第38話
戦闘用魔導生命というのは強かった。サウサミーケはいろいろなことを試した。最近覚えたばかりの炎の魔法を使ったし、防御魔法は常に出しっぱなしである。それでも、奪えたのは、腕がたったの一本だけだ。それでは全く以て攻撃になっていなかった。
サマリスの魔法陣の瞳のおかげで、なんとか彼らの動きを捉えられているが、これが自前の瞳だったらどうなっていたことかと思う。
刈り取るように繰り出される拳を躱して。戦闘用魔導生命は隠れてもしつこく追ってくる。サウサミーケは奴らの周りを大きく回るように動くしかない。どこかに隙があるのを見つけたかった。
素材自体がそんなに固くないのを彼女は知っている。先ほど一体を貫いた時に抱いた感想がそれだった。無理やり拳を通すか、ほかの方法を考えるか。
敵の初動から次の動きを考えて、場所を移動していく。
自分の身長と同じくらいありそうな足が、うるさいねずみでも踏潰すかのように地団駄を踏む。大きさの割に地面が揺れないあたり、やはり中身はそんなに詰まっていないと見えた。
サウサミーケの魔法陣の瞳がくるりと回る。
ここで刺し違える気持ちでは、サマリスの兄たちを殴ることは到底無理だろう。魔法陣が動きを追っていく。
「……お前たちはサマリスの敵だ」
動き続けているせいで滴ってくる血を拭った。血が瞳に入っても沁みないというのは実に嬉しいことだったが、いかんせん、視界は赤一色になってしまう。
魔法陣の瞳がまた光った。
全てすんでのところで避けて距離を詰めるが、やはりサウサミーケが懐に転がり込むような隙はない。
彼女の頭の中で、その時ひとつ考えが浮かんだ。もしかしたら成功するかもしれないし、そうでなかったとしても、打開策が見えるのではないかと思う。
サウサミーケはあまり熟考しない生き物だった。
「っ……」
大きな拳が地面をえぐった。
後ろに跳び退りながら魔法陣をイメージする。その魔法は知らないが、恐らく炎の魔法陣に似せればいいだろうということだけはわかる。サウサミーケの頭の中では炎の魔法陣すら曖昧であった。
避けながらその魔法陣を強く思うと、サウサミーケが地に足をつけた部分にまた少しいびつな魔法陣が浮かび上がる。サマリスの書くものよりももっと簡素な、本当に円と線だけでできた魔法陣だ。初心者の彼女らしく基本に忠実とも言えた。
サウサミーケが走ると、その足元にいくつもいくつも浮かび上がっていく。似たようなものだが、少しずつ線の組み合わせが違うようにも見えた。
戦闘用魔導生命がその異様な雰囲気に気がついた頃にはあたりが薄くオレンジ色に光るまでになっていた。サウサミーケが一際大きな魔法陣の上で仁王立ちをする。瞳の中で魔法陣がギラギラと今までにない光を放つ。サマリスとはまた違うパターンの組み換えが行われていた。
軽やかな声が、呪文を唱えた。
「イエネゾッ・ヲナ・ハツリュ! クモギモムエ!」
轟音とともに爆発が起きた。
魔法陣の中に立っているサウサミーケが瞳を大きく開いている。驚いているらしかった。あたりの土は黒く焼け焦げているばかりだ。戦闘用魔導生命の姿は跡形もない。燃えカスのようなものがわずかに炎をちらつかせて床に散らばっていた。
魔法の残滓か、オレンジ色と、わずかに緑っぽい光の粉があたりに散らばっている。試しに肺いっぱいに吸ってみたが、特にむせることもなかった。
「ま、魔法ってこわいな」
そんなつぶやきが聞こえた。
埃を払うようにサウサミーケがボロのオーバーオールを叩く。ポケットになにか入っているのに気がついた。サマリスからもらったタバコの箱である。試しに手にとってみると、戦闘中にぶつけて壊してしまったのかわずかにひしゃげていた。蓋に手をかけると難なく開く。
サウサミーケがじんわりと笑った。
蓋を開けて小さな指を突っ込む。中を探るが、何も探り当てられない。サウサミーケが缶を覗き込む。空っぽだ。
一瞬ぽかんとした顔をして、前を見つめる。もう魔法の残滓は残っていない。
その時、焼け残った茂みがガサガサと揺れる。彼女が目を凝らした。
本当に魔法陣の瞳はよく見える。片方だけでも欲しかった。だが、姿を認識しなくても彼の存在がわかるのは恐らく瞳のせいではない。
「ニフユ! どうしてそんなところにいるんだ!」
サウサミーケが声を張り上げると、髪の毛にたくさんの葉絡ませたニフユが顔を出した。無数の瞳が驚くように見開かれていた。
「サミー……! 無事だったか?」
「ニフユ! サウサミーケのお願い事はどうしたの? サマリスは? もしかして死んだの?」
「いや、生きてる。生きてるよ。一人で行かせちまった……」
「馬鹿!!」
サウサミーケの拳がニフユの胸に直撃する。その周辺にあった瞳がプチプチと潰れた音がした。
「どうしておいてきたんだ!」
「一人で行くって言うから……」
「それで行かせてしまったの?」
「あ、ああ……」
ニフユが頷く。彼がニフユを信頼するというのがおかしなことのようにもサウサミーケには思えた。
思わずそんな言葉が飛び出す。
「まさか、許せたの? 吹っ切れっちゃった?」
伺うような声音であったのに、ニフユはサウサミーケの瞳を見て固まっている。自分の使い魔の予想外の反応に、サウサミーケまで固まってしまう。
二人でしばらく目を合わせる。ニフユはこの時初めて魔法陣の瞳を観察したが、なかなか悪いものではなかった。きっとこの感想はサウサミーケがこの瞳の持ち主でなくとも一緒だろう。
「きっと、まだ許せたんじゃないと思う」
「そうなの?」
「……わからないけど」
サウサミーケがわずかに笑った。
「長生きしててもわからないことってあるのね」
「特に自分のことは今でもよくわかってない」
サウサミーケが立ち止まってニフユの方を見た。
「ニフユ、お前のこと大好きだ」
小さな体が助走をつけてニフユに抱きつく。使い魔は穏やかにそれを受け止めた。
大きな使い魔と小さな主人の裏側で、まだやることは残っている。
サマリスはいくら気持ちを固めても弱いままだ。
彼には最強が必要だった。
ふたりが走り出す。
サウサミーケの「ところで、タバコの中身がないのはなんでか知っている?」という呟きのような問いに、ニフユはなんと返したら良かったろうか。
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