2章 解放、旅立ち

第16話 生贄


「出ろ」


 次の日でした。私は、牢屋を訪れた数名の兵士に命じられ、牢屋を出る事になりました。

 最初は、美しい私の姿に我慢できなくなり、手を出されるのかなとか、処刑されるのかなとか考えましたが、どうやら違うようです。

 兵士に引き連れられ、久々に地上に出されたんですけど、外は真っ暗。まだ、夜中だったようです。普通、夜中に処刑なんてしませんからね。じゃあ、手を出されるのかというと、違います。

 私は、地上で待ち受けていたメイド達によって、軽くタオルで体を拭かれると、そのままお風呂へと連れてこられました。枷は外してもらえませんでしたが、しかし大勢のメイドに体の隅々まで体を洗ってもらい、気持ちよかったです。

 お風呂を上がると、着替えさせられたのはドレスではなく、私が剣の練習で着る、鎧でした。鎧といっても、女性用に加工されていて、肌の露出もそこそこある、私に相応しい可愛いデザインです。手脚を動かしやすいという理由で、袖のない、短めのワンピースを着用しています。ブーツは膝までの長さの物で、硬い鎧が覆っています。鎧と言える部分は、あとは胸当てだけですね。肩当は、肩がこるし、腕には防刃の、特殊な黒い手袋をつけて、それで十分です。脇とか、急所が所々守れていませんが、可愛さが大切ですからね。


「で、なんです、コレは。どうして、私は鎧を着せられているんですか」

「……」


 メイド達は、誰も答えてくれない。無視ですよ。

 着替える際に邪魔になったのか、一旦枷は外されていましたが、着替え終わるのと同時に、また枷を嵌められて、何がしたいのか、全く分かりません。

 そうして、身だしなみを整えられた私が連れてこられたのは、謁見の間でした。そこには、父上は勿論の事、私の兄弟達も勢ぞろいです。


「……来たか、グレア」


 玉座に座る父上が、訪れた私を見て、呟きました。


「……」


 お母様を始めとして、その他の兄弟たちは、私を睨みつけています。正直言って、怖いのでこれ以上進みたくありません。が、私をここへ連れてきた兵士が、私の枷に繋がられた鎖を引っ張って進んでいくので、仕方なくついていきます。

 でも、あんまり強く引っ張らないでほしいです。こっちは、数日間真っ暗闇の牢屋に閉じ込められて、まともなご飯も食べてなくて、フラフラなんですよ。父上の座る、玉座の前に辿り着いたところで、力尽きて膝をついてしまいました。それを、先導していた兵士が無理やり立たせようと、鎖を引っ張り上げてきて、痛いです。


「立て!」

「くっ!?」

「良い。下がれ」


 それを、父上が止めてくれました。兵士は命令を受け、すぐに引き下がり、私の背後に立ちます。


「グレア。貴様は、家族を、国を、民の信頼を裏切り、先日私自ら、死刑を言い渡した身だ」

「……」

「だが、一つ問題が発生した。オーガスト。話してくれ」


 首を傾げる私に、メイドに車いすを引かれて姿を現したのは、オーガスト兄様でした。初めから、家族に紛れてそこにいたようでしたけど、気づきませんでしたよ。だって、顔面包帯ぐるぐるで、全身ギプスで酷い格好なんですもん。言われなきゃ、それがオーガスト兄様だなんて、思いもしませんよ。


「オーガスト兄様。戻っていたんですか……でも、その格好は?それに、メリウスの魔女は……」

「黙れ、グレア。お前の質問に答えてやる義理は、もうない。事情は聞いたぞ、重罪人め」

「……」


 包帯ぐるぐる人間が、私を睨みつけてきます。どうせ、お母様とツェリーナ姉様の言う事を、鵜呑みにしてるんですよね。この、マザコンのシスコンめ。


「だが、話さなければ始まらない。言ってくれ」


 父上に諭され、オーガスト兄様が口を開きます。その言葉は、私ではなく、父上に向けて、です。


「……オレは、野を超え山を越え、メリウスの魔女の下へと辿り着くことに、成功しました。しかし、そのメリウスの魔女が、とんでもなく卑怯で卑劣で、無礼な人物だったのです。オレが、どんなに懇願しても、助けてはくれないと……挙句に、突然襲い掛かってきて、このざまです。護衛の兵士も同じようにされ、どうなったかは分かりません……。せっかくの大切な戦力を失う事になり、申し訳ありません」

「貴方の命が、一番大切です。兵士たちも、貴方の命が無事なら報われるでしょう」


 お母様が、涙ながらにそう言いますが、そんな事ないです。こんな、女たらしの我儘王子の命が守られたところで、兵士が報われませんよ。


「その続きが、重要だ。続けてくれ」

「……はい。オレだけは、メリウスの魔女のテレポート魔法により、この城に返されたのですが、その際に、こんな事を言っていたのです。私の力が欲しくば、生贄を一人で、私の下に寄越せ。美しく、純潔で、王家の血を引く姫が、それに相応しい、と」


 ふむふむ、なるほど。いかにも、魔女らしい要求です。しかし、誰がそんな要求を呑むと言うんですか。魔女への生贄なんて、ろくな目に合わないに決まっています。身体を分解して、隅々まで怪しい魔法や薬の材料に使われて、殺されてしまいます。

 あ、だから私を牢屋から出して、連れてきたんですね。私を、その魔女の生贄にすると。理解できました。


「そういう訳だ。グレアには、魔女への生贄となってもらい、それを刑とする」


 やっぱり、そう来ましたね。でも、コレはチャンスです。メリウスの魔女は、一人で来いと言っています。だから、護衛も付ける事ができず、私は一人で行くことになる訳ですよね。となれば、逃げるしかありませんよね。


「あなた。グレアを、要求通り一人で行かせるのですか?」

「そうだ」

「絶対に、逃げるわよ、コイツ」


 ツェリーナ姉様に、そう指摘されますが、逃げない方がおかしくないですか。じゃないと、死んじゃうんですよ。


「それについては、考えている」


 父上の合図で、複数の兵士が私を取り囲んできます。その内の一人が手にしているのは、首輪でした。

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