第20話

「サマリス、サマリスほら。出ておいでよ。もう終わったよ」


 サウサミーケがそんなことを言いながら、自分の背負っていた荷物をひっくり返す。中から転がり出てきたのは、サマリス本人とサウサミーケのカバンだった。

 出ておいで、という言葉をかけた割には、サマリスに対してきつい態度をとっている。

 抵抗もなくゴロリところがされて、サマリスが地面に横たわる。短いパサパサの髪の毛に枯れ草が絡まっていた。

 道から外れた茂みの中である。

 サマリスがわずかに眠そうに訊いた。


「うまくいったか?」

「うまくいったなんてもんじゃないよ。まさか、あんなになっちゃうなんて、思いもしなかった。魔法ってちょっと怖いね」

「そりゃよかった」


 サウサミーケがサマリスに手を差し出す。包帯も、魔法陣ももうない。

 彼女が魔法を唱えた途端あたりが光に包まれ、彼女の近くにいた人たちは倒れていた。まさかと思って砦の中も覗いたが、砦の中の人間も眠りこけているような姿になっていた。誰かが持ち込んだらしい、動物だけが檻の中で起きていた。

 サウサミーケが言う。


「誰も怪しんでない。ていうか、誰も覚えてないだろうね」

「そういう魔法だったからな」


 サマリスが髪の毛を梳いて枯れ草を取る。魔法陣の瞳がサウサミーケを見た。


「体に、何か変化とかあるか?」

「……特には」

「腕がしびれるとか、体が痛いとか」


 サマリスの言葉に合わせて彼女が体の部位を触っていくが、首をかしげるばかりだ。肩を回したり、その場で跳んでみたりしたあと、不思議そうな顔をした。


「ないなぁ、なんだろう。サウサミーケは少し変なの?」

「今更そんなこと気にしてどうするんだよ。どうもこうもないね。お前は相当変なんだ」


 サマリスの言葉にサウサミーケが上を見上げる。この男もなかなか、強情である。伏し目がちな瞳の中に魔法陣がぐるぐると回っている。


「サマリスには言われたくないかもね」


 サウサミーケがそう言ってくすくすと笑った。

 二人が歩き始める。サマリスはいつも通り大きな荷物を背負い、サウサミーケがくたびれた革の袋を背負った。

 サマリスよりも数歩先を歩いていたサウサミーケが立ち止まった。くるりと振り返ってサマリスを見上げる。いつもよりも気の抜けた顔をしていた。

 彼女が何を言いたいのかサマリスにはわかるような気がする。


「でも、まさか。初めて使う魔法が、水を出す魔法でも、箱を開ける魔法でも、火を出す魔法でもないだなんてね」

「何だ、まだそんなこと気にしているのか、サミー」

「ニフユにとっては順番なんてどうでもいいことなのかもしれないけれど、サウサミーケにとって順番っていうのは重要なんだよ?」

「うーん。わからねぇな。早いか遅いか、より、どうやってそれを使ったかじゃねぇの?」

「わかってないね」


 サウサミーケのオレンジ色の瞳が光った。

 何事もなかったかのように会話に割って入るニフユについて、彼女は思うところがないらしい。


「どうやって、っていう結果には、大きいや小さいがあるでしょう? すごい結果とか、普通の結果とか、あまりすごくない結果とか。ていうことは、サウサミーケがどれだけすごい結果を出しても、そのうちに誰かに抜かされてしまう。でも、一番か二番か、の違いは全くもって違うじゃない。こっちは絶対に誰にも抜かされない」


 小さな手が指を立てて説明していく。再び歩き出していた。

 朝以来に嗅ぐ木々の匂いが懐かしかった。

 サウサミーケの影から這いずり出てきたニフユが立ち上がって、考えるように俯く。納得がいかないようであった。


「そんなもんかなぁ。だって、すごいか、すごくないかっていうのはサミー自身の問題だろ? そんなの他人の俺には関係ないしなぁ……」

「自分がいるってことは他人もいるっていうことだよ」

「サミーはくだらない他人なんか気にしているのか?」

「もちろん。だって、他人がいなきゃサウサミーケは最強じゃなくなっちゃうじゃない」


 隣に並んだ大きな使い魔を見上げてサウサミーケが主張している。見上げなくても、彼の目とは合うはずだ。足や腹、手に腕にいたるところに目玉は付いている。三百六十度見渡せる。背面にくっつく数個の瞳がサマリスを見つめていた。

 それでも、サウサミーケは見上げてニフユを見る。目玉は頭部にあるべきだと思っているのだろうか。

 不思議そうな顔をしてニフユに説明する。


「サウサミーケは勝てるから強くなってるんだ。でも、まだ、戦ったことない相手も、サウサミーケが怖いと思う相手もいるんだよ」


 それは意外だ。彼女は自分が最強だと自称するのだから怖いものも、恐れるものもないのだとニフユとサマリスは思っていた。ふたりの視線がちらりと重なる。

 先に口を開いたのはニフユだった。サウサミーケに直接見られていたせいもあるかも知れない。


「例えば? 誰だ?」

「ニフユ、その人を倒しに行く気だね? サウサミーケにも勝てやしないのに。サウサミーケに勝ててからにしなよ。そういうことは」

「いや、俺様は何がどう転んでも絶対にサミーに勝てないからよ」

「……諦めたってこと?」

「違う違う。使い魔は、主人に勝てない。そうなってる。もうちょっと厳しく言うなら、殺せないんだよ、主人のこと」


 ニフユが、わずかに身をかがめて言った。人間で言う顔の部分がサウサミーケに近づいた理由はなんなのか。彼女に何か圧力を書くるつもりだったのかもしれない。

 だが、当の本人は新しい情報にただただ感心しているだけのようにも見えた。オレンジ色の瞳が見開かれ、新しい光を放っている。それは好奇心か、驚きか。


「へぇ」

「でも、これも覚えておけよ、サウサミーケ」


 ニフユが全身の瞳を彼女に向ける。


「使い魔と契約した人間も、契約した使い魔は殺せないんだよ」

「へぇ。そりゃすごいね」


 サウサミーケは彼の顔あたりにある瞳を見つめていた。

 パルムラウセはもうすぐそこである。


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