第18話
パルムラウセはこの時勢においては非常に治安のいい街である。街の外から来る旅人や商人の起こす犯罪が少ない。
理由は、街が独自に設けている検問所のせいであった。
街の設けた独自の基準で、街に来訪する人間を選別している。尋ね人や捜索願が出ている人間、見た目が怪しいものがつまはじきにされるのは目に見えている。
そんな厳しい検問をくぐり抜けようと並ぶ列の中にどこか見覚えのあるような二人組が立っていた。
片方は見上げても足りないような大男である。ツヤのある長くて黒い髪の毛を無造作にしていた。切れ長の目と、不敵な笑みが顔を覆い隠す色彩鮮やかな布の上からでも伺えた。背中にはサマリスの荷物が背負われている。そして、その足元に隠れるようにしているのはサウサミーケだ。彼女はいつもと変わらないようにオレンジ色の髪の毛とオレンジ色の瞳をしていた。
いつの間に怪我でもしたのか右の手には包帯が巻かれている。
背中には荷物の少ない彼女には似合わないような大きなリュックサックが背負われている。人間一人くらいなら入りきってしまいそうだった。
一見異様な二人組である。もちろん親子には見えないし、かと言って主人と従者にも見えなかった。
列の中にも、近くにもサマリスの姿は無く、ただ、見たこともないような顔が続いているだけだ。
朝日と共に森を抜けてから、かれこれ数時間はこの列に並んでいる。ようやくその二人の目に検問所の門が見え始めたところだった。
長旅で疲れきった人、眠気に負けた人、腹をすかせた人、商魂たくましくそこで商売を始める人、その様相は様々である。何処か遠くでは楽器の音すら聞こえ始めている。どうやらこの状況を楽しんでいる人もいるらしかった。
サウサミーケが隣の大男を見上げる。大男はサウサミーケを見下ろしていた。
少女の方が口を開いた。
「長いね」
「そうだなぁ。あともう二時間か、三時間か……」
「長いなぁ、お腹すいてきちゃった」
「干し肉あるぞ」
「ほんとに?」
「俺様なかなか使えるだろ?」
男が目を細めてサウサミーケを見る。彼女は少し考えたあと言うのだった。
「干し肉持つ係にはちょうどいいかもね、ニフユ」
太陽は中天まで達している。
じり、とサウサミーケの脳天を焼いた。
ニフユから受け取った硬い鹿の干し肉をガジガジとかじりながら、サウサミーケのオレンジ色の瞳がわずかに細められる。
「まだまだだなぁ」
「だいぶ進んだろ?」
「そうだね」
周りの目から見ても異様な二人組であった。少女の方が顔を上げて男の方を見る。男の方はかがむことすらせず、ただ少女を上から見下ろしていた。
布ずくめの大男と、大きな荷物の少女。不思議な取り合わせである。
風に流されて音楽が聞こえてくる。ある日聞いた弦楽器の音に似ていた。同時にサウサミーケの包帯が揺れる。
彼女がわずかに、そこに視線を移した。
サマリスの姿はないが、サウサミーケは未だに食いっぱぐれていない。それどころか、ここにいるどんな用心棒よりも用心棒をしているに違いなかった。
「まさか、初めて使う魔法がこんなだなんて……」
サウサミーケが包帯が巻かれた手をじぃっと見つめて呟く。
その後ろからニフユが覗く。
「まあさ、試してみる価値はあるだろ? 魔法陣はあいつが書いたんだし、お前は手をかざして呪文を唱えるだけさ」
「それが難しいって言ってるんじゃないか」
「大丈夫だ。サミーならできる」
「できるかなぁ……」
サウサミーケが周りの目も気にせずに手に巻かれた包帯を押し下げる。そこには傷など一つもない。あるのは、いつも通り浅黒い彼女の肌と、わずかに光を放つ黄色い魔法陣だけだ。サマリスの物のように時折模様が組み変わったりはしない。
光はサウサミーケの鼓動と共鳴するように光を放つ。わずかに早いように気がするのは彼女の何を表しているのか。
サウサミーケの言葉を聞いてニフユが鼻で笑った。
「できなかったら、俺らが捕まるだけだろ?」
彼らの前に検問所の入口が立ちはだかっている。サマリスは新聞で大々的に探されている身だ。こんなところ堂々と入れるわけがなかった。
ニフユが極彩色の布の間から瞳を出してにぃっと笑っている。サウサミーケが驚いたことといえば、彼にある無数の目玉が、彼の任意で動かせるということだった。顔に散財していた瞳は、二つを残して布の下に隠されている。そうしていれば意外と人間らしかった。
だが、見てくれがどうあれ、彼が人間でないことに変わりない。
そして、サウサミーケもサマリスの用心棒であることに変わりはなかった。
「ああ、確かに。そうだね」
ニフユの方を見てわずかに頷いて、呟く。
「じゃあ、頑張ろうかな」
サウサミーケが大きな荷物をヨイショと背負いなおす。カバンがわずかに動いたようにも見えた。
検問所はすぐそこである。
要塞のようにそびえ立つ建物の中に、少しずつ人が入っていく。数十分に一組のようなペースだ。建物の中に消えて、それからもう二度と出てこない人もいれば、消沈した顔で出てくるような人たちもいた。
入口には門番が二人。揃いの制服を着て居並んでいる。
「物騒だなぁ」
とニフユがつぶやいたが、サウサミーケはわずかに頷いただけだった。
室内で何をしたのか、兵士のような出で立ちの人間に引き摺られて男が一人外に投げ出される。訛りのきつい言葉で何事が呪詛を吐いていたが、しばらくするとトボトボと歩いて姿が見えなくなった。
遠くから聞こえていた弦楽器の音が、今ははやし立てるように早くなっている。
サウサミーケがもう一度建物に目をやった。
「さっきのあの人みたいにはなりたくないね」
「サミーならここにいる人間相手なんかどうせ楽だろう?」
「多分ね。でも、ここにサウサミーケの知らない最強がいたらどうするの?」
「そしたら、俺様が手伝ってやるよ」
サウサミーケの言葉に反応して、ニフユが彼女の頭の上に手を乗せる。肘を載せるのには当然低い位置だった。無造作な頭がさらに茂みのような様相を呈する。
彼女は動きもしなかった。視線は未だに門番の方だ。
「サウサミーケより弱いくせして、何言ってるの?」
「いーや、俺様が弱いんじゃないんだな。サミーが規格外に強いんだ。びっくりするくらいにな」
「……褒めてるつもり?」
サウサミーケの瞳がゆっくりとニフユの方へ向いた。オレンジ色の瞳がそこにある。わずかに見開かれているような気がしないでもない。
「何? そのつもりだけど? 俺様は」
「わかりづらいね」
「そうかぁ?」
サウサミーケがわずかに笑ったのを、その自称使い魔は見逃さなかった。
「サミーよりも強い奴はそうそういないね。だから、自信持てよ」
「……自信、ね」
検問所の入口はもうすぐそこである。何事もなければ、サウサミーケのはじめての魔法は成功して、三人はパルムラウセに入れる。何事かあっても、サウサミーケの魔法さえ発動すればなんとかなる。最悪、ニフユとサウサミーケが戦って突破すればいい。荷物になっているサマリスは、そのままでいればいいわけだ。
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