第28話 笑いました


「で、何なんですか」


 改めまして、レストさんの魔法で作られた焚火を囲い、私は2人に向かって尋ねます。オリアナが淹れてくれたお茶を啜りながら、睨みつけて聞いてやりました。


「私は、ただのしがない魔術師ですよー」

「はい、うそー!ただのしがない魔術師が扱える規模の魔法じゃありませんー!」


 おずおずと手をあげて答えたレストさんに、私は指さしながらそう指摘します。

 レストさんは、新しい布をオリアナが手渡して、それにくるまっています。相変わらずの、私と同じほぼ裸同然の格好です。


「本当ですよぅ。あ、そうだ。まだまだ未熟なので、これからメリウスの魔女の下にいって、弟子入りさせてもらおうと思っていたんです。そこに、同じ目的地に行くというオリアナちゃんと出会い、運命を共にする事になったのです」

「未熟って、アレが未熟と……?」


 外の様子は、雨が降っているのでまだちゃんと見ていませんが、あの様子では相当な爆発がおきたはずです。それを未熟だのと言われると、うちの軍隊の魔法なんて、未熟どころか魔法と言うのも恥ずかしいくらいの規模なんですけど。

 それから、ちょっと聞き流しかけましたが、今、あ、そうだ。とか言いませんでしたか?今の話は、今思いついたんですか?……いまいま五月蠅いですね。


「世界は、広いものです。あれくらいの魔法で驚いていては、この先身が持ちませんよ」

「オリアナ……」


 確かに、私の国は、魔法についてはちょっと遅れを取っている。世界では、これくらいの規模の魔法が、主流だとでも言うのですか?だとすると、かなりの危機感を抱かねばなりません。

 私の知識なんて、所詮は国内に留まっていますからね。国外の事情については、オリアナの方が詳しいはずだ。そのオリアナがそう言うのなら、そうなのだろうと思います。


「分かりました。レストさんに関しては、それでいいです」

「やったー」


 拍手をして、呑気に喜ぶレストさん。納得しきった訳ではありませんが、相当な腕前の魔術師という事で、納得しておきます。

 問題は、オリアナですよ。私に課せられた任務を知っていた事と言い、待ち伏せしていた事と言い、あの剣さばきと言い、なんなんですか。一番近しい人物であり、一番よく知っているはずの人物が、どんどん知らない人になっていくんですけど。


「オリアナ。貴方は、どうして剣が扱えるのですか。それに、あの腕前は、尋常ではありません。一体、どこで腕を鍛えたのですか」

「剣は、ほぼ自己流です。誰かに教えてもらった事は、ありません。姫様の身を守るため、鍛錬していたのです。まさかそれが、役にたつ来る日が来るなんてー」


 あの剣の腕前が、自己流、だと……?でも、お城にいた時は、誰かに教わっていた感じはしませんでしたし、私の鍛錬を見ていただけでしたね。オリアナは孤児院出身で、子供の時にお城に来た身ですから、お城に来る前に誰かに教わったとも思えません。つまり、それは本当だという事なのでしょうか。

 まぁ前半の自己流はともかくとして、後半は棒読みでした。明らかに、わざとらしい嘘をついて、誤魔化そうとしています。それは、これ以上は聞くなという、オリアナの無言の圧力ですね。ちょっと前にも、この世には知らなくても良い事があると脅して来たので、それと同じだという事です。

 となると、これ以上聞いても、無駄ですね。はいはい、自己流で私のために鍛えてくれて、凄い凄い。


「あはは。オリアナちゃん、嘘下手ですねー」

「……」


 私が察しても、レストさんがそれに気づいて、笑ってそう言いました。オリアナの眉毛がピクリと動いて、ちょっと不機嫌そうになります。


「レスト様」

「はい?」

「ちょっと、黙っていていただけませんか?」

「……はい」


 オリアナに睨みつけられて、レストさんは怯えて返事をしました。余計な事を言うから、怒られるんですよ。私を見習ってください。余計な事を言うと、怒られるのが分かってるから、言いたかったけど黙っていたんですから。

 ああ、でも、オリアナがちょっと不機嫌になったのは、私にとっては愉快です。秘密秘密で、何も教えてくれませんからね。もっと、レストさんにバカにされればいいんですよ。


「まぁ、お二人の事は、もういいです。それよりも、襲ってきた連中ですが……」

「姫様も、途中で気づいたようですが、それをあの方々の前で言ってしまえば、彼らは私たちを、見逃す訳にはいかなくなってしまいます」

「相手を見逃すために、私の口を閉ざしたんですか……」

「襲ってきた方々ですか?王国の方々ですよね。グレアちゃんを、暗殺しに来たんですよ。外にも数十人いましたが、あんなに統率のとれた動きは、軍隊の暗殺部隊を臭わせます」

「……」

「……」

「え?え?そうですよね?合ってますよね?」


 レストさんが、あっけらかんと、それを口にして、私とオリアナは目を丸くします。

 いえ、合ってるんですけどね。私も、そうかと思っていました。でも、私としては、結構ショックなんですよ。そこまでして、私を殺したいのか、と。これでも一応、家族として十数年、共に生きて生活してきた訳ですし、これからただでさえ死にに行くような旅をさせられている上に、嫌がらせに暗殺……嫌になっちゃいますね。


「はあぁぁ」

「姫様。へこんでたって、仕方ありません。元気出してください」


 オリアナが、軽い口調で、無表情に励ましてきます。こういう時は、優しく抱きしめて、よしよしくらいしてくださいよ。本当に、気がきくんだか、きかないんだか分からないメイドです。


「わ、私、余計な事言っちゃいました……?私のせいで、グレアちゃんの元気なくなっちゃいましたよね……?」


 レストさんが、わなわなと震えて、自分を責め始めました。でも、別にレストさんのせいではありません。レストさんは、事実を言っただけですからね。私が勝手に、思い悩んでいるだけです。


「……いえ、レストさんのせいでは──」

「お詫びに脱ぎます!」

「いりませんからっ!」


 いきなり、くるまっていた布を脱ぎ捨てたレストさんを、私は制止しました。

 なんなんですか、この人は。痴女ですか。変態ですか。……でも、おかげで元気が出た気がします。暗く考える暇もなく、私はちょっとだけ笑いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る