第28話
「サウサミーケはニフユとのこともうちょっと考えたいな」
「あ?」
先ほどの店の近くにあった隠れ家的なダイニングの中だった。ひっそりとしているが、ひと皿のボリュームが多く、サウサミーケを満足させる。ひき肉とトマトのパスタを四皿ほど平らげた頃サウサミーケが顔を上げた。
顔が幼い。口の端にトマトのソースがついて、恐ろしいことになっている。
「パルムラウセでニフユとサウサミーケのことどうにかするんでしょ? でも、サウサミーケはまだ気持ちが固まってないよ」
「ああ」
足元にある箱をサマリスが少し寄せて、軽く頷いた。
「だが、このままズルズル未契約のまま続けても辛いのはお前とあいつだぞ」
「それはわかってるよ。宙ぶらりんのままで一番かわいそうなのはニフユだもんね」
そんなことはわかっていると言うかのようにサウサミーケが頷いたが、その表情はどこか浮かない。
まずは口元のトマトソースを拭いてからだろう。すべての話はそれからだ。
口の端が赤いまま、サウサミーケがまたしゃべりだす。どうにも格好がつかなかった。
「でも、上手く考えがまとまらないんだ……」
サマリスがナプキンを差し出すとそれを黙って受け取る。今まさに五皿目のパスタが運ばれてきた。ナプキンはまったくもって意味がない。
足元でコトンと何かが倒れた音がする。サウサミーケがすかさず下を向いた。
サマリスも机の下を見る。どうやらサウサミーケが買った新しいランタンが倒れたらしい。どんなものを買ったのかは知らないが、随分大切にしているらしい。倒れた袋を起こす手つきが優しかった。
机の下で目が合って、サウサミーケが少し笑う。サマリスは彼女の考えていることがわからなかった。
体を起こしながら彼女が言う。
「ほら、ニフユとは……その、そんなに長いあいだいないけど、結構助けてもらったり、協力したりしたことがあるんだ。なんていうか、それで。サウサミーケはニフユに見合っているのかな、って思ったりすると……うーんって。考えるわけ」
まるで自分に言い聞かせているかのようだった。それこそ、彼女は本当はもう答えを見つけているのではないかとすら思う。ならば、どうしてこんな相談をサマリスにしているのか。
追い詰められている、とは違うだろう。きっと彼女は未来永劫追い詰められるようなことはない。そんな予感がサマリスの心の中にはある。
きっと彼女の求めている言葉があるはずだ。サマリスはそれを言ってやれるのだろうか。
「ニフユにはもっとお似合いの人がいると思うよ、確かに。使い魔が嘘つけないって言うのは本当らしいから、ニフユが言っていたことは本当なんでしょ? なら、きっとニフユはサウサミーケには似合いじゃない」
「どうしてそう思うんだ?」
「まさか、サマリス。サウサミーケと英雄のフォシュタ・カベックが同じだと思うの?」
サマリスが少し考える。
「まあ、俺はフォシュタを知らないからな。言い伝えなんて実際尾ひれがつくものだし。それに、魔王を倒したときフォシュタは三十かそこいらだったろ? サウサミーケはまだ十ニ歳じゃないか。そこでフォシュタとサウサミーケを比べるのは間違っているだろ。少なくとも俺はそう思うがな」
「サマリスはサウサミーケの味方なのか、ニフユの味方なのかイマイチわからないな」
皿の上のパスタはもう半分も残っていなかった。真っ赤に染まったフォークの先がサマリスの方へ向いている。
サマリスが顔をしかめた。
サウサミーケが大きな瞳を向ける。魔法陣がオレンジ色の背景に映り込んだ。
「昨日の夜は、ニフユと何か言い合いしてたじゃん?」
「……」
首をかしげるようにして言う。目の前にそれを見ていたくせに、その事実を確認するかのような行動だ。
サマリスが答えに詰まるのを見て、サウサミーケがパスタを口に運ぶ。
「聞いてたのか?」
「何言ってたのかは知らないよ。でも、ニフユもあんなふうに怒るんだとは、思ったよ」
「そ、そうか……」
真っ赤なパスタで口の中をいっぱいにしながらサウサミーケが答える。サマリスがまた嫌な顔をした。
サウサミーケは気にも止めていない。
口の中で噛み砕かれたものをゴクリと飲み干した。
「何を話してたの?」
「い、いや……」
「言いたくないならいいよ、別に」
瞳は好奇心で満ちていたのに、思った以上に簡単にその話題を手放した。
いつの間にか最後のパスタも口の中に運び込まれていた。皿の上はすっかりきれいになっている。サウサミーケが何とも言えないような顔をしながら咀嚼していた。
こんな顔をしている時の彼女はだいたい何かを考えている。
サマリスもだいぶこの最強少女の扱いがわかってきていた。
今度は口の中のものを飲み込んでからサウサミーケが口を開く。
「言い合いしてたくせに、ニフユのことを助けるようなことを言うから不思議なんだ。ニフユの目的はサウサミーケとの契約だろ? それでも、サウサミーケはどちらにしようか悩んでいるじゃない。相談できる人はサマリスしかいなくて、それでサマリスはニフユの味方になるようなことを言うから。不思議なんだ」
「そんなこと言ったか?」
「言っているよ。少なくとも、サウサミーケはそう思ったし、ある程度はサマリスの話を判断材料にするよ?」
サウサミーケが首をかしげる。彼女が言いたいのはそういうことだったらしい。
サマリスが青ざめた。
「や、やめてくれ。俺はそんなつもりない」
「つもりがあるか、ないかなんてそんなの関係ないよ。サウサミーケがどう思うかじゃん」
オレンジ色の瞳がサマリスの瞳を覗き込む。
きっと彼女より、サマリスの方が覚悟が決まっていない。
給仕が空の皿を片付ける。一瞬サマリスを見てぎょっとした顔をしたが、さすがはプロだった。すぐに、目の笑っていない笑顔に戻る。
サウサミーケがそれを横目で眺めていた。
机の上にはヒルムセムトの魔道書が出される。彼女がサマリスに渡されたナプキンでようやく口を拭いた。
給仕が厨房の方に引っ込んでからサウサミーケがまた口を開いた。
「だって、サウサミーケはサマリスを助けたでしょ」
「ああ」
「でも、サウサミーケはサマリスを助けたつもりはないよ」
「はぁ?」
「サマリスの持ち物を見て、ちょっとだけ期待してた」
オレンジ色の瞳が悪びれる風もなくそう言い放つ。
サマリスが諦めたように息を吐いた。
「そういうことか」
「そう。でも、結果的にはこうなったでしょ? だから、サマリスだって意識してなきゃいけないんだよ」
彼女がそっと魔道書を開きながら言う。
瞳は本の方に向けられているが、意識はサマリスの挙動に向けられているはずだ。彼女はそういう子供だ。最強を目指しているのだから。
数ページ本をめくって時折文字列をなぞる。読んでいるのか読んでいないのか。彼女は本当にニフユとのことを迷っているのか。
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