第17話 出発
その首輪は、奴隷の首輪。その名の通り、奴隷につけられる、首輪です。重厚で、ズッシリと重いそれは、奴隷を強制的に従わせるための物で、それを付けられた者は、主人の命令に逆らうと、首輪から電撃が放たれ、苦しみに悶える事となる。更には、いつでも遠隔で首輪を縮小──結果、首ちょんぱできるという、代物だ。
奴隷なんて珍しくもないこの世界において、重宝されている魔法具の一つです。
「そ、それを、私につけると言うのですか……!」
「その通りだ」
父上は、私に冷たくそう言い放った。
同時に兵士が、私の体を押さえつけてきて、身動きができなくなってしまう。
「っ……!」
屈辱にも、程があります。お姫様であるこの私が、奴隷の首輪を装着?冗談ではありません。ですが、この場にいる誰もが、それを止めようとはしない。特に、ツェリーナ姉様や、サリア姉様は、陰で笑って、こちらを見ている。お母様も、内心ではきっと、笑っているに違いない。
ガチャリと、首に冷たい感触がして、少しだけ首を締め付ける感触がありました。兵士が、私の首に、首輪を装着したんです。これだけでは、まだ首輪の効果は、発動しません。
「首輪を受け入れ、私に隷属する事を誓え」
父上が、玉座から立ち上がり、兵士から首輪の鍵を受け取ると、そう言ってきました。
私が、隷属の言葉を口にして、鍵に施錠をかけられたら、それで奴隷の完成です。
「嫌だ。と言った場合は、どうなるのでしょうか」
「この場で四肢を切り落とし、生きたまま豚の餌とする」
残酷すぎる処刑法に、私は身の毛がよだちました。冗談じゃないですね、そんな死に方。
「で、では、受け入れ、見事に任を果たしたときは、どうなるのでしょうか……」
「その場合、メリウスの魔女の意向次第だ。お前の身は、全てメリウスの魔女にゆだねられる事になるからな。魔女に殺されるかもしれんし、生きたまま剥製にでもされるか……私にはわからん」
どっちにしたって、やっぱりろくな目には合わなそうですが、しかし……。
前者は、希望があまりにも、なさすぎる。後者であれば、メリウスの魔女が、凄く良い人で話の分かる人なら、もしかしたら私を哀れに思って助けてくれるかもしれない。
……なんて、そんな訳ないんですよね。魔女という存在は、残酷で冷酷な人が、そう呼ばれるようになるんです。特に、王国の王子を、半殺しにして返すような人ですよ。そんな希望、期待しちゃダメですよね。
「……分かりました。首輪を受け入れ、メリウスの魔女の下へ行く事を、誓います」
それでも、私は希望を抱かずには、いられない。賭けに、出る事にしました。私は、こんな所で終わってもいい存在じゃないですからね。
「……」
そして、私の言葉を聞いた父上が、手にした鍵で、私の首輪に施錠をします。コレで、私は奴隷という身になったという訳ですね。お姫様から一転、奴隷ですか。笑うしかありませんよ。
そんなこんなで、お城を出て、たった一人でメリウスの魔女の場所へと行く事になった私ですが、見送りがしょぼいのなんの。兄弟からは、唯一レックス兄様だけが見送りに来てくれたのが救いですが、他は、私を鋭い目で睨んでくる兵士が数人だけ。オーガスト兄様の出立式と比べ、ショボすぎですね。 それから、私は目立たないように夜の内に、フードを被って、静かに街を出て行けとか注文されて、奴隷となってからものの数分で、出発です。心の準備も、しばらく檻の中に閉じ込められていたというのに、肉体的な準備もありません。
「……では、行ってまいります、レックス兄様」
「その馬の荷物に、食糧や、僅かながらの金が入っている。いざという時は、好きに使え」
兵士がそう言って指したのは、私がまたがっている馬に乗せられた、荷物の事だ。馬のお尻の方には、旅に必要な食糧やキャンプセットが積まれていて、これなら最低限の野宿をこなしながら、メリウスの魔女の下に行けそうです。
「念のため、荷物のチェックをしたい」
「レックス様。既に、我々が調べてありますゆえに、その必要はありません」
「その通りです。メティア様のお墨付きですので、それを開く事は、メティア様への侮辱に当たります」
「……」
荷物を確かめようとしたレックス兄様を、兵士たちが怪しいくらい必死で止めに入った。あ、コレ、なんかやってるわー。私は、察しましたが、ここでレックス兄様に、迷惑をかける訳にもいかない。
「私は平気です、レックス兄様。しっかりと、任を果たしてきますと、父上にお伝えください」
「……」
レックス兄様は、静かに頷き、そして自らの右胸の辺りを指さして、何かを指示してきました。兵士からは死角になるよう、私の目の前で、そう示してきたのには、絶対に訳があります。
「いつまでいる気だ!早く出発しろ!」
「……」
出発を急かして来た兵士を、レックス兄様が、黙って睨みつけました。凄く、怒っています。さすがに横暴な兵士も、そんなレックス兄様の迫力に、びびってますよ。
「では、兵士がうるさいので、もう行きます。レックス兄様、お元気で」
もしかしたら、コレが今生の別れになるかもしれない。私は、ちゃんと、レックス兄様の目を見て、別れの挨拶をしました。涙が出てきそうですが、我慢です。
「また、な」
レックス兄様は、最後かもしれないというのに、そう言葉をかけてきました。レックス兄様は、やはり、私の味方なようです。嬉しくて、抱き着きたくなりますが、兵士たちが五月蠅そうなので、やめておきます。
「では」
私は馬を蹴り、出発します。
向かう先は、暗闇。どうなるかは分かりませんが、もうちょっとだけ、頑張ろう。レックス兄様は、生贄にされ、街を出ていくことになった私を、そんな気持ちにさせてくれました。
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