Individual Moments

書矩

Individual Moments

 ぼくたちはみんな、一人一つの星に住んでいる。でも自給自足ってわけじゃない。ぼくたちが星で育ってある程度自我が芽生えた頃に役割を示す紙が手元に来る。ぼくの役目は「記録」。手当たり次第に物事を書き留める。それは自動で写しが作られ、その写しのほうを郵便屋が週に一度持って行く。

 たまにぼくの元にも手紙が来る。〈彼〉からの指示だ。〈彼〉はこの世界の創造主なんじゃないかとぼくは疑っている。ぼくらはお互いの住所を正確に知らない。だからピンポイントで手紙を出せるのは〈彼〉だけなのだ。

 もうひとつ、ぼくが手紙について知っていることがある。出鱈目な住所を書くと自分に手紙が帰ってくるってことだ。正直言ってぼくは淋しい。だからそれを悪用──「悪用」と呼べるかは知らないが少なくとも善い使い方はしていない──して自分に手紙を書いている。

 郵便と食糧配達を兼ねたものは5日おきに来る。今日もその日だ。「手紙」が来る筈だった。

 つまり、来なかった。何故かは判らない。郵便屋が捨ててしまったのかもしれない、そうも考えたがすぐ止めた。職務を疎かにすることを〈彼〉が認めるなんて有り得ない。ぼくが2日記録を怠ったとき、〈彼〉は3週間近く食糧の配給を絶った。それで十分だった。ぼくは懲りた。

 考えても仕方ないのでそこでその日の分の記録を付けた。早めに寝た。

 次の配達の日、ぼくは仰天した。返事が来ていたのだ。ぼくのでたらめな手紙が届いたのだ。文面から察するに、相手もかなり驚いていた。ぼくは郵便屋を引きとめ、素早く便箋に何行かペンを走らせて、同じ住所を書いて渡した。

 5日間気が気でなかった。そしてやっぱり返事は来た。ここから文通が始まった。

 話すことは幾らでもあった。ついに会うことにした。ぼくは郵便屋以外のヒトを見たことがなかったのでひどく落ち着かなかった。せめて何か情報を、そう考えて郵便屋に彼ないし彼女のことを訊いた。郵便屋は首を傾げただけだった。

 会う場所は二人の星から見える、こじんまりとした無人星に決まった。

 待ち合わせをしようにも時間の単位が違ったので、とりあえずその日のうちに会えれば良えれば良いだろうということにした。ぼくは生まれてはじめて自分の星の外に出ることになった。

 「足」役の人間もきっとこの世には居るんだろうが、生憎ぼくはそいつを知らない。だから郵便屋に頼ることにした。快諾してくれたのでぼくが焼いたお菓子を幾らか持たせた。喜ぶ顔がかわいかった。

 無人星は思っていたよりも寒かった。上着を一枚重ねる。相手は未だ現れなかった。遅い。ぼくはうろうろと歩き回った。

「誰か! わたしと会うことになっている誰か! どこです!?」

 声がした。振り返る……が誰もいない。いたずらかもしれない。ぼくは様子を見ることにした。

「だーれかーー!」しまった。声が遠ざかっていく。姿の見えない相手に消えられては困る。ぼくも声を張り上げた。

「すいません! ここです! 人違いでなければー!」

「そこにいたんですね」

「そういうあなたはどこに?」

「君の目の前です」

「見えませんが」

「……すべてお話ししますので座りませんか」

「ではぼくの荷物のところまで行きましょう。お茶とお菓子を持ってきましたから」

 やっぱり喜ばれた。

簡易テーブルを設置し、二人分のお茶とお菓子を出して、ささやかな乾杯をした。〈彼〉から支給された『日常用語辞典』に載っていたしぐさだ。本当にする日が来るとは思わなかった。

 会話はとりとめもなく続いた。(声から察するにおそらく)彼は実験家の役目を与えられていた。彼の発明したものを聞き、ぼくはびっくりした。すごいものばっかりだった。彼の話は本当に面白かった。ぼくは沢山質問した。最後にずっと気になっていたことを訊いた。

「なんで姿が見えないんですか」

「……ある薬物を調合しているときに顔に火傷をしてしまったんです。わたしは配達ボックスを置いているので郵便屋とすら会ったことがありません。だから火傷を見るのはわたししかいない。それでも耐えられなかった」

「どうしてでしょう」

「その醜さも吐き気がするほど嫌でしたし、何より反射するものを見るたびに自分の失敗を思い知らされたからです。わたしはひたすら自分の姿がなくなることを望みました。そして、それはある日叶いました」

「そうだったんですね……」

「君が気に病む必要はありませんよ」

「これからも会えますか?」

「無理でしょうね」

「え?」

「〈彼〉は孤独の連なりを破壊されるのを好みません。きっとあなたが明日の朝にでもどこかに移されるでしょう」

 そんな。慣れ親しんだ場所を離れたりなんて出来ない。懇意になった全てのものに別れを告げねばならないなんて。……あぁ、でも、ぼくは本来のあるべき姿に戻るのだろう。孤独であることは偶然でなく、ぼくらに課せられた義務なのだ。

「なぜわかるんです」

「わたしが実際そうやって飛ばされてきたからです。〈彼〉からの手紙も同封されていました。積極的に他人と会おうとする人は危険視されているようです」

「なんで言ってくれなかったんですか」

「手紙は検閲されていますから、伝えようがなかったのです。会った時点で忠告は無用になりますし。……それと」

「なんでしょう」

「同じ思いをする人間が増えてほしかったんです。ただの八つ当たりです。すみません」

「……」

「加えて、こうしてこの世界のシステムを理解する人が増えていけば何か変化があるのではないか、と」

 ぼくは話を重くするのが嫌でポットを持ち上げた。

「お茶、もう一杯淹れましょうか?」

「結構です。もう遅いですし、帰りましょう。この一杯で永遠に残ってしまいそうな気がするんです」

「では帰りましょう。ありがとうございました」

 郵便屋がやって来た。彼はどうするのだろうか、と思ったが彼は朗らかに言った。

「ご心配なく。自分の造ったもので帰れます」

「さようなら」

「さようなら」


***


 自分の星に戻ってきた。住み慣れたこの小さなコロニーともお別れか。いつものように記録を付けて、少しだけ空を眺めて、寝た。

 知らない恒星の光を受けて目を覚ました。荷物は全てそのままだった。一枚の紙切れが出てきた。一言、「孤独であれ」。すぐに火に投げ込んだ。ふざけるんじゃない。

 この地域の郵便屋が来る音がした。まったく知らない相手からだ。


 突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。この世に郵便屋以外の人間が居るのか知りたいのです。…と書いてもまた返ってくるのでしょうね。──


 残りは普通の手紙だった。どこにいてもちっぽけなヒトの脳は同じようなことしか思い付かないらしい。相手の無知に対して衝動が起こる。「八つ当たり」したくなる気持ちがわかった。

 返事を書く。


 居ますよ。ここにね。ちなみに言うとわたしは郵便屋ではなく記録係です。


 投函。

 まだ見ぬご近所さんの確定した未来──他の星への異動──を想うと溜め息が出た。

 かわいそうに。ぼくは無知がいかに罪深いものでどんな結果を生むのかを教育しに行くんだ。

 〈彼〉の言う通り、孤独であれ。

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Individual Moments 書矩 @Midori_KAKIKU

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