第33話

 それから五日が経った。二人と使い魔一匹の旅はなんの問題もなく進む。今までの妨害がまるで嘘のようだった。目指すシェーパースまではあともう少しだ。

 サマリスの魔法陣は全て問題なく回り続けている。サウサミーケは少しずつ魔法を覚え始めていた。昨日は防御壁の魔法を覚えたらしく、一日中それで体を覆い、ニフユに攻撃をさせていた。もちろん哀れな使い魔は一日中攻撃を仕掛けていたが指一本触れることはできなかった。

 サウサミーケの魔法の才能は恐らく本物である。魔力の強さも、センスも、覚えの速さも。世が世なら彼女は大魔法使いと呼ばれていてもおかしくない。もちろん本人にはそんな自覚はないだろう。大きなオレンジ色の瞳がサマリスを見上げた。


「サマリス」

「なんだ?」

「シェーパースまであと少しだよ」


 自分から外された視線はずっと先を見据えている。

 道は続くばかりだ。だんだんとサマリスが見慣れた道になりつつある。ようやくサウサミーケの正確な道案内がなしでも歩けるようになる。サウサミーケはサマリスの少し後ろを歩き始めていた。時折じゃれるようなニフユとの会話が聞こえる。


「これが終わったら、どこに旅をしようか?」

「結局金はないままだろ? どうせまたどこかで働くんだ」

「やめてくれよ。もうそんな話?」


 サウサミーケがわずかに笑った。ニフユが彼女を抱え上げる。


「あいつがちゃんと金をくれるとは限らないぞ」

「今まではちゃんともらってるよ。今更渋りはしないでしょ?」

「最近は仕事らしい仕事してないんじゃないか?」

「用心棒はもしもの時のためにいるんだ」


 ニフユの高い肩に乗せられてサウサミーケが笑っている。髪の毛を引っ張るような仕草をするが、ニフユは気にもとめていないよだった。


「もうすぐで、シェーパースだ。そうだね、サマリス」

「ああ、そうだ」


 サマリスが確かに頷いた。

 穏やかに、三人のそばを馬車が通っていく。御者が驚いたような顔でニフユのことを振り返る。

 サウサミーケが首をかしげた。


「魔法を使うとお腹が空かないか?」

「……」

「なぁ、サマリスったら」

「あ、ああ。俺に喋りかけてたのか」

「そうだよ。ニフユが魔法使うはずないんだから」

「そ、そうだな」


 余りにもぼんやりとしたつぶやきで気がつかなかったのだ。サウサミーケが頷く。カバンからはいつのものかわからないパンと干し肉が取り出された。


「魔法を使い始めてからだ、こんなにもお腹がすくようになったの」

「お前は、子供だから……」

「それでも変だよ。お腹がすく。サマリスはお腹空かないの?」


 古く、硬くなった干し肉をブチブチと噛みちぎりながらサウサミーケが訊く。浅黒い肌の中、真っ白な歯がキラキラと光っていた。


「俺は、あんまり……」

「じゃあ、サウサミーケが変なんだろうか」

「わからないな」

「ほんとにね」


 さして美味しくなさそうにサウサミーケが干し肉を噛む。そういえば、旅を始めた頃よりも食べる量が多くなったようにも思えた。逞しい腕がニフユの頭にしがみついている。足は自由にブラブラと、ニフユの肩あたりを叩いていた。


「そろそろお昼ご飯の時間だ」

「また、街にはつかなかったな」

「いいよ、干し肉と固いパンと、野草でも。お腹いっぱいになれば」


 サウサミーケのそのつぶやきがなんとも悲痛に思えた。


「サマリスも食え」


 声と同時にものすごいスピードで干し肉が投げつけられる。サマリスが驚いた顔でなんとか受け取った。まだ茶色くなっていない、比較的新しいものだ。サマリスはあまり食物を口にしない。

 子供の頃からそうだ。何かを口に入れると兄たちのことが、ぼんやりと頭の中を過るからだった。

 サウサミーケが首をかしげている。


「ご飯を食べるんだ。すると不思議さ。魔法も使ってないのに元気になる。サウサミーケはそう思ってるよ」


 言う声は軽やかだが、顔は至極無表情である。いや、硬い肉を噛みちぎろうと時折しかめるような形だ。

 瞳は遠くを見ている。


「二姉のご飯は美味しいんだ」

「今はこの場にないぞ」

「あるのは、干し肉。文句は言えないんだ。食え」


 サウサミーケがまた干し肉を噛みちぎった。

 サマリスの手の中にも似たようなものがある。彼は特に嫌いなものも好きなものもない。強いて言うなら食べることが嫌いだった。恐ろしかった。

 彼の後ろで咀嚼音が聞こえている。それに混じって歩く音が一つ。ついでに言うならば、風が草を揺らすお供だ。

 干し肉がサマリスの乾いた口の中に入る。こけた頬が、凹んだ瞳が、なんとも言えなさそうに歪んだ。


「マッズ……」

「そうだな。これは爬虫類型の魔物の肉だ」

「あの、はじめの森の?」

「その通り」


 いつから入っていたのかと心配になったが、やはりそうらしい。良くもこんなものをなんともないような顔で食えると思ったが、サマリスは空地に入れた干し肉を吐き出しはしなかった。

 硬いものを噛みちぎろうと何度か咀嚼する。硬い。


「サウサミーケ、これうまいか?」

「食べれるか食べれないかだよ」


 簡潔な答えだ。どちらかといえば彼女らしい。もうすでに彼女は二枚目に突入している。


「まぁ、なんていうか。美味しくはないね」


 サマリスが口の中の干し肉を水で胃まで押し込む。サウサミーケがその様子を後ろから興味深そうに見ていた。

 男が尋ねた。顔は見えない。


「サウサミーケ、お前は何が好きなんだ?」

「何が?」

「食べ物」

「……特に好き嫌いはないけど、強いて言うなら、食べれないものは嫌いだ」


 本当に簡潔な答えだった。

 二人と使い魔一匹は歩き続ける。


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