第7話 逃走


 私は、ツェリーナ姉様と、ゼンが交代する瞬間。ゼンが、私の腕を握る力を弱めたタイミングで顔を上げ、その場でジャンプをして勢いよく飛び上がった。


「あがっ!?」


 後頭部に、衝撃が走ります。背後から私を抱きしめている、ゼンの顎に当たったんですね。私も痛いけど、言ってられません。


「グレア、あんた!」


 痛みに怯んだゼンの、拘束が解けました。更に私は、素早くゼンの背後に回ると、その背中を思いきり押して、迫っていたツェリーナ姉様にぶつけてやりました。

 ゼンの顔が、ツェリーナ姉様の胸に埋もれ、ツェリーナ姉様が凄く嫌そうな顔をする。そして、そのまま2人で仲良く床に倒れました。

 私はその隙に、フェアリーが張り付けられた板ごと、フェアリーを回収します。やっぱり、フェアリーの反対側の腕もなくなっていて、板には粉が乗っていました。でも、構わず持ち上げて、その際に粉が飛び散ったけど、知ったことじゃないです。

 それから私は踵を返し、部屋の出口へと駆け寄ります。鍵を開いて、扉を開き、脱出。そこから、全速力で走り、地上を目指します。

 兵士たちが、何事かという視線を送ってくる。私が胸に抱いているフェアリーは、見られないように抱きしめて、駆け抜けます。

 不思議な事に、ツェリーナ姉様も、ゼンも、追ってくる事はなかった。私は、覚えていた道順通り地上に出る事ができて、それからお城の庭に出ると、木の陰に身を潜めました。


「……こ、来ない」


 辺りの様子を密かに伺いますが、いつも通り、平和な日常です。私を追いかけてくる、兵士やツェリーナ姉様の姿は、どこにもない。

 不思議に思いながらも、私はフェアリーを地面に置いて、息を整えながら、その様子を伺います。私を、睨みつけているフェアリーが、怖いです。人間不信になってるのかな。無理もない。こんな酷い目に合わせれたんですから。


「え、えと……どうしよう。この釘、どうすれば抜けるのかな」


 フェアリーの胸に突き刺さっている釘は、それほど深くはないみたいだけど、私の力で引っ張っても、指が痛くなるだけで抜ける様子がない。それに、グリグリと動かすと、フェアリーが痛そうに身をよじらせるので、驚いて止めました。


「ご、ごめん。ごめんね。痛いですよね」


 両腕のないフェアリーに対して、私は必死に謝りました。

 怯んで、いったん考えます。辺りを見て、役にたちそうな道具を探したんです。すると、木の窪みが目に入った。その窪みから亀裂が伸びていて、その亀裂の先端に行けば行くほど細くなっていくという、今の私が望むものが見つかりました。


「よしっ」


 私は、フェアリーの胸から飛び出した釘の頭を、その亀裂にはめ込み、先端の一番細くなっている所までねじ込んで、セットしました。釘の頭の傘の部分だけがひっかかっている状態です。それから、私はゆっくりと、板を握ったまま後ろに力を入れていきます。弱すぎたようなので、後ろに下がる力を強めた瞬間でした。釘が、あっけなく抜けて、私はそのまま尻餅をつく形で、転んでしまいました。

 安心してください。フェアリーは、しっかりと胸の中に抱き、無事です。……まぁ、胸なんてそんなにないので、クッションの代わりにはなりませんでしょうけどね。


「────!」


 フェアリーは、胸から釘が抜けて痛かったのか、私の手の上で悶絶しています。


「ごめんなさい……頑張りましたね。もう、釘はないです。大丈夫です」


 あやすように声を掛けながらも、私は次の作業に取り掛かります。羽に巻かれた、糸を取ろうと、手を伸ばします。しかし、絡まっていてとれそうにない。

 ええい、めんどくさい。私は、若干キレ気味になり、糸に噛みつきました。ちょっと苦労したけど、プチッという音がして、見事に糸を切断。絡まった部分はそれにより、無事に分離。それからもう1度糸を噛み切り、ようやく糸を剥がすことに成功しました。

 それにより、フェアリーは自由の身になった……とは言い難い。両腕はないし、胸には風穴が空いていて、羽は元気なく萎んでしまっている。動く気力がないのか、ぐったりとしたままで、動いてくれない。いくら、再生するとはいえ、こんな惨いことをよく平気でできますね。

 ツェリーナ姉様と、ゼンの様子では、恐らくまだ、囚われの身となっているフェアリーが、あそこにいるはず。一刻も早く、皆助けてあげないと……。

 私は、いてもたってもいられなくなり、先ほどの木の窪みの中にハンカチを畳んで敷いて、その上にフェアリーを寝かせました。


「待っててくださいね。貴方をこんな目に合わせた、ツェリーナ姉様を、父上にチクって裁いてやる!」


 そう意気込んで、私はその場を立ち去りました。

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