ハニー式お茶会へようこそ


「さぁ、男子禁制! お茶会暴露大会の時間よ!」

 今日は女の子だけで楽しむと中庭にテーブルをセットして大張り切り。お菓子の持ち寄りを歓迎してしまったらカロリー様がとんでもない量を持ってくることが目に見えているから今日はジェリー侯爵家の料理人が頑張ってくれたおいしいおいしいお茶菓子でおもてなしよ。

「ちょっと、男子禁制なんでしょ? どうしてあいつクリスが居るのよ」

 コートニーが不満な声を上げる。相変わらず不思議な素材のドレスね。ゴミ袋みたいな素材なのにカサカサ音がしないなんて素敵。嫉妬しちゃうわ。

 思わずドレスに視線を向けてしまうけれど、彼女の抗議は聞き入れられない。

「クリスティーナは女性だから参加する権利があると思うけれど、私の思い違いだったかしら?」

 あたしが言うよりも先に口を開いたのは、クリスティーナの新しい婚約者、ヴァイオレット殿下だ。

「ううっ、ヴァイオレット殿下がそうおっしゃるなら仕方がありませんわ……」

 そう言いつつ、コートニーはちらりとあたしを見る。

 居心地が悪そうに。コートニーって意外と権力とかそういうのに弱いみたいよね。

「ヴァイオレット殿下、クリスティーナにはあのことを?」

 カロリー様が訊ねる。あのこと、とはつまり転生者だってこと。

「ああ。クリスティーナはどんな私も受け入れてくれる。すばらしいパートナーだよ」

 そういう、ヴァイオレット殿下は幸せそうに見える。

 実は、ヴァイオレット殿下も転生者だった。なんと、ジュール様の元恋人だっただとか。本人は絶対にジュール様にだけは知られたくないと言っている。彼女は我々転生者にしては珍しく自分の死因を覚えているのだ。

 なんと、肥満による心臓病が原因。今のヴァイオレット殿下からは想像もできない。

 今も全く変わっていないけれども肥満愛好家だった前世のジュール様はそれはもう自分の恋人にとにかく食べさせて食べさせて食べさせまくるタイプの迷惑な男だったらしい。そして、前世のヴァイオレット殿下は肥満の才能があったというべきか、体重が見る見る増え、肥満四度を軽々と越える見事な巨体へ。当時は前世のジュール様に言われるとおり「女性は豊満な方が美しい」と信じていたらしいけれど、さすがにそれが原因で命が落としたとなると話は別らしい。今は極端な肥満恐怖症でジュール様と同じ空気を吸ったら太ってしまうと信じ、毎日酸素ボンベを引きずって、極端に締め付けたコルセットで生活して……いない。

 クリスティーナと婚約が決まった頃から、ヴァイオレット殿下は酸素ボンベを引きずらなくなった。それでも兄と会うときはペストマスクを使っているあたり本気で近寄りたくないのだろうけれど、以前のように小鳥の餌より少ない食事を一日に十回に分けて食べるような生活からは解放されたらしい。

 それでも、お砂糖やバターたっぷりのお茶菓子には手を伸ばさないけれど。

「ジュール様が悲しんでいたわ。やっと酸素ボンベから解放されたと思ったのに今度はペストマスクだなんて! って」

 カロリー様はあまり似ていないジュール様の物まねをする。彼女は彼女で自分の婚約者ジユール様を好いていないのか扱いが雑な部分がある。

「兄上のことは放っておけ。どうせ体重一三〇キロ以上の女性にしか魅力を感じないだとか……言いつつアンジェリーナを愛人に欲しいといつも言っているな」

「あたしが転生者で珍しいからよ」

 そう答えたけれど、こんなに転生者がたくさん居る空間であたしが珍しいだなんて思えないわ。

「私にはお声もかからないのに」

 コートニーは溜息を吐く。今この場で独り身は彼女だけだ。

「あーあ、どこかに素敵な人いないかしら」

お茶真相は?」

「え?」

「あのアレクっていい感じじゃないの?」

 まだ実物は見たことがないけれど、コートニーはしょっちゅう彼の部屋に行っているらしい。

「もう寝たの?」

「まさか。アレクは私の付き人よ。そういう関係じゃないわ」

 コートニーのドレスの変な素材を作っているのは大抵アレクシスって人。翼が広がるギミック付きドレスを見せられたときは思わずハンカチを噛みちぎりそうになるくらい嫉妬したけれど、本当にすごい発明ばかりするのよね。まだこの世界にはなかった録音技術をごく個人的な範囲で広めてしまった人でもあるけど。

「大体アレクは前世が女性なのよ」

 それこそものすごく意外だとコートニーは言う。彼女の感覚からすれば女性が機械をいじるのが想像できないのだろう。

「男か女かなんてそんなに大事なこと?」

 ヴァイオレット殿下はカップに手を伸ばして言う。つまり本音という意味だ。

 今日のお茶会はハニー式お茶会。つまり暴露大会。お茶を手に、真実を語る。嘘はなしよ。

「そりゃあ、かわいい女の子は好きよ。みんな女の子が好きでしょ? 男だって女の子が好きなんだから女の私が女の子が好きでなにが悪いの?」

 コートニーもカップを手に取る。けどそのままお茶を飲み干して、あたしをみて「おかわり!」と男らしくカップを置く。ああ、これは酔っぱらいがやる仕草に似てるわ。

 言われるままお茶を淹れ、みんなの反応を待つ。

「なるほど。つまり、コートニーは女性が好み、ということだね。で? 好みのタイプは?」

 ちょうど女性ばかりだしとヴァイオレット殿下がおもしろそうに訪ねる。きっとクリスを振った相手をからかいたい部分もあるのだろう。

「それって見た目? 中身?」

「とりあえず見た目から聞こうか」

 ヴァイオレット殿下はゆったりと座り直す。

 こういう動き一つ一つが王者の風格とでも言うのだろうか。正直、ジュール様より王様向いているように見えてしまうわ。

「……見た目……見た目だけなら……アンジェリーナ……が……好みだけど……」

 コートニーは目を伏せながら言う。

 あら意外。

「あたしは好みじゃないわ」

「あんたのそういうところが嫌いよ!」

 キッとにらまれる。けれども事実は事実だ。

「アンジーは正直なところが美徳だけど、もう少し言葉を選んだ方がいいわ」

 カロリー様に叱られてしまう。

 でも、あたしはいつだってあたしよ。

「あたし、旦那様以外に興味がないからほかの人にモテる必要はないの。一点集中よ。こういうのコスパがいいって言うんでしょう? こないだジュール様が教えてくれたの」

 あたしの時代にはなかった言葉をジュール様やカロリー様が教えてくれる。あたしだってポケベルの使い方は……微妙に知らないけどダイヤル式公衆電話やFAX位なら教えられるわよ。たぶん。

「アンジェリーナは見た目はかわいいけれど自分の魅力の引き出し方を知らないのよね」

 コートニーは不満そうに言う。

 今日のあたしはミートボールスパゲティの格好だ。ついでにヘッドドレスのミートボールは本当に食べられる。今夜【旦那様】と一緒に食べる予定だ。

「さすがに食品を着るのはどうかと思うけど、アンジーの格好は個性的でおもしろいと思うよ」

 クリスティーナはかわいいことを言ってくれる。

 クリスティーナはヴァイオレット殿下と出会ってから抜群にセンスがよくなったと思う。女装臭さが完全になくなって、男か女かわからない神秘的な美しさになっている。

 まぁ、そのあたりはあたしの【旦那様】も負けていないのだけど。

「そういえばこないだ靴を買いにいったらジュリアン様がハイヒールの試着をしていたのだけど」

「うん。旦那様、すっかりハイヒールが気に入っちゃったのよね。あたしがヒールの方がお尻がきれいって褒めたらすっかりその気になっちゃったみたい。来年には紳士用ハイヒールが流行するんじゃないかしら。もちろん、ジュール様にも広告してもらわないと」

 アランが張り切っているのだからあたしも新作デザインを考えないと。

「これ以上女装家人口を増やさないでちょうだい!」

 コートニーはお冠だ。

 うっかり声をかけた美女が男だったらがっかりするという話だろうか。

「結局のところコートニーって同性愛者ってこと?」

 訪ねれば、コートニーは瞬きをする。

「それってとっても個人的なことよ。ここで言う必要ある?」

「素敵な相手を探すのに、いい人脈がそろってるでしょ? ヴァイオレット殿下の紹介なら間違いないと思うわ」

 少なくとも家柄はしっかりしている。身元も。シュガー侯爵家の条件には合うはずだ。

「貴族に生まれたからには政略結婚は仕方がないと思うけど、せっかく結婚するなら仲良く楽しまないと。あたしみたいに」

 条件でばかり相手を選ぶのは違うと思う。あたしの前世の失敗談がそう言ってるもの。

「結婚の失敗談ならあたしに任せて。それと成功体験も。もうどっちも語れるわよ~」

 だってあたし、今とっても幸せだもの。

「その余裕がいつまで続くかしら」

「嫉妬してるのね」

 でも、多少のことじゃ気を悪くしたりなんてしないわ。だって今幸せだもの。

「恋愛の失敗談なら私も多少は語れるが……やたらと食べ物をすすめてくる男は信用するな」

 これは最早個人攻撃だろう。ヴァイオレット殿下は思い出しただけでも忌々しいとでも言うように強く拳を握りしめる。

「つまりジュール様はなしって話ね。私も婚約者じゃなかったら選ばないもの」

 カロリー様はあっさりと言う。

「え? 妥協で王子様なの?」

「妥協でって言うか……押し負けたって言うか……まぁ、体重があと一二〇キログラムくらい増えてくれたら理想的なのに……とは思ってしまうわね。痩せすぎで好みじゃないの」

 結局のところは見た目の話らしい。

「ねぇ、豊満な体に包み込まれたいって願望はこの世界じゃなしなの? 私はぷにぷにふにふにたっぷんとしたボディが好みなのよ。お尻だって硬いよりは揺れる方が素敵でしょう?」

 カロリー様は同意を求めるようにあたしを見る。

「その辺りは好みの問題ね。あたしはある程度弾力があって揺れる方が好きだけど……クリスの引き締まったお尻もいいわよー! クリスティーナの整ったお尻も素敵だけど」

「アンジー、私の婚約者の尻の話をしないでくれ」

 ヴァイオレット殿下から注意が入る。

「いけない? 素敵なものを素敵って言うのは」

「気持ちはわかるが、クリスティーナは私が独占したい」

 熱っぽい視線をクリスティーナに向ける姿を見るとなんだかわーおって気分になるわ。素敵。

「あー、いいなっ。あたしも旦那様といちゃいちゃしたくなってきた」

「アンジーは本当にジュリアン様が大好きね」

 ふふふと笑うカロリー様は『端末』を取りだし、あたしと【旦那様】が投稿した様々なメイクの写真をスクロールしている。

「ジュール様って女装は絶対だめって言うのよね。似合いそうなのに。これとか素敵。結婚式は絶対ジュール様にドレスを着せようと思ったのに、父も陛下も猛反対なの」

 太らないならせめてそのくらい妥協してよと言うカロリー様は、ドレス姿のジュール様が見れないのが残念と言うよりは単純に彼に嫌がらせをしたいだけに思える。

「カロリーは結婚後にどうなるか楽しみだな。兄上の扱いが日に日に雑になるところが面白い」

「雑だなんて。これでも、ちゃんと愛してるのよ? ただちょっといじめたくなっちゃうだけ」

 ふふふと笑うカロリー様はやっぱり綺麗。そして選んでる写真がどうも『フランケンシュタインの花嫁』スタイルなのが気になる。

「だめよ。白黒の髪はあたしのトレードマークなんだから」

「あら、つい最近までフーセンガムみたいなピンクだったじゃない」

 コートニーが口を挟む。

「だって、旦那様がこの色お気に入りなんだもの。勿論あたしも好きよ。でもグレイも試してみようかしらって思っていたのよね。もう地毛じゃなくてウイッグでやるべきかしら?」

 そろそろ頭皮に優しくしてあげないと禿げるかもと自分の頭に触れる。今日はガッチガッチに固めているから地肌が遠く感じられるわ。

「他人に好かれることだけ考えて生きるのはつまらないんじゃなかったの?」

 コートニーはからかうように言う。

「あたしはあたしが好きよ。別に旦那様の為だけじゃない。あたしが好きなあたしを好きでいて欲しいだけ。コートニー、あなたももっと自分を愛すべきだわ。他人の目なんて気にならなくなるもの」

 コートニーがいちいちあたしに突っかかって来るのはやっぱり自分に自信がないからよね。

「そうだね。どんなときでも自分を愛せないとすぐに不安になって攻撃的になってしまうよ。以前の私みたいにね」

 ヴァイオレット殿下が微笑む。本当に綺麗な人だ。

 この人は本当に性別を超越した美しさというか、もと女性、現在も女性のはずなのに、男性的な魅力もある。今日だって男子禁制と銘打っているのに、彼女は男装で現れた。曰くクリスティーナの引き立て役らしい。

「太ることが怖くて、兄上だけではなくカロリーにまできつく当たっていた。けど、クリスティーナは私に自分を愛する大切さを教えてくれたんだ」

 しっかりとクリスティーナの手を握る様子は本当に愛し合っているように見える。

「全部アンジーの受け売りだけどね。凄いのはアンジーだよ」

「そうよ。あたしはすごいの。かわいくもかっこよくも美しくもヘンにもなれるのよ。あたしはあたしを楽しんでる。みんなもそうするべきよ。転生したとかしてないとかどうでもいい。一回くたばってるんだから、後悔しない生き方をしたいって思わない?」

 そう言って周りを見渡せば、しーんとなり、そしてクリスティーナ以外が笑う。

「私はまだ死んだ記憶がないからそこは同意できないけど……どうせなら楽しい人生がいいね」

 クリスティーナが言えば、コートニーは少しだけ不満そう。

「私だけ独り身って言うのが納得いかない! アレクの人工知能はぜんっぜん役に立たないし」

「家柄や外見だけで相手を選ぼうとするからだよ。来月、私の婚約者のお披露目という名目の夜会がある。君も来るといい」

 ヴァイオレット殿下は舞台俳優のような美しい仕種でジャケットから封筒を取りだしコートニーに渡す。

「……それをクリスの元婚約者の私に言う?」

「んふふっ、その件では少々君をいじめたい気持ちもないとは言わないよ」

 うっとりするくらい綺麗な笑みのヴァイオレット殿下に思わず見惚れてしまう。

 だめよ。アンジー。あたしには素敵な【旦那様】がいるんだから。

 このままじゃいけないとひやひやしながらお茶を飲む。

 すると鐘の音が鳴った。

「あら、お開きの時間みたい」

 ヴァイオレット殿下は立場上自由な時間が少ないから仕方がないわね。

「残念。名残惜しいけどまた……次は王宮の庭でどうかな? このハニー式お茶会は中々楽しかったよ。けど……帰りの馬車、あれはよろしくない」

 急にヴァイオレット殿下の顔色が変わる。

「え? 馬車になにか不具合が?」

「兄上が同乗する」

 それは仕方がない。行き先が同じなのだから。

「あたしの馬車使う? みんな警告色で落ち着かないっていうけど、ミツバチ柄でとってもキュートなの」

「その馬車を兄上に貸してやってくれ」

 あっさりと、警告色の馬車は却下された。と言うよりも、ヴァイオレット殿下もジュール様に嫌がらせをしたいようだ。

 ジュール様って、国民の人気はそこそこあるみたいだけど、どうも、素を知っている身内からは嫌われているみたいね。あたしも……嫌いじゃないけど一番仲良しの親友だとは思わないわ。

 みんなを見送りながら考える。

 今度はパジャマパーティーができたらいいのに。勿論、【旦那様】に却下されるのが目に見えているけれど。女子会のノリってこんな感じなのかしらと思うとやっぱりアンジェリーナに生まれて良かったと思うわ。

 

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