第18話 がおー


 なんていう気になれたのは、始めだけですよ。

 お城を出て、街を出て、真っ暗な道を頼りないランプの光を頼りに、馬でのろのろと進んでいく私は、早速全てを投げ出したくなりました。大体、どうして私が生贄なんかにされないといけないんですか。全て、ツェリーナ姉様と、お母様のせいなのに。

 ……でも、自由になれたのは、気持ちいいです。正確に言えば、自由ではありませんけどね。でも、あの狭い牢獄で、不味いご飯を食べ、日の光を浴びることもない生活よりは、遥かにマシです。


「はぁ……」


 お城を出て、もう何度目かも分からないため息を吐きます。

 本当に、私一人ですよ。生まれて初めての一人旅。護衛も案内もつけずの旅が、生贄にされに行くとか、どうなってんですか。

 忌々しい。ツェリーナ姉様と、お母様。ついでにサリア姉様の顔を浮かべるだけで、怒りがこみあげてきます。


「あーもう!絶対に許さない!八つ裂きにして、めっためたにしてから、最後はゴミ箱にポイして、焼却処分してやる!」


 街からは少し離れた所に至ったので、どうせ、誰も聞いていない。だから、暗闇に向かい、私は思いきり叫んだ。ストレスの発散と、久々に大声を出して、声を出すリハビリです。


「ひぃ!?」


 ですが、叫んだ直後に、道のわきの茂みが音をたてて、一瞬心臓が止まりました。私は、馬の歩みを止めて、音のした方を睨みつけます。

 た、たぶん、獣でしょう。そういえば、私武器を持っていません。獣や、盗賊に襲われたら、どうしろと言うのでしょうか。


「が……がおー……!」


 獣だったら、恐らくは威嚇すれば、近づいてこないはず。私は、そちらに向かい、吠えて威嚇をします。

 私の威嚇が効いたのか、結局獣が姿を現すことはありませんでした。ランプの光で照らしますが、何もいないようです。


「ふぅ」


 私は、安心して額の汗をぬぐいます。


「がおー」

「んぎゃあああぁぁぁぁぁ!」


 暗闇に、私の叫び声が響きました。背後から、突然獣の威嚇する声が聞こえてきたので、びびったんです。私の激しすぎる叫び声に、馬が驚きます。前足をあげ、私を振り落とさんばかりに暴れて、必死にしがみつきますが、それよりも獣の正体ですよ。でも、馬が暴れるので、それどころじゃありません。どうすればいいですか。


「どうどう。手綱は離さなくていいです。軽く引いてください」


 混乱してどうすればいいのか分からなくなる私ですが、そんな馬をあやして、落ち着かせてくれる人物がいた。その人物の指示に従い、しがみつきながらも軽く手綱を引っ張ります。すると、すぐに落ち着きを取り戻した馬が、おとなしくなります。どうにか、落馬はせずに済みました。


「良い子です」

「た、助かりました……。どなたか存じませんが、どうもありがとうございます」

「おや。初対面でしたか」

「んぇ?」


 私は、ランプでその人を照らします。すると、そこにいたのは見覚えのある人物でした。見覚えのあるメイド服に、見覚えのある、おかっぱ頭。見覚えのある無表情に、よく考えたら聞き覚えのある、やる気のない声。

 私の瞳から、思わず涙が溢れ出ました。檻の中に閉じ込められて、悔しくても出さなかったのに、レックス兄様との別れ際も、我慢したのに、その姿を見た瞬間に、ついに我慢ができなくなりました。


「オリアナァ!」

「わっ、と」


 私は、馬から飛び降りて、その人物。オリアナに向かい、ダイブしました。

 オリアナは、珍しく慌てた様子を見せて、私を抱きしめてキャッチしてくれます。


「ふええぇ……」

「……仕方のない、姫様ですね。よしよし」


 私は、オリアナの胸の中で、子供のように泣きました。そりゃもう、思いきりです。ずっと、私を支えてきてくれた私のメイドの胸は、柔らかくて丁度良い大きさです。それだけでも、気持ちよくて、私の心の傷は癒されていきます。しかも、それに加えてなでなで付きですよ。天国ですかっていうお話です。


「落ち着きましたか?」

「はい……」


 しばらくして、場所は移り、地面に座ったオリアナの膝の上に頭を乗せ、横になる私。相変わらず、優しく頭を撫でくれるオリアナの手が、心地良いです。心が、落ち着きます。


「辛い生活でしたね。よく、頑張りました。ですが、まだ貴方の旅は、始まったばかりです」


 オリアナは、私をねぎらうように、頭を撫でながら、首輪に触れてきます。本当は、こんな奴隷の首輪をつけた姿、見て欲しくないんですけど、隠す手立てもありません。


「ぐす。ええ、分かってます。ですが、どうしてオリアナがこんな所に?私に、怒ってるんじゃないですか?あと、どうしてまだ、メイド服を着てるんですか」

「私が、姫様を本気で、嫌いになると思いますか?」

「思いません」


 思いたくもない。私は、即答しました。でも、だからこそ、あの言葉はショックだった。信じているとしても、やはり実際出てきた言葉を聞いたら、なかなか堪えます。


「すみませんでした。あんなに、酷い言葉を投げかけて。ツェリーナ様に、そうしなければ私の賃金を没収すると脅され、貴方を恨んでいる振りをして、仕方なくやった事なんです。……楽しかったですけど。ですが、私は貴方のメイドです。だから、安心してください」

「やっぱり、そうだったんですね。安心しました。ん?」


 今、途中で楽しかったとか聞こえた気がしたんですが、気のせいでしょうか。

 気になりますが、でもまぁ、心地が良いので、今は気にしないでおきましょう。

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