第12話





翌日、3年生の授業が始まるとすぐに中島を教壇に呼んだ。



「中島、多分これなら出来ると思う。」


「本当ですか?」


「普段はあまり使わないが絵具を伸ばすための油があるだろう。ほんのわずかな絵の具を多めの油でとけば、水彩絵の具のように使えるはずだ。薄く色づくから何層も塗り重ねると綺麗なグラデーションが出来ると思う。」



まったく、こんな単純な事なのに気がつくまで随分時間がかかってしまった。



「先生、有難うございます。」



中島はとても嬉しそうに笑顔を輝かせた。



「だけど、この方法は時間がかかるぞ。殆ど油だから乾きにくいし、乾かないと次が塗れないしな。」


「大丈夫です。頑張って仕上げます。」



昨日は落ち込んでいたけど今日の中島は凄く元気だな。


もしかしたら昨日の帰りに告白して、部長からOKが貰えたのかもしれない。


中島の笑顔を見て役に立てた事が嬉しくなった。



「頑張れよ。」


「はい。」



中島は油絵のセンスが良いから上手に描きあげるだろう。


『踊り子』が完成するのが楽しみだ。


中島が自分の席に戻りカンバスに向かうのを見届けると、手を挙げている生徒が目の端に入ってきた。



「はーい♪はいはい♪はーい♪」



愛想よくニコニコと笑みを浮かべているその生徒は俺の苦手な石崎いしざき悠太ゆうただった。



「はぁーい♪センセー♪の描き方が分かりませぇ―ン♪」



相変わらずの軽そうなノリで語尾を伸ばして喋りかけてくる。


教師がこういう言い方をして良いのか分からないが石崎はチャラい。


石崎の身長は175センチ位で目は二重の切れ長で綺麗な顔立ちをしている。


髪の毛は金髪、耳にはピアスをしている。


制服は着崩していて開襟シャツに 芯を抜いて細く加工したネクタイを緩く締めている。


石崎の持っているキーチェンや小物、ペンケースなどは全て濃いピンクのラメ入りでド派手だ。


石崎もまた女子にかなりモテる生徒で、彼のイーゼルの周りは石崎に似たような派手な取り巻きが側にいてお喋りが止まらず騒がしい。




今回の美術は模写という事もあってイーゼルの場所を自由に選んでいいと言ってしまったのが間違いだった。


目に余る場合を除き、なるべく注意はしない事にしている。


描き上がらなかったら自分の美術の成績が下がるだけだからだ。


石崎のカンバスを見るとしっかりと下描きを終わらせていて絵具に入っていた。


石崎の周りのお喋りをしている生徒達のカンバスを見ると白いままだ。



「センセ、コレこっちとおンなじになんないンですよねー。」



石崎はオリジナルのようなタッチにならないので困っているみたいだ。


カンバスに苦戦している跡が見える。


見た目とは違い課題には真剣に取り組んでいる所が石崎のいいところだ。


このギャップにはいつも驚かされている。



「ゴッホを選んだのか……この写真だと分かりづらいけれどゴッホは絵具のチューブから筆に直接つけて描いているんだ。だから所々盛り上がりがあって迫力があるんだ。同じに見えないのは盛り上がった絵具の微妙な陰がうつりこんでいるんじゃないかな?」


「ん――――??って事はこんな感じ?」



石崎は俺の言った通りに絵の具をパレットに出すのではなく筆に直接絵の具を筆にのせてからカンバスに描いてみた。



「おおっ!センセー!!すげっ!!」



素直に思い通りに描けた事に凄く喜んでいる。



「上手いな。だけどゴッホと同じ描き方をすると絵具があっという間になくなるし、盛り上がっている所は乾きが遅くなるから困るぞ。石崎は器用だから、少ない絵具でどうやったら模写出来るか考えたらどうだ?」


「はーい♪ センセー。分かりましたァ♪」



石崎は俺にウインクしてからカンバスに向かった。


思いもしなかった石崎の行動に俺の赤くなる。


途端に周りにいた取り巻きの女子達が騒いだ。



「やだぁー、松岡先生、真っ赤だよ。石崎ったらー。何したのぉー。」


「何?お前も欲しいの?じゃあコレあげる。」



女子に投げキッスをすると取り巻きが騒ぎ出した。



「きゃー!! あたしも!!」


「あたしもー!!」



美術室は端にあるから多少の物音は平気だが、これだけ大騒ぎをすれば周りの生徒の迷惑というか授業妨害だ。



「静かにしなさい。授業中だぞ!」



普段から怒らないようにしていた俺が大声を出すと効果は絶大で、生徒達が驚いて美術室内は静かになった。


それでも石崎の取り巻き達は小さな声で反抗した。



「松岡先生こわーい」


「こわい、こわーい」



振り向くとカンバスに隠れる様に描くフリをしている。



「ホント、怖い怖い……………………………なよ。」



石崎の視線は俺を通り越してその後ろの人物を睨みつけていた。


振り返ったが誰もこちらを見ている者はいなかった。


小声だったから所々しか聞き取れなかった。



「石崎、今なんて言ったんだ?」


「もっちろん♪センセー愛してるゥって言いましたァ♪」


「キャハハッ!!」



ニッコリと笑ってまた取り巻き達と一緒に俺をからかう。



「もういい、製作期間は3か月だからそれまでに完成させるように。」


「はぁ~い♪わっかりましたァ~♪」


「はぁー、疲れる」


これだから石崎悠太は苦手なんだ。

 

 

 

 

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