15 君はどこから来たのかな?


 王都で一番人気のカフェで甘いケーキを頬張る。少しだけ気が落ち着いた。

「アンジーがあんなに取り乱すところ初めて見たよ」

 クリスは困ったように笑う。

「ごめん。でも、旦那様に愛人がいたら一大事よ。あたしみたいな問題児、きっとすぐにお屋敷から追い出されちゃうわ」

 問題児である自覚はある。だからこその焦りだ。

「もしかしたら僕みたいに自分で履くのかも」

 クリスの言葉に【旦那様】の足を思い出してみるけれど、婦人靴が入る大きさとは思えない。

「……無理に慰めなくていいわ。あたしは芸術家よ。感情は全部作品にぶつけるわ」

 そうは言ったけれど、たぶん自分で思っているよりもずっと不満があったのね。涙が流れてしまう。

「アンジー、誤解だよ。旦那様はあなたのことをとても大切に思っているわ」

 ぎゅっと手を握られ、少しだけ安心する。誰かに手を握ってもらうと、その温もりと、握られた刺激で一人じゃないと実感できるからなのか、安心できる。

 けれども、思ったよりもビビってる。もし、【旦那様】に愛人がいたら? あたし、どんな顔をして会えばいいのかしら。御伽話の悪い女王みたいな感じ? それともハートの女王みたいなの? タイヤマンみたいなボディラインなんてあったものじゃないような装い? それとも宇宙人みたいな近未来感のある装いだろうか。

 あれ? なんであたし会うこと前提で服装を考えているのだろう。

「第一印象って大事よね。愛人さんと会うときはできる限り怖い女に見えるようにするわ」

「アンジー、飛躍しすぎだよ。大丈夫。ジェリー侯爵はいつだってアンジーのことが一番だから」

 慰めようとしてくれているのはわかるけど、普段楽観的なあたしだって楽観的じゃ居られないときがある。

「あたしが認めるあたしよりかわいい子が愛人だったらどうしよう……旦那様に可愛がってもらえなくなる」

「……アンジー、それって、アンジーよりかわいくなかったら旦那様の共有もありだと思ってる?」

 そう訊ねられ、その手があったかと納得する。

「そうね。共有すればあたしも捨てられなくて済むわ」

「だめだよアンジー。その思考は危険だから」

 普段滅多にあたしを否定しないクリスが少し強めの「だめ」を口にした。つまりそれは、一般的な基準からしてとてもしてはいけないことなのだろう。

「だって……あたし……旦那様が……旦那様に……」

 言葉が出てこない。

 そもそもどうしてこんなに【旦那様】に拘っているのだろう? なにも考えずにノリだけで嫁いだのに。

「あれ? あたしなんで旦那様の愛人に張り合おうとしているのかしら? あたしらしくないわ」

 そうよ。アンジェリーナ・ハニーらしくない。

「その意気だよアンジー」

 クリスが励ましてくれる。つまりこの方向で間違っていないと言うことだろう。がっしりと、それはもう痛いほどに手を握られている。

 そろそろ放してもらえないだろうかと言おうとしたら、後ろからとても呑気な声が響いた。

「あれ? アンジー? こんなところでなにしてんの?」

 チャドだ。こっちが聞きたい。領地の警備担当のはずのチャドがどうして王都にいるのだろう。

「チャドこそ。なんで王都に?」

「いや、ジルに頼まれごとされてさ。で? そいつは?」

 チャドは少しだけ警戒するようにクリスを見た。クリスはチャドが怖いのか、一瞬怯んだように体を震わせ、それから俯いてしまう。

「あたしの妹のクリスティーナ・ハニーよ。ちょっと物足りないからミドルネームを考えたいところ」

「へぇ、妹の……妹……いやいやいや、ハニー伯爵家に妹は居ないだろ! ってかそいつどう見たって男……」

 チャドは納得しかけて突っ込んだり困惑したり忙しい。

「クリスは心が女性なの。それで、美女になるための協力をしているのよ」

「へぇ……俺も何度か誘われたが……アンジー、そういうの好きなのか?」

 意外とチャドは話がわかるやつらしい。クリスのことも受け入れてくれそうだ。

「変身ってときめくでしょう?」

「まぁ、だれだって別人になりたい願望はあるかもな」

 とても話がわかるやつだ。

「チャドも一緒に変身する?」

「いや、俺はいい。けど、買い物続けるなら折角会ったんだし荷物持ちくらいしてやろうか?」

 まぁ。なんて素敵な申し出かしら。

「チャド、あなたってとっても素敵よ。いつもあなたばっかり旦那様に可愛がられて気に入らないと思っていたけれど……いい人ね」

「アンジーは全方向に妬いて忙しいな。俺とジルはそんな関係じゃないからな。腐れ縁ってか、まぁ、ジルに恩はあるがこっちだって恩は売ってるし……」

 よくわからないがあたしより【旦那様】と親しそうなところはやっぱり気に入らない。

「クリス、彼はチャドよ。旦那様とジーンの友人なんですって。あたしの絵も結構褒めてくれる、悪い人じゃないけどやっぱり旦那様にシャーベットをあーんしてもらったなんて聞くと三回くらい地獄に落としてあげたいって思っちゃうわね」

「酷すぎる紹介だな」

「事実よ」

 まぁ、あたしもチャドのことは結構気に入っているのだけど。

「アンジーはジルのこと大好きなくせにへんなとこで疑うからなぁ」

 呆れたように言うチャドは、やっぱりあたしの兄さんのつもりなんだろう。そんな顔をしている。悪いけどあたしの兄さんはジーンただ一人なんだから。

 心の中で文句をいいながら支払いを済ませ店を出る。

 次は生地の専門店だ。

「チャド、荷物持ちしてくれるって言ったんだから最後まで付き合ってよね」

 たぶん、彼は後悔することになると思うけど。

 だって、女の子のお買い物って、いろいろ大変だもの。




 クリスと別れてジェリー侯爵の屋敷に到着したのは夕方近かった。もしかするとお客様が既に来ているのかもしれない。たっぷり荷物持ちをさせられたチャドはくたくたのへろへろで早くソファで寛ぎたいというところだろう。

「アンジー、こんなにたくさん生地を買い込んでどうするつもりなんだ?」

「ドレスを作るの。それに、旦那様にプリンターをおねだりしたから、いろいろ幅が広がると思うわ」

 プリントできる生地というのは素材が限られてはいるけれど、あたしが特に使いたいのは伸縮性のある綿素材かしら。所謂ジャージーね。リラックスウェアには勿論、奇抜なドレスを作るときにも十分使えると思うわ。

「それにイミテーションをこんなに買い込んで。まぁ、破格だったけど……」

「砕くと本物より輝くのよ」

 今日買った物は全部お屋敷に持って帰るから今日のうちに馬車に積み込んでおこう。チャドに頼もうとしたら従僕の脚が綺麗な少年が慌てて飛んできて運ぶと言ってくれたので任せることにした。

「旦那様のお屋敷は使用人が多いのね」

「一応侯爵家だからな」

 今時従僕付きか。普段いない王都のお屋敷にこんなに使用人を雇えるのだから相当お金持ちなのね。

「旦那様ってなにでそんなに稼いでいるの? 領地だけじゃこんなに使用人雇えないんじゃない?」

 ひそひそ声でチャドに訊ねる。

「いや、ジルは結構領地運営上手くやってるぞ。領地だけでも十分稼いでる。けど、あいつ結構珍しい物好きだからな。美術商みたいな仕事もしてる。俺は詳しくはわからないけど、売れそうな芸術家に目を付けて海外に高額で売るらしい」

 あら、素敵なパトロン。

「ということは旦那様が囲っている愛人も画家なのかしら? それとも彫刻家?」

「愛人? なんだそれ。いるわけないだろ。女性恐怖症のジルに」

 チャドは笑う。

「女性恐怖症?」

「行く先々で強烈なご令嬢に囲まれるからすっかり女性が苦手になっちまってるんだよ」

 だったらどうしてあたしなんかに声を掛けたのかしら?

 ああ、あたしが興味を持っていなかったからか。

「……旦那様に興味がない女に求婚したつもりが予想外に積極的だったから怯えてしまっていたのね……」

「あ、いや……それは違う。アンジー」

 チャドは慌てた様子で言う。

「アンジーのことは本気で愛してる」

 がっちりと、それはもう力強く手を握られてしまう。クリスといいチャドといい少し力が強すぎる。あたしの繊細な手が壊れてしまったらどうしてくれるのかしら。

「チャド……人の妻の手をそんなに強く握るものじゃないよ」

 チャドの後ろからとても冷たい声が響いた。チャドが慌てて手を放す。

「あ、旦那様」

「お帰り、アンジェリーナ。もうすぐ客人が来るのだけど、君も会うかい?」

 冷たい声が別人のように穏やかな声に訊ねられる。

「ええ。旦那様のお友達がどんな方なのか会ってみたいわ。チャドがもう一人増える感じかしら?」

「いや、彼は……とても穏やかだよ。食べ物をたくさん勧めてくる以外は」

 一瞬悩んだように言葉を濁すと言うことは【旦那様】はその人が苦手なのかもしれない。

「……まさか、客人って……ジュール様が?」

 チャドは大袈裟に驚いた様子を見せる。

「ああ。そうなんだ。アンジェリーナにプリンターを買う話をしたらついでに見せたい物があるから王都に来いって。少し見ない間にいろいろ技術が進歩したらしくてね。試作品を直接アンジェリーナに渡したいとも言っていたな」

 少し困った様子で言う【旦那様】と緊張しているようなチャドに驚く。

 それに試作品ってなんだろう?

「あのさ……本当にアンジーをジュール様に会わせて大丈夫か? ジュール様が気絶したりしない?」

「まぁ、彼は大抵のことは笑って済ませるからね」

 あれ? 今【旦那様】もあたしがなにかやらかすことを前提に話をしてる?

「ああ、今日来る友人はジュールと言うんだ。身分を忘れて楽しみたいから気軽に呼んでくれと」

「まぁ、だったらあたしのことも気軽にアンジーと呼んで頂くべきね」

 どんな人なのか好奇心がツンツン刺激されちゃう。

「そうだね。アンジェリーナ、着替えておいで。あまり露出の多い服は控えて」

 珍しく、【旦那様】があたしの服装に口出しをする。

「お靴は履いた方がいい?」

「ずっと浮いているなら要らないかもしれないけど、靴下はちゃんと穿いておくれ」

 肌を出すなと言うことか。だったらぴったりのドレスがある。

「はぁい。着替えてきます」

 素直に部屋に向かう途中、チャドの少し怯えた声が響いた気がしたけれど、それは知らないふりだ。




 髪まですっぽり覆うドレスはチャドルを意識している。丁度ツートーンにした髪も隠れるので初めて会うお客様が『繊細な方』だった場合の心臓停止を避ける為にも無難な選択だろう。たぶん。けれどあたしのホームメイドの世界で一つだけのドレスだ。勿論カラフルに作ってある。今日はヒョウモンダコ風だ。

「警告色の女はまた警告色か」

 チャドがからかうように言う。

「かわいいでしょ? ヒョウモンダコ風にしてみたの。有毒なのよ。今度チャドに食べさせてあげようか?」

「アンジー、俺になにか恨みある?」

「あたしの旦那様とあたしより仲がいいところが気に入らないだけよ。嫌ってはいないわ」

 気に入らないとは思っているけど。

 そんな風にチャドと笑い合っていると、どうやらお客様が来たらしい。

「やぁ、ジル。久しぶり。それで、僕にアンジーを紹介してくれるかい?」

 やってきた客人は強烈な人だった。

 いや、見た目は、すらりと背の高い中性的な容姿の男性だ。一般的に見て美しい外観という点では【旦那様】とかなりいい勝負だろう。けれども彼はなんというか、印象が強烈。まるで人に見せるためにその空間に存在するような、何気ない仕種の一つ一つが印象的で、つい、視線を奪われてしまう。

 ランウェイのモデルみたいだ。歩き方もとても綺麗で存在感がある。なにより彼の着こなしは、前世のファッション誌から飛び出してきたかのようなもので、アンジェリーナ・ハニーとして過ごした人生では遭遇しなかったものだ。

「僕はジュール。ジルとは幼い頃からの付き合いでね。君も気軽に接しておくれ。身分は抜きだ」

 穏やかな声は少しだけ【旦那様】と似ている。【旦那様】が絵画の中のような少しほわほわした美しさだとしたら、ジュール様はスーパーモデルだ。

「アンジェリーナ・ハニー、今は結婚してジェリー姓ですけど、気軽にアンジーって呼んで。ジュール様は変わった服を着ていらっしゃるのね。どこのデザイナーの作品かしら?」

「これは僕の婚約者のカロリーが作ってくれたんだ。彼女はデザインよりは型紙を作るのが専門だけど、とても着心地のいい服を作るよ」

 ジュール様はあたしの質問にも嫌な顔をせずに答えてくれる。本当に穏やかでいい人そう。

「ずっとアンジーに会ってみたかったんだ。今日はカロリーがすごく悔しがっているだろうな。彼女は君のファンなんだ」

 にこやかで社交的な印象。きっと高位の貴族で社交界に積極的な人なんだろう。

「アンジー、あまり失礼がないようにしろよ」

 チャドがひそひそと言う。

「構わないよ。チャド。アンジーには自然体でいてもらった方が僕も嬉しいな。これから頼み事をする立場だしね」

 聞こえていたらしい。ジュール様は穏やかに笑う。

「頼み事?」

 【旦那様】は驚いた顔を見せる。

「うん。僕の服を作ってもらおうと思って。だって、アンジー、面白い服をたくさん作るだろう? カロリーにも医者にも体重を増やすように言われているから筋肉を付けて少し増量しようと思っているのだけど、運動に適した服というのがなかなかなくてね。アンジーならいいのが思いつくんじゃないかなって」

 完璧な笑顔だけれど、どうもこのジュール様は笑顔が偽物くさい。酔っ払った【旦那様】とは違う方向で。

「カロリー様にお願いしたら作って下さるのでは?」

「うん。カロリーも作ってはくれるよ。でも、アンジーはプリンターを欲しがってるってジルが言っていたから、もしかしたらすごく使い慣れているのかなって。カロリーは形を作るのは得意だけれども配色は苦手なんだ」

 つまり縫製は得意でもデザインは苦手な人なのね。職人かしら?

「どうせなら最新の高性能なのを導入した方がいいよってジルに助言したんだ。僕が改良して『端末』とも連動できるように。まだ試作段階だけど、印刷もかなり綺麗に出来るし、目玉は直接絵が描き込めることかな。いちいち取り込まなくても『端末』で描いたらそれをすぐプリント出来るんだ」

 なんと。それはすごい。

 前世でもパソコンで絵を描いた物を印刷は出来たけれど、それを持ち運べるってことよね?

「お部屋で寝転んで描いた絵を服に出来るってこと?」

 そう訊ねると、チャドは青ざめ、ジュール様は笑う。

「うん。そうなるね。勿論、機械本体でキャンバスに描いた大きな絵も取り込めるよ」

 つまりスキャナもあるってことね。すごい。

「無地の運動着ってなんだかさみしいだろう? そこで華やかな運動着を作って欲しいんだ」

「それは構わないけれど、あたしが生地だけデザインして、縫製はカロリー様に任せた方が着心地がいいかもしれないわ」

 あたしのドレス作りは自己流だもの。

「アンジェリーナ・ハニーブランドを着たいと言ったら納得してくれるかな?」

 そう言われて驚く。

「たくさん作るわ」

 すごく嬉しいわ。認めてもらったみたい。

 けど、このジュール様ってなにか変なのよね。そもそも『改良』したって言っていなかったかしら? あたしの前世より進んだ技術だけれどあまり普及していないみたいだし、この技術の出所がちょっと引っかかるのよね。

 考え込んでいると、ジュール様に腕を引かれる。

「アンジー、後で少し二人で話さない? ジルから君の話を聞いたときからずっと気になっていたんだ」

「ジュール、アンジェリーナは私の妻だ。あまりそういうことは」

「安心して。僕にはカロリーという素晴らしい婚約者がいるし、やっぱりこんなに痩せ細った女性は好みじゃないから」

 あ、今外見のこと思いっきり言われた……。

「痩せ細ったって……アンジェリーナは標準的な健康体型だろう?」

「やや痩せ型だよ。もう五キロくらい増えた方が健康的じゃないかな」

 いやいやいや、あたしの体型を目算しようとしないで。肌を見せないように少しゆったりした服なのに。

 それにしても、【旦那様】は他の人にはあたしのことちゃんと『妻』って言うのね。変なの。

「あたしも旦那様のこといろいろ聞きたいわ。教えて下さる? ジュール様」

「勿論。ジルのシャーベットの中で一番美味しいのは間違いなくマンゴーだね」

「あたしはメロンが好きよ」

 シャーベットと聞いた瞬間チャドはびくりと震える。彼はシャーベットが怖いらしい。

 ジュール様はにこにこと、へたれの【旦那様】は落ち着かなそうにそわそわとしている。あたしとジュール様が友好的な雑談をしているのが気に入らないらしい。というか、たぶんジュール様を心配しているのだろう。あたしがやらかさないか。

「大丈夫よ。流石に初対面のお客様の心臓を止めるような危険なことはしないわ。それともやっぱりあたしには監視が必要?」

 そう、訊ねると【旦那様】は気まずそうな表情で黙り込んでしまう。

「ジルは嫁には弱いな。元々そんなに自己主張の強い男ではないが……言いたいことははっきり口にした方が今後の為だよ」

 ジュール様は穏やかな表情で、それでも少し厳しい様子で言う。

「アンジーだって言いたいことたくさん抱えて黙り込んでる様な男と毎日顔を合わせるのは苦痛だろう?」

「あたしはそんな旦那様も大好きよ。でも、旦那様はもっと言いたいことを積極的に口にしていくべきだと思うわ。あたしみたいに。あたしは考えなしで喋りすぎだって言われるけど、言いたいことを我慢するなんてすごく疲れてしまうもの」

 貴族社会じゃ本音と建て前っていうのが大事みたいだけど、あたしはそういうのとは無縁ね。

 たぶん【旦那様】はいろんな人に気を遣いすぎなのよ。みんなの顔色窺ってばかりいるんだわ。だって、そうじゃないと優良物件にはなれないもの。

「あたしみたいな問題児になってとは言わないけど、たまには思ったこと口にしてもいいと思うわ。あたしを罵るとか」

 罵るって結構愛がないと難しいのよね。相手のことをよく観察しないと的確な言葉が浮かばないじゃない? そんなによく観察するなんてあたしのこと大好きってことよね。

「そんな……アンジェリーナを罵るなんてできないよ」

 やっぱり【旦那様】はへたれだわ。きっと罵ったらあたしが傷つくと思って遠慮しているのね。

「あたしがいいって言ってるのに。はぁい、アンジェリーナ。君の頭ってとってもいかれてる。いつも罪人みたいな格好をして強制労働でもさせられてきたのってくらい薄汚れてるじゃないかくらい言ってもいいのよ」

 あたしはたまに鏡を見てやるわよ。

「……アンジー……それを自分で言うのかい?」

 ジュール様が笑顔を崩して呆れを見せる。

罵りディスりは愛情表現の基本でしょう?」

 そう告げれば、ジュール様は驚いている。

「アンジー、やっぱり先に君と話をしておきたいな。これ以上ジルが沈む前に……ついでに言うと、我が国の罪人はボーダーを着ないからね?」

 こっそりと教えられ、驚く。

 我が国の? え? ついうっかりあたしのボーダーと黄色好きをネタにしてしまったけれど、こっちの世界の人には通じない話だ。そもそもハニー伯爵家だからミツバチをイメージした服が多いっていうだけなのに、ジュール様はあたしがよくボーダーを着ることを知っていたみたい。なにより、ボーダーが囚人服の世界を知っているみたいな言い方……。

「ジュール様、何者?」

 思わず低い声が出てしまう。

「うん。その話をしたいんだ。ジル、少しアンジーを借りていくよ。使用人を下がらせてもらえるかな。製法は国家機密だから万が一漏れるとまずいんだ」

 ジュール様はまだ硬直したままの【旦那様】にそう言ってあたしの肩に手を回し、隣の部屋に連れ込む。

 いやいやいや、ここ、【旦那様】の執務室。

「じゃあ、早速。アンジー、君はどこから来たのかな?」

 とてもにこやかな、それでも威圧感のある笑顔でジュール様はあたしに訊ねた。





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