第27話

「それから、一個聞きたいんだけど、さっきからニフユが言ってる世界征服って何?」

「俺様の野望」

「面白いね」

「あ、馬鹿にしてんだろ? 俺様絶対魔王になるんだぜ。絶対だ」

「そう」

「あれ? 興味ないの? フォシュタが倒した魔王だぜ?」

「別に。きっとニフユがなった魔王よりも、おじいちゃんが倒した魔王の方が強いから」

「それはどうかな。俺様はその魔王をこの目で見た」

「へぇ……」


 サウサミーケの返事は釣れない。


「なんだよ、可愛げのないやつだな。子供ならもっと英雄伝説に興味持てよ」

「いや、今時の子どもは英雄伝説なんかもう興味ないよ。多分ね」

「なんで?」

「英雄フォシュタの像は取り壊されるんだ」

「あんなの石の塊じゃんか。俺様でも壊せるぜ」

「壊すのは簡単。守るのは難しい」


 彼女がそう呟いた。

 わずかに上を向いてはいたが、ニフユと視線が合わない。何か考え事をしているらしい。

 ランタンの森を抜けて、左右を見回す。


「サマリスを探そう」

「おいおい。入れ違いになったら面倒だぞ」

「入れ違いにならないよ」

「なんで?」

「勘」

「またか」

「でも、よく当たるでしょ? サウサミーケは最強だから」


 わずかに笑みを浮かべてオレンジ色の頭がそんなことを言う。ニフユが彼女の頭の上に大きな手を乗せた。


「少なくとも、最強とは関係ないと思うぜ」


 店内は広い。同じ作りの棚が等間隔でいくつも並べられている。服に、カバンに、靴に、帽子に、食べ物に、本、地図。棚ごとに手を替え品を替え。沢山のものが並べられている。ひとつ間違えれば迷ってしまいそうだった。森の中の方がまだ迷わない。

 上を見上げると、これまた同じランプがぶら下げられている。葬列のように長く続いていた。


「迷いそうだ」

「案外あいつも迷ってたりしてな」

「そりゃ大変だ」


 言う言葉と表情は全くあっていない。ぼんやりと口を開けたまま彼女はランプを眺めていた。手には値札のついたカンテラが握られている。

 ニフユが開いていた口を上からそっと蓋をする。

 オレンジ色の瞳がぎろりと睨んだ。


「やめてよ」

「悪いな」


 目が半月型になって、わずかに肩が揺れた。


「なあ、サミーの夢は?」

「は? 最強だよ、さ、い、き、ょ、う」

「いや、それ以外にさ。あるだろ?」

「……ないよ」

「ほんとにか?」


 彼女の隣に並んでニフユが聞く。彼の真意がサウサミーケにはわからなかった。ニフユが最強の意味を分からないはずがない。ならば、何か難しい頓智か、それともまたサウサミーケを騙そうという魂胆なのかもしれない。


「騙そうたって、そうはいかないよ。サウサミーケは用心深くなった。勉強だってしたからな」

「なんのだよ。何の話だ?」

「ニフユはまたサウサミーケを騙そうとしているな」

「何のために? 別に、ただの興味本位だよ。俺様はサミーのこと大好きだぜ? なんでも知りたいんだ」

「サウサミーケからそんなこと聞いたって、ニフユが知れるのはサウサミーケの知っているサウサミーケだけだ。なら、ニフユが自分で考えてサウサミーケのこと見ていたほうがいい」

「そうしたって、サミーの考えてることまではわからんよ」

「本当にそうか?」

「ああ、多分な」


 サウサミーケが首をかしげる。


「でも、母親は自分の子供の考えていることをぴたりと言い当てる。この子はお腹がすいてる、とか、この子は眠いんだ、とか。あれって、たぶんその子を見て感じてるんだろ? なら、ニフユだってそれができるかもしれない」

「少なくとも、一個だけはわかるぜ」

「何?」

「サウサミーケがお腹すいているか、いないか」

「ああ、それは……」


 ちょうどに食料品の並べられたブースを通りかかる。棚に置かれた大きな瓶の中に干し肉や、焼締めたパン、乾燥させた果物が並んでいた。

 オレンジ色の瞳がそれを映す。彼女の口の中が潤った。


「サマリスを早くみつけよう」

「はいはい。サミーの勘だけが頼りだからな。ガンバレよ」


 彼女がまたニフユの少し先を歩き出した。

 小さな背中についていきながら、ニフユが緩く思考を回し出す。よくよく見ればジェニスと彼女は似ていない。まったくもって。オレンジ色は一緒だが、たったのそれだけだ。オレンジ色の髪の毛や瞳なんてこの世界を探せばごまんといるだろう。それに、彼女はまったくもって白くない。浅黒い肌が、わずかに輝いて見える。

 サウサミーケが唐突にしゃべりだした。


「それでも、そうだな。最強以外なら、母さんのためかな」

「お前の夢?」

「そう」


 サウサミーケが頷いた。顔は見えない。しっかりと前を見据えていた。


「母さんのためだ。母さん、きっと喜ぶんだ。」

「お前が最強になれば喜ぶのか?」

「うん。父さんは、フォシュタの息子だろう? 母さんは、父さんと結婚して、兄者や姉者やサウサミーケを産んだけど、それは嬉しくなかったんだ。だって、母さんは父さんが好きだったから」

「サフィは?」

「……ニフユ、よく父さんの名前知ってるね」

「まあな」


 突然に出てきた父の名に、サウサミーケは驚いていた。だが、ニフユは元英雄の使い魔だったのだ。知っていても変ではない。


「父さん……サフィは崖から落ちて死んだよ。サウサミーケが生まれてすぐのことだったって。そう聞いてる」

「じゃあ、お前父親の顔を知らないんだな」

「そうだよ」


 彼女が小さく頷いた。

 未だにサマリスは見つからない。


「強かったのか?」

「さぁ? 誰もそんな話ししないから。知らない。でも、サウサミーケの父さんだから、強いんじゃない? 多分ね。母さんも強いほうが好きだし」

「サミーの母親はどんな人間なんだ?」

「普通の人だよ。農家の娘だって。今はベッドの中」

「……病気か?」

「うーん、多分ね。多分そうだ」

「なんだそりゃ。医者も名前をつけられない病なのか? サウサミーケが魔法を覚えれば治るんじゃないか?」

「それは無理だ」

「どうして?」


 ニフユの質問にサウサミーケがわずかに上を向いた。


「だって、心の病だもの。あんなもの、誰にも治せない。治せるのは死んだ父さんだけだ」


 ニフユが立ち止まった。サウサミーケが気がつかず歩き続ける。ふたりの間に少しの間が空いた。

 サウサミーケが振り返る。


「他に聞きたいことはないの?」

「……」

「ニフユ?」

「いや……」


 ニフユがわずかに俯く。歩き出して、また元の距離に戻った。

 使い魔がゆっくりと口を開いた。


「お前、自分の婆さんの顔知ってるか?」

「おばあちゃん? 知るわけないよ。だって、フォシュタの顔だってサウサミーケは知らないんだ」


 サウサミーケがそう言い放つ。ニフユはしばらく黙った。大きな間を空けて、ニフユが言った。


「お前の婆さん、ルアミアはな、お前にそっくりだぞ」

「……強いってこと?」

「まさか、あれが強かったら俺が困る」

「そうなんだ」


 あまり興味もなさそうにサウサミーケが頷いた。頬を触ってからニフユを見上げた。


「なら、強さはフォシュタに似たんだね」

「……多分な」


 ニフユが緩く頷いた。

 棚の影に、よく見た姿を見つける。サマリスだ。

 サウサミーケの勘は本当によく当たった。


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