第8話 世迷言
向かったのは、先ほどオーガスト兄様を見送った、お城の正面広場です。もう解散していないとは思うけど、いなかった場合、その場にいる誰かが父上が行った先を知っているはずなので、追いかければいいだけです。
ここからなら、お城の中を突っ切っていった方が、早いです。私はお城の中に入ると、廊下を突き進んでいきます。その間にすれ違うメイドや、兵士に、父上の居場所を知らないかと尋ねていきますが、今のところ、誰も知っている人はいません。
「──グレア!」
廊下の交差点で、大きく響く声で、名前を呼ばれました。その声に、反射的に足が止まります。名前を呼ばれたからではなく、その声で止まったんですね。幼い頃からの、教育の賜物でしょう。
声の主は、お母様だった。私を睨みつけながら、歩み寄ってくる。遠近法で、そんなに大きくは見えなかったのに、どんどん大きく巨大化していき、目の前にくると、私を遥かな高みから見下ろしてきます。
いつもだったら、偶然遭遇してしまったら、マジかよ、くっそついてねー、とか思いながら、偽りの笑顔で出迎える私なんですけど、今はそうもしていられない。
「廊下を走るのは、お止めなさい、はしたない。大体貴方は、オーガストの出立式を、あんなに早く抜け出して──」
「お母様!」
私は、お母様の話を遮り、縋り付きました。それには、お母様も驚いた様子です。こんな事したの、もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
今の私は、大嫌いなお母様に縋ってしまうほど、余裕がないんですね。この際、父上じゃなくても良いです。お母様にチクって、ツェリーナ姉様をどうにかしてもらおう。
「お母様……ツェリーナ姉様が、フェアリーの粉を密かに生産し、自ら使用しています!」
「い、いきなり、何を言い出すのですか!」
私の言葉に、お母様も、周囲にいたメイドや兵士たちも、驚きます。無理もありません。一国のお姫様であるツェリーナ姉様が、そんな違法行為をしていたと知れば、誰もが驚きます。私も、未だに信じられません。でも、事実なんです。
「信じてください!ツェリーナ姉様は、私の目の前でフェアリーの腕に、自らの手でハンマーを振り落とし、できあがったフェアリーの粉を吸っていたんです!」
「……世迷言は、よしなさい。ツェリーナがそんな事をする訳がないでしょう」
お母様は、私を睨みつけ、静かにそう言いかけてきました。信じてくれているのか、信じているのかわかりませんが、内密に済まされてはフェアリー達を助けるのが遅れてしまいます。
「全て、事実です。お母様が信じずとも、私はこれから父上に、この事を伝えに行くつもりです」
「待ちなさい、グレア」
お母様が、まともに取り合おうとしてくれないので、私は本気で父上の所へ行くつもりでした。そんな私を、お母様が呼び止め、そして何かを考えるような仕草を見せます。その時間は、あまり長い物ではありませんでした。
「……分かりました。仮にそれが事実だとすれば、たとえ一国の姫であっても、赦されるべき罪ではありません。フェアリーの粉の生産及び使用は、世界が、国王が、頑なに禁じている行為です。下手をすれば、死刑すらもありえますが、その覚悟はおありですね」
「……はい」
元より、ツェリーナ姉様の事は、好きではないので、覚悟もなにもありません。ただ、死刑はちょーっと可哀そうかなと思うけど、それはそれで、今はとにかくフェアリーを助けるのが先決です。
「国王の居場所を教えなさい!」
「はっ。今は、先ほどの出立式で使用されていたお召し物から、普段着に着替えていると思われます」
兵士の一人が、お母様の問いかけに答えた。
「分かりました。すぐに、そちらへ参ります。手の空いている者は、私の家族に、謁見の間に来るように伝えなさい。今すぐに、です」
お母様の指示に、メイドや兵士たちは、すぐに動き出した。お母様は気が短い人ですからね。目の前でだけでも、素早く動かないと、ねちねちと言われて頭に来るんですよ。
でも、なんだか今のお母様は、凄く頼りになって、カッコ良く見えます。こんなの、初めてですよ。いつも、死ねとか、くそばばあとか、しわくちゃオバケとか、砂漠のお肌とか、年増巨人とか、加齢臭の塊とか、ねちねち婆さんとか、その他色々と心の中で思っていたけど、今だけは違います。できる女って感じで、ちょっと感心させられちゃいました。
「行きますよ、グレア」
「はい!」
私は、勇ましく歩き出したお母様の後に続いて、父上の下へと向かいます。お母様はちょっと早歩きくらいの速さで歩いてるけど、足の長さが違うので、ついていくのが大変です。私なんて、ほぼ走っているような物ですよ。また、それに続くメイドさん達も、私と同じような物だ。
待っていてください、フェアリーさん達。すぐに、助けてあげますからね。
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