4 冷めないうちにおいしいディナーを召し上がれ

 温かくて心地良い。

 とても幸せな眠りだった。

 何度か誰かに呼ばれた気がするけど、この幸せな睡眠の前ではそんなものはどうでもいい。

 そして当然ながらあたしはがっつしと寝坊をしてしまった。

 目が覚めたときにはもう夕方近く、勿論【旦那様】もいない。

 ものすごいテクニックで寝かしつけられてしまった気がするのだけど、こんなに眠ってしまうとは思わなかった。

「ドナ、旦那様、怒ってなかった?」

 こんなに寝坊をするなんてきっと呆れられたに違いない。

「いえ、怒っては。ですが、何度呼んでも起きないと困惑された様子でベッドから抜け出すのに苦戦していました」

 ああ、そう言えば【旦那様】の上で気持ちよくとんとんされてしまったのだ。

「旦那様のすごいテクに完全にやられてしまったわ。なにあれ。お父様よりすごい」

 あたしの問題児っぷりに手を焼いたお父様はとにかく寝かしつけが上手い。大きくなってもあのとんとんで条件的に眠ってしまうくらいには寝かしつけが上手い。ヤバい問題を起こす前に寝かしつけるのだ。

「……奥様? お父様とそんな……」

 ドナは顔を赤くする。

「旦那様のあの凄テクは一体どこで……」

 確か彼は一人っ子のはずだ。養子も居ない。なのにすごく寝かしつけるのが上手い。これは問題だ。新婚ほやほやなのに嫁が毎晩ぐーすか眠っていては夫婦仲を深めるのも困難だろう。

「いや、でも今日は結果的にたくさん寝たし。今日こそ旦那様に可愛がって貰わないと」

「アンジェリーナ様、気合いを入れる方向がおかしいです」

 ベティが呆れたように言う。

「夫婦生活の第一歩は大事でしょう? お父様にもできる限り大人しく問題を起こすなって言われているのに……夫婦の初めがこれだなんて大問題だわ」

 アナとベティは顔を見合わせる。

「まぁ、アンジェリーナ様に興味を示さないのは問題ですね」

「寝衣が地味過ぎるのでしょうか?」

「色合いが足りないのでは? くつろぎスタイルでも油断するなと言うことでしょうか」

 この二人も結構ずれている。

「フルメイクで待ち構えなきゃだめ?」

 メイクしたまま寝るのはお肌に悪いわ。折角かわいく産んで貰ったのだからベストなコンディションを維持したい。

「本日はぐっすりお休みになられたのですから、フルメイクで待機しましょう」

 アナは真剣な顔で言う。

 確かにぐっすり寝たけど明日もお昼寝三昧は問題だ。

「フルメイクしたら旦那様にかわいがってもらえるかしら?」

「まぁ、メイク後のお顔が好みという可能性もありますし……」

 アナの返事は歯切れが悪い。

 しかし、仕方がない。しっかりとお化粧をして【旦那様】を待ち構える。


「頼むからもう休ませてくれ。酒はいい」

「しかし、ジュリアン様、このままでは」


 扉の向こうの会話が聞こえる。【旦那様】は誰かと話している。多分アーノルドだろう。

 昨夜は思いっきり扉を開けて危うく【旦那様】の心臓が止まってしまうところだったから今日は少し控えめでいこう。

 セクシーなランジェリーは甘すぎないデザインだし、今度こそ【旦那様】の好みだといいけど……流石に二日連続で寝かしつけられたら悲しいわ。

「旦那様! 晩餐のお時間よタイムイズディナー!」

 かわいいアンジーを召し上がれと扉が開いた瞬間に手を広げて待つけれど、入ろうとした彼は一歩下がって扉を閉めた。

「……幻覚が見えた気がする……」

「残念ながら実物です」

 とても失礼な会話が繰り広げられている気がする。

「旦那様ー? かわいいアンジーは今が食べ頃ですよー?」

 なにがいけないのだろう。女性として見てもらえていない気がする。

「……相当積極的な女性のようですが?」

「……都合のいい幻覚ではないか? あんな格好をする女性が実在するとは思えない」

「その幻覚みたいな女性に求婚したのはあなたでしょう」

 なにか問題があったのだろうか。

 あたしのこの格好? いや、でもレースのランジェリーは基本だろうし、丈の短すぎるスカートがより変態っぽい気はするけれど、かわいいアンジーなら問題ないデザインだ。

「もう、旦那様ったら、おいしいディナーかわいいアンジーが冷めちゃうわ」

 扉を開ければ【旦那様】は硬直し、アーノルドは慌てて目を逸らしている。

「……アンジェリーナ様、そういった格好はお控えください」

「どうして? かわいいじゃない。旦那様にたくさん可愛がってもらえるようにかわいいランジェリーをたくさん作ってきたの。もちろんドレスもたくさん」

 折角結婚するならハッピーなラブラブ新婚生活の方がアンジェリーナ・ハニーとして楽しいと思うからこそ積極的なラブアタックをしているというのに【旦那様】の反応はイマイチだ。

「それとも旦那様はムッツリだから清楚系の方が好み?」

 訊ねれば【旦那様】はふらりと後ろに倒れてしまう。

「ジュリアン様、お気を確かに。あれでも悪気はないはずです。たぶん。おそらく。きっと」

「……アーノルド……今日は別室で休ませてくれ」

 まさかの同衾拒否とは。

「……今が食べ頃なのに……」

 折角かわいく構ってアピールしているのに【旦那様】には見向きもされない。

 これは、完全に夫婦生活の危機だ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る