第34話

 サウサミーケが声を上げた。遠くに街が見える。シェーパース領が目前に迫ってきている。


「サマリス、町だ。あれがシェーパース?」

「あそこの丘を越えたらシェーパース領だ。あそこは南端の街、アミュル」

「……アミュル」


 サウサミーケがニフユによじ登って目を凝らす。太陽の光が射すオレンジ色の瞳は少し薄く見えた。

 彼女目には町並みもうっすらとしか見えないのだろう。サマリスの魔法陣の瞳にはくっきりと家々の壁まで見えていた。


「サウサミーケ。墓はアミュルの方じゃないんだ」

「なら、サマリスの家はどこ?」

「……家って」

「カベック家だよ。一角獣に野ばらに星三つ」


 紋章まで言って、サウサミーケがきょとんとした顔をする。彼女が落ないようにと足を掴む手にくっついている無数の瞳はサウサミーケのことしか見上げていない。


「……それ、関係あるのか?」

「ないよ。興味本位」

「なら、よしてくれ」

「……そうだね」


 サマリスが眉間にシワを寄せると、それをものともしない悪い顔をするサウサミーケがいたのだった。

 ふたりの別れは近い。


「そうだ。目的地はシェーパースの手前だったものね。そこに墓があるのか」

「ああ、多分な」

「多分って?」

「わからない」


 要領を得ない喋り方をするサマリスにサウサミーケが首をかしげた。

 アミュルに至る道を逸れて、二人と一匹が寂れた道に入っていく。

 ニフユの上に乗っていたサウサミーケが「鈍ってしまう」と言って、パタパタと歩き始めた。

 ニフユはあたりを伺うように首を巡らす。全身に目玉があるのに、そんな動作はまるっきり無駄なはずだ。

 鬱蒼とした森の中だ。サウサミーケもサマリスもニフユもそれについてはなんとも思わなかった。今まで旅をしてきたところと差異はない。少し行くと上り坂になる。どうやら緩い丘になっているようだった。

 登りきったところから古びた屋根が見える。別れ路が続いていた。


「サマリス、あっち?」


 サウサミーケが屋根を指差す。サマリスは黙って頷いた。

 屋根から続く小さな小屋のような場所だった。サマリスが夢に見たあの場所である。サウサミーケが先を歩いて行ってしまう。サマリスの足は重く、ゆっくりと動いた。

 オレンジ色の頭のうしろに、彼女の使い魔が続く。数個の瞳がサマリスの挙動を監視している。

 丘を駆け上がって風がやってくる。サマリスが夢で見たものに似ていた。

 サウサミーケが立ち止まる。小屋の扉が見えた。その近くに小さな墓石を立てたはずだった。今はどこにもない。ニフユがサマリスを振り向く。あくまで顔を向けたいらしい。

 少女の軽い声が震えていた。


「サマリス、墓は? ないけど……」

「予想はしてた。どうせ兄貴達だ。掘り返したか、それとも……」

「どうして普通の顔してるの?」

「どうしようもない。俺にはどんな顔していいかわからない」

「サマリス、ここで用心棒は終わりだ」


 サウサミーケが静かに言った。風が吹く。彼女のオレンジ色の髪の毛が揺れる。

 墓はなかった。だが、当初の目的は果たされたのだ。サマリスがゆっくりと瞬きをした。


「次は、あなたの友人だ」


 サウサミーケが言う。


「あなたはサウサミーケの初めての友人」


 サマリスの前に小さな浅黒い、傷だらけの手が差し出されている。幼いくせに、力はある。そんな不思議な手だった。

 彼が見ていたあの夢とは似てもにつかない。振り返った顔は少し怒っているのかもしれない。


「……サウサミーケ」

「サミーだ」


 彼女が小さく首を振った。何かを決意した顔である。


「サウサミーケの大切な人はみんなサミーと呼ぶ。友達っていうのは、初めてだけど、きっと友達もサウサミーケのことをサミーと呼ぶ。そうだろ?」


 わずかに笑った。そうしていれば幼い子供であるのに、言うことはもう子供ではないのだ。


「サミー」

「行こう、サマリス。二人にはやらなきゃいけないことがある」


 割れた墓石の前でサウサミーケが言う。

 どのニ人のことかなど、サマリスには聞けない。

 サウサミーケの小さな手が力強くサマリスを引っ張る。彼の骨と皮の体ではちぎれてしまいそうだ。

 オレンジ色の襟足が、足の動きに合わせて揺れていく。


「サマリス、怒るんだ。こんなのはおかしい。どうして死者が冒涜される? 君の思い出はまだ生きているはずなのに、どうして踏みにじられている?」

「……」

「ジェニスが可哀想だ」


 彼女の足はしっかりとある場所に向かっていた。


「サウサミーケは怒っているよ。世の中にはいろんな人がいるけどね、ちゃんと言ってやらなきゃわからないっていう不思議な生き物だっているんだね。なら、サウサミーケはその人たちが分かるまでずっと言って聞かせてあげるよ」


 サマリスは答えを返せなかった。自分はその一人かも知れない。


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