8 なんか思っていたのと違う
昨夜【旦那様】は寝室に来なかった。朝の一件がだめだったのか、それともチャドのペイントをやり過ぎだと怒っているのかはわからない。けれども来てくれなかった。
「寝込み襲うのはだめってことかしら……」
「奥様、旦那様はとても繊細なお方ですので……」
ドナが慰めようとしてくれているけど、繊細なお方ってなに? いつだってみんな口を揃えて『旦那様は繊細なお方』って言うけど、それってつまりあたしが図太いってことかしら。いや、まぁその自覚はあるのだけど。
「あのボディペイントは中々の傑作だと思ったのに」
「確かに、大金積んでもやって欲しい人がたくさん居そうですけど……奥様かなり有名らしいですし」
父から聞きましたとドナは言う。
「王都で有名な画家なんですよね?」
「王都で有名かは知らないけど、あたしは
彼が「かわいいアンジー」と言ってくれるのは酔っているときだけで、素面の時はへたれのムッツリでかわいいアンジーをちっとも構ってくれない。
こんなにかわいいのに。性格は難ありだけど見た目だけは特上よ。
「チャドばっかり旦那様に構ってもらってずるい」
頬を膨らませていると、ベッドメイクをしていたアナが何かに気がつく。
「あら? アンジェリーナ様、お手紙のようです」
一通の封筒。この美しい字は【旦那様】だ。
「……あたしが寝ている間に置いていったの?」
酷い。起こしてくれればいいのに。
少し乱暴に封筒を破り中身を取り出す。
アンジェリーナ。屋敷の中では好きに過ごしていいとは言ったけれど、チャドは一応男だ。私の妻である君が、異性を脱がすようなことは感心できない。今後は控えて欲しい。君にとっては画材だとしても、彼も同じ考えとは限らないから。
どうやらお説教まで手紙で済ませるつもりらしい。それどころか、テーブルの上にシャーベットがあるという追伸まであった。あの美味しいメロンシャーベットだ。
「……旦那様はお説教をする気すらないのかしら?」
この美味しいシャーベットはどう考えたってご褒美にしかならない。
「旦那様、怒るより先に作品の出来に関心してしまったのではないでしょうか? もともとアンジェリーナ様のファンのようですし」
アナは真面目な顔で言う。
「出来が良すぎるのも問題?」
「おそらく」
けれども作品に手を抜くなんてことはあたしにはできない。
ベティが髪を結い終わったので、美味しいシャーベットに手を伸ばす。
綺麗なお皿からあふれ出しそうな程のメロンシャーベット。とっても美味しそうだ。
「とっても素敵な魔力よね。シャーベットが食べ放題だなんて」
「そろそろ寒くなってくるので厳しい魔力かと思います」
「あら、冬だって暖かい部屋で食べるシャーベットは最高よ」
このシャーベットは王都の有名店より美味しいのだから。
口の中で溶ける度に幸せな気分になる。けれどもそれと同時に、どうして【旦那様】はいつもチャドにシャーベットを勧めるのか不思議に思う。
チャドは【旦那様】のシャーベットを恐れているようだった。
でも、美味しいからどうでもいいわ。
一つ、二つ。食べ終わっても減らない。
おかしい。この美味しいシャーベット、全然減らない。
「ねぇ、アナ。あたし、さっき二個目食べたわよね?」
「ええ」
「このシャーベット、全然減らないのだけど……」
どんな仕組みなんだ。とっても美味しいからたくさん食べられるのは嬉しいけど、あまり食べ過ぎると体が冷えてしまう。
でも、折角【旦那様】があたしの為に用意してくれたんだし……。
すごく葛藤してしまう。あたしの大好きなメロンシャーベットを用意してくれた。でも、食べても全然減らない。
「……残したら旦那様悲しむかしら?」
へたれでムッツリで繊細な【旦那様】がなにを考えているかはわからないけれど、あたしの為に用意してくれたのだから、悲しませたくはない。
「美味しい物をずっと食べていたいという願望は確かに叶いますが、現実的ではないですよね。いくら美味しくてもシャーベットですし、アンジェリーナ様は元々食が細いのであまり量は食べられないでしょう?」
アナは少し呆れた様子だ。
「旦那様はあたしの食べる量なんて知らないだろうし、このシャーベットはとっても美味しいわ。三個も食べちゃった。でも、この量はあたし一人じゃ食べきれないわね。みんなも食べない? すごく美味しいわ。王都の有名店より美味しいと思う。新鮮なメロンって感じ」
「アンジェリーナ様、メロンは好きではないのにメロンシャーベットはお好きですよね」
アナは笑ってスプーンを受け取る。その様子をドナが羨ましそうに見ていた。
「ドナも食べればいいのに」
「よろしいのですか? 旦那様の噂のシャーベット……実は前々から一度食べてみたいと……」
ごくりとつばを飲むドナ。よほどシャーベットが食べてみたかったらしい。
それにしてもこのシャーベット、減らないだけじゃなく、お皿の上だと溶けない。どういう仕組みなんだろう。
三人のメイドにシャーベットを渡し、部屋を出る。
食べた後は軽い運動だ。と言っても、浮いた方が楽だからついつい歩くことを怠ってしまう。
折角一人でぶらぶらするのだからアーノルドに見つかったら怒られる書斎を外からこっそり覗いて【旦那様】の背後からばぁっと脅かしてみようかと思ったけど、【旦那様】は心臓が弱いみたいだから脅かし系は良くないわね。でも、どんなお仕事をしているのかこっそり覗くくらいは許されると思うの。
庭に出てぷかぷかと浮きながら移動していると人影が見える。
とても見覚えのある顔。チャドだ。昨日のペイントにも懲りずに来たらしい。それとも【旦那様】に苦情を言いに来たのかしら?
そそそーっと気配を消してチャドの背後を進む。足音がしないから気付かれにくいのよね。驚く顔が楽しみだわ。
「ほんっと、アンジーには参るよ。彼女一瞬でも大人しくしていられないのか?」
「いや、本当にすまない。妹が迷惑を掛けている。ジュリアン様はご無事か? とても物好きな方だとは思ったが流石に後悔し始める頃ではないか?」
チャドに気を取られていて気付くのが遅れたが、チャドの隣はユージーンだったらしい。二人してあたしの悪口を言っているのね。
「それが、ジルのやつ、アンジーには滅茶苦茶甘いの。彼女がなにをしでかしてもかわいいアンジーのすることだからって笑って済ませようとするし、悪戯を仕掛けられてもかわいいで済ませてるから。すげぇ上等な上着を切り刻んでドレスを仕立てられた時にはアンジーが自分の服着てるって大喜びだったぞ」
「……その盲目がいつまで続くか……」
呆れるチャドに頭を抱えるユージーン。あたしの問題児っぷりよりも【旦那様】のいかれた頭の方が気になる内容ね。
上着の件、叱られるかと思ったのに喜ばれるなんて想定外だわ。
「まぁ、そのうちアンジーもシャーベットの恐ろしさに気付くさ」
「シャーベット?」
「ジルの無限に増え続けるシャーベットの魔力」
それはとても興味深い話題だ。あれがどういう仕組みなのか気になっているところなのよね。チャド、早く続きを話しなさいよと念を送る。
「最初はものすごく美味い。王都の専門店よりも美味いシャーベットなんだ。けど……ジルのやつ、機嫌が悪いと延々と人の口にシャーベットを突っ込んでくる。それこそ魔力が尽きるまで続けようとする」
「……彼が、直接口に?」
「ああ。しかも親切なのかなんなのか途中で味まで変えてくるぞ」
それは、とても美味しそうだ。
「……食わされすぎて腹を壊す」
「それは物理的に恐ろしいね」
それは単にチャドがアホだから食べ続けてしまうだけではないだろうか。【旦那様】がそんなに無理に食べさせ続けてくるとは思えない。それより、あのシャーベットは旦那様の魔力で増え続けるのね。魔力の発散も兼ねているのかしら?
「どうしてシャーベットが溶けないのか不思議なのよね」
「そりゃジルの魔力で生み出されているから食べるまでは溶けない……って、アンジーなんでここに」
チャドはごく普通に受け答えをしようとしてあたしの存在に気付き、大袈裟に驚いている。
「シャーベットを三つも食べちゃったから軽い運動を兼ねて旦那様を探そうと思ったの。お手紙だけ残して昨日は寝室に来て下さらなかったみたいだから」
今日はまだ【旦那様】を見ていないわ。
「かわいいアンジーに構ってくれないなんて、やっぱり旦那様は同性愛者なのかしら」
こんなにかわいいのにと言えば、ユージーンは大袈裟な溜息を吐く。
「お前はまた自分で自分をかわいいなど……」
「実際かわいいでしょ? あたしはかわいいし美人だしセクシーだしとってもユニークな変人よ」
つまりとても魅力的って意味。
「アンジーはなにをしでかすのかわからないから毎日楽しみだって言われてることについて何か言うことはないか?」
「ご期待に応えなきゃ」
ろくに視線も合わせてくれないくせに、他の人にはそんなことを言っているのね。酷い人。
「まぁ、正直旦那様がどうしてあたしに求婚してくれたのか未だにわからないままなのよねー。捨てられるならその時はその時とは思っているけど……でもやっぱり旦那様に可愛がってもらいたい」
折角求婚してくれたのだし、できるだけ仲良く……らぶらぶいちゃいちゃ生活を送りたいと思うのは間違っているだろうか。
それに……抱きしめられたとき……すっごく幸せだと思った。きっとそれって、あたしは彼を受け入れてる証だと思うの。
「……まさかアンジーの方が惚れ込んでいるとは思わなかった」
ユージーンは大袈裟に驚いた顔をする。
「惚れ込む? あたしが? 旦那様に?」
そう、なのだろうか? ただ構ってもらえなくてムキになっているだけのような気もするけれど。
「そういやアンジー、結構ジルのこと好きだよな。なんだかんだ言って旦那様旦那様って構って欲しいアピールしてるし、俺に妬くし」
言われて見ればそうかもしれない。
「チャドだけずるいとはいつも思っているけど……旦那様、素面だと全然構ってくれない」
頬を膨らませて大袈裟に拗ねた仕種をすれば、ユージーンは笑って「おいで」と手を広げる。
「ジーン大好き」
ぎゅっと抱きつけば優しく頭を撫でてくれる。うん。すごく可愛がってもらってる感がある。
「旦那様もせめてこのくらい可愛がってくれればいいのに……」
「アンジーがいい子にしてたら可愛がってもらえるよ」
撫でてくれる手がすごく気持ちいい。
「でもアンジー、もう嫁いだのだからいつまでも子供のように甘えてきてはいけないよ?」
小言も忘れない辺りがユージーンだ。
久々の兄さんに少しだけ癒やされる。
「あたしが嫁いだからジーンのお嫁さん見つかりそう?」
「うーん、今のところアンジーが何ヶ月で戻ってくるかの賭けに使われてるかな」
ジーンは笑う。
実際、すごく参加者が多そうな賭けだ。主にあたしが追い出される方に。
「俺は一年以内に子宝に賭けたけど」
「チャドも参加してるの? じゃあ、あたしはうーん、年内に旦那様を怒らせるに賭ける」
「いやいやいや、なんでアンジーが参加しようとしてるのさ。しかもジルを怒らせるって、もう説教されたんじゃなかったのか?」
「お手紙一枚と美味しいシャーベットをもらっただけよ。しかも、旦那様のお小言は、チャドの服を脱がしたことだけ。他のキャンバスならなにをしても構わないみたい」
普通なら上着を切り刻んでドレスにした時点で怒るはずよね。
「そのシャーベットはお仕置きじゃないのか?」
チャドは青い顔で言う。
「まさか。あたしの大好きなメロンシャーベット。でも、食べきれなかったからドナ達にも分けてあげたわ。使用人にも有名なんですって? ドナは前から食べてみたかったって」
「……んー、ジルの性格ってよくわかんねーんだよなぁ。俺には結構厳しいところもあるけど、アンジーには激甘っていうか……なにをしでかしても楽しいって感じだもんな」
チャドは頭を掻く。そもそも考える気がないのではないかという頭だけれど、彼の方が【旦那様】との付き合いが長いのだから少しでも情報は欲しい。
「正直旦那様の好みがよくわからないの。だって、こんなにかわいいアンジーを可愛がって下さらないのよ?」
「アンジーがいないところではアンジーの話ばかりして俺の部下も呆れてるくらいなんだけどどうも本人を見るとまだ緊張するみたいなんだよ。もう少し慣れるまで待つんだ。慣れたら慣れたでめんどくさいけど」
めんどくさいって。あたしの【旦那様】に酷い言いようね。
そもそもそんなに人見知りならチャドはどうやって仲良くなったのかしら? やっぱり見た目? 男の方がいいのかしら?
「……折角かわいく生まれてきたのに……男の方が旦那様に可愛がってもらえたかしら……」
「いや、それはないから安心しろって」
「流石に弟を嫁に出すわけにはいかないよ」
ジーンは真面目な顔で言う。ジーンは優しいけど冗談が全く通じないのよね。真面目さんだし。
「なんだか納得がいかないけど……とりあえず旦那様を探しましょ。同じ家で暮らしているのに顔も見ないなんて寂しいわ」
ぷかぷか浮きながら移動しようとするとジーンに手を掴まれる。
「アンジー、歩きなさい」
「えー、浮いた方が楽なのに」
「侯爵家で美味しいものをたくさん食べさせてもらっているのだろう? 楽ばかりしているとあっという間に太ってジュリアン様に嫌われてしまうよ」
なんてことだ。それは一大事。可愛がってもらうより先に嫌われてしまうなんてそれはあんまりだ。
「歩く」
「なるほど、アンジーを止めるときはそうやって言えばいいのか」
チャドは納得したように言う。しまった。弱味を握られてしまった。
「ジーン、待たせてしまったね」
後ろから【旦那様】の声が響く。いつもよりも穏やかで、それでいて楽しそうだ。
まさか。狙いはジーン? ジーンが好きだからあたしと結婚?
嘘でしょ。思わず【旦那様】を凝視する。隣にはアーノルドの他にもう一人男性が居た。
「いえ、妹がいつもご迷惑をおかけしています」
「迷惑? そんなことはないよ。アンジェリーナが来てからとても賑やかで楽しいんだ。確かに、驚きすぎることもあるけど、一生懸命な彼女は本当にかわいいよ」
とてもにこやかな【旦那様】に驚く。また酔っているのだろうか。
「楽しいのは最初のうちだけですよ。珍しさがなくなればもう呆れるばかりです」
ジーン、なんてことを!
「そう? でも、アンジェリーナはとてもかわいいよ」
【旦那様】は優しく笑んで、それからこちらに気がついたようだ。
「アンジェリーナ、歩いているのは珍しいね。疲れてしまうだろう? 別に浮いていても構わないよ」
とても優しい笑みで、名前を呼んでくれた。その事実に驚愕すると同時に、おいでと手を広げる彼に戸惑う。
「また酔っていらっしゃるの?」
そう訊ねると、彼は瞬きをする。
「そんなに私は酒癖が悪く見えてしまうかな?」
後ろの二人に確認すれば二人揃って頷いている。
「旦那様は酔うと気が大きくなりますから」
アーノルドが静かに答えると、【旦那様】は困ったように笑った。
「参ったな。アンジェリーナにまで飲んだくれだとは思われたくないよ」
「本日は薬の作用で気分が高揚していらっしゃる様です」
アーノルドが静かに説明してくれる。
薬? ああ、旦那様はお体が弱いのだったわ。
「心臓のお薬? たくさん飲むの?」
アーノルドに訊ねたつもりが隣の男性が返事をする。
「いえ、気分が優れない時のお薬です。近頃は浮き沈みの波が激しいようでしたので」
それはあたしがやらかしすぎたせい?
「あたしのせいで旦那様がご病気になってしまったの?」
「……いえ、そういうことでは……」
男性は視線を逸らし否定はしきれないという様子を見せる。
「アンジェリーナは悪くないよ。元々こうなんだ。薬を飲むと少し落ち着いて居られる。君に心配をさせてしまってすまない」
手を引かれたと思うと、すっぽりと抱きしめられる。
「だ、だんなさま?」
なにが起きたのだろう。彼はあたしが触れようとするとすぐに逃げるのに。
「うん、これなら大丈夫そうだ」
【旦那様】は一人で頷いて後ろの男性を見た。
「当日も同じ薬を処方してくれ」
「はぁ、しかしあまり薬に頼るのも……」
「今回は断れないんだ。応急処置だと思って頼むよ」
少しだけ困った声。一体どうしたのだろう。
「アンジェリーナ、私の為にこの週末を空けてくれるかい?」
優しい声で訊ねられる。空けるもなにもあたしの予定なんて決まっていない。ただ、その日の気分でなんとなく動いているだけだ。けれども、【旦那様】が改めて訊ねると言うことはなにか特別な……。まさか、デートとか、そういうお誘い? あたしとデートしてくれるの?
そう考えると急激に緊張してしまう。
どうしたあたし。らしくないぞあたし。
「アンジーの時間は全て旦那様のものですわ」
好きにして。たくさん可愛がってと彼を見上げれば、少しだけ困った表情をされる。
「そう、ありがとう。アンジェリーナ。でも、普段は君の自由にしていていいんだよ? 好きな事を好きなだけして。私は、君の自由な発想が好きだ。君の生み出す作品もいつもとても楽しみなんだ」
優しく頬に触れられる。このままキスをしてくれるのかなと期待したけれども、それは叶わず、ただ、優しく頭を撫でられた。
子供扱いされてる?
「シュガー侯爵家で夜会があるんだ。どうしても断れなくてね。アンジェリーナに同伴して欲しいんだ。いいかな?」
デートのお誘いじゃなかった。夜会の同伴? まぁ、夫婦なら普通だろうけど……。
「旦那様の分の服も用意して、間に合うかしら?」
夜会は作品発表の場でもある。あたしの猛烈な個性を見せつける為の空間だ。目立ってなんぼ。頭がおかしいと思われたのならそれは賞賛だ。
「いや、無理はしなくていいよ。ドレスを贈ろうかと思っていたのだけど、やっぱり自分で作りたいかな?」
【旦那様】は楽しそうな様子だ。これはとても期待されている。これは驚くなにかをしないと。
「作るわ。とっておきの! だから、アンジーのことたくさん可愛がって?」
思いっきり甘えてみれば、少しだけ驚いた顔をされ、それから優しく頭を撫でられる。
あれ? 今、可愛がってもらえてる?
「よかったな、アンジー。ずっとジルに可愛がられたいって言ってたし、今のうちにたくさん撫でてもらえ」
「うん」
チャドの言葉に思わず頷いたけれど、あれ? 可愛がってもらうってこういう意味だっけ? なんというか……ペット扱いされてる?
「……なんか思ってたのと違う……」
少し拗ねて見せれば【旦那様】の手が止まる。
あ、これはこれで気持ちよかったのに……。
「私はいつだって君がかわいくて仕方がないのに、どうしたら君に伝わるかな?」
ただ、優しい声に訊ねられる。そっと手を握られ、とても温かい。
なんだろう。あたし、今すごく緊張している。【旦那様】に見つめられてなんだか、とても……鼓動が早い。
「えっと……いっぱいぎゅーってして欲しい。あと、いっぱい名前呼んで
。たくさん撫でて欲しい。あと……あと……もっとたくさん一緒に居たいの」
まだたくさんあるけど、あまり欲張ってしまったら嫌われるかもしれない。
「……あと、美味しいシャーベットも付けてくれる?」
思わずそう訊ねると【旦那様】は目を丸くして、それから笑い出す。
「本当に……アンジェリーナはかわいいな。うん。君が望むならいくらだって用意するよ。ずっと同じ味だと飽きてしまうかもしれないから、新作も考えてみるよ」
とても綺麗な笑みで、ああ、天井画にいいかもしれないなんて思ってしまう。
「……うん。旦那様のお顔のドレスにしよう」
「え?」
「今ならすごいのが描ける気がするわ」
急いで作らなきゃ。と【旦那様】から離れれば、彼は硬直している。
あ、いつもの【旦那様】だ。
「……いや、それは……しかし、アンジェリーナの作品なら……」
いつもよりは少し早く復帰したみたいだけど、ものすごく考え込んでいる。
「なにを作ってもいいと言ったのは私だ……うん。楽しみにしているよ」
最終的に【旦那様】は社交界で多くの女性を惑わした美しい笑みであたしを見送ってくれた。
あの楽しみにしているは本心ではないような気もするけれど、一度作ると決めたからには作ってしまおう。
布プリンターはまだだからペイントで作る。一発勝負だけど、きっとすごいのが出来るはずだわ。
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