片手で鷲掴みにして、止めました。大きくて、むちむちとしているので、非常に掴みやすいお尻です。私の小ぶりで肉付きの少ないお尻とは、全く違います。
「どうやら貴方たちは、もっと前からの知り合いのようですね?」
「……姫様」
「なんですか、オリアナ。また、秘密だとか言うつもりじゃありませんよね」
「いえ。あちらをご覧ください」
「一体なんだと……いうの……です、か」
オリアナに促されて、オリアナが向いている方向へと目を向けます。その目に映ったのは、魔族の大軍でした。
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