第19話

 ニフユがふと思い出す。それを思いとどまろうとする前に口が開いてしまったのはなぜだろうか。嫌な感情があったかもしれなかった。


「なあ、サマリスのこと、あまり信用しないほうがいいぜ」

「……どうして?」

「いや、それは……」


 サウサミーケのオレンジ色の瞳が見つめあげている。彼女の背にはその男が背負われていた。


「あ、わかった」


 答えあぐねているとサウサミーケが口を開く。


「そりゃ、そうだ。嫌いにもなるよ。だって、サマリスはニフユとサウサミーケを別れさせる手伝いをしているんだもんね」

「ああ、だから」

「でも、どうして?」

「どうしてもこうしてもないだろ? 俺様はサウサミーケと契約したい。なのに、あの男は俺様とサミーの邪魔をする。だから、信用しないほうがいいって」

「それは、ニフユの視点じゃないか」


 オレンジ色の頭をした少女がそう言い放った。


「サウサミーケの視点からしたら、サマリスはそんなに悪い奴じゃないよ。ちゃんと仕事のお金は払ってくれるし、まあ、ちょっとは契約違反だけど……」

「そ、そもそも、俺様はサミーがあいつの用心棒しているのも嫌なんだ!」

「なら、サウサミーケがサマリスとその話をしている時に言えばよかったんだ。どうして今更になってそんな話をするの?」

「……それは」


 ニフユがグッと押し黙る。

 このお喋りな使い魔にも、喋りたくないことはあるのだなとサウサミーケは思った。


「ともかく、サウサミーケはサマリスの用心棒辞める予定はないよ。嫌なら、ニフユがどっかに行けばいい」

「サミー……」

「……」


 傍目から見れば黒髪の大男が小さな少女にすがっているという世に奇妙な図であるが、渦中のふたりは全く以て気にもとめていないようだった。サウサミーケのオレンジ色ン瞳は前しか見ていなかったし、ニフユの無数の瞳はサウサミーケしか見ていない。そこに他人など存在していなかった。


「それにもしも、ニフユがサウサミーケと本当に契約したいって言うんならね、そんなことは言わないほうがいいよ」

「……」

「サウサミーケは人の悪口言う人嫌いだ」

「……悪い」


 サウサミーケはニフユに顔を向けない。目前に迫った検問所の門を見つめていた。

 お互いにしばらく黙る。ガヤガヤとした人の声が入ってきていた。

 サウサミーケがため息をつく。


「別に、ニフユが嫌いっていうわけではないから」


 ポツリとそう言った。

 ニフユがパッとサウサミーケを見るが、顔色も変わっていなければ、呼吸もいつもどおりである。よくよく考えれば嘘など付けぬ騙されやすい子供だ。

 使い魔は何も返さなかった。

 ふたりの会話が終わった矢先だった。

 サウサミーケの目の前に、槍の矛先が突きつけられる。彼女がこんな下らないものに引き裂かれることがないのは分かっていても、思わずニフユが彼女を自分の後ろに追いやってしまう。


「止まれ」


 と言ったのは、門兵として立っていた男だった。

 瞳はらんらんと輝き、彼の活力を表している。

 サウサミーケを見下ろし、ニフユのことを睨んでいるらしかった。

 二人共に、目立つのは承知であったが、ここまでの疑いの目を向けられるのは想定外であった。

 建物の中に入る前に、捕まるなどとは。


「名は?」

「サウサミーケだ。こっちの大きいほうがニフユ」

「その姿は……?」

「道化師なんだ。かっこいいだろ?」


 サウサミーケがすかさず答える。彼女の方はいたって普通の姿だが、ニフユの方は奇妙だ。指の先まで幾何学模様と極彩色だ。

 門兵が嫌そうな顔をした。

 サウサミーケが強い瞳で彼を見据えている。


「どうしてそっちの男は喋らないんだ?」

「こいつ、喋れないんだ。でも、意味は理解してるよ」

「……」


 ニフユが細めた目で門兵を見ている。気味が悪いに違いない。

 彼にしゃべるなと指示を出したのはサウサミーケだった。どうやら、うまくやる自信があるらしい。

 大きな荷を背負いなおす。ずしりと重そうだった。


「そっちの小さい方。随分大きな荷物を抱えているんだな」

「サウサミーケだよ、門兵さん。これは商売道具なんだ」

「そっちの男の袋の方も商売道具か?」

「うん。でも、あっちのほうが大切だよ。だから、彼が持ってるんだ」

「……荷物を改めさせてもらう」

「どうぞ」


 サウサミーケがわずかに頷いて、ニフユの背負っている方の荷の中身を見せる。瑣末な、そして貧相な荷物の中身だ。門兵がサマリスの魔法道具を手にとってしげしげと見ていたが、そのうちにニフユの荷物の中に戻した。

 ニフユの目がちらりとサウサミーケを見る。彼女の口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。

 手の甲には、魔法陣。

 彼女の魔法デビューにはもってこいのシュチュエーションである。

 包帯が外れて、浅黒い肌がむき出しになる。薄ら傷跡のついた手の甲に、魔法陣がぐるぐると踊っている。

 彼女を起点にしてあたりがオレンジ色の光に包まれた。


「ワ・ザ・リュンッヒスヅーフ」


 きっとニフユはあの門兵の驚いた顔を忘れないだろう。


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