第14話
「答えが出るまで、サウサミーケは質問するよ」
「…………」
そんな前置きをするのは、サウサミーケが確信を欲しいているからなのか。彼女の心をわかるものは彼女以外にいないのに。
サウサミーケが焚き火の近くにしゃがみこむ。膝を抱えるようなしゃがみ方で、いつか本で見た胎児のような恰好に近かった。
オレンジ色の襟足はもうすっかり乾いている。
「サマリスは、なぜさっきの人に様を付けて呼ばれていたの? やっぱり、オウファンの家に関係あるから?」
「…………」
「暗殺されそうになるのもそれ? でも、死なないのに、何回も殺されて可哀想だね? 死なないのはやっぱり、魔法のせいなの? サマリスの持っている本を読んだけど、不死身になれる本なんてなかったもの。それにそんなこと出来ていたら魔法は廃れないし、魔法のもとになっている魔界の王だった魔王は、おじいちゃんに負けなかったろうしね。サマリスは何者? 死なないのはどうして? 泥棒だと思ったのは、悪かったれど、それくらい教えてくれてもいいよね? ねえ、サマ――」
「サミー、もうその辺にしとけよ」
彼女の若い好奇心を止めたのは、他でもないニフユだった。争いごとにおいては彼女は年齢以上の才能と力を持っていたが、どうやらそれ以外は子供のそれであるらしい。対価を払うことをしない。
知識は全て与えられてしかるべきものだと思っているようである。だがそれは許されないことだった。学ぶのなら、金を払って有識者に師事を仰がねばならないし、剣の道を究めるなら、対価を払って師範に教えを請わなければならない。それが世界だ。そうして、彼女が誰かの過去を知りたいなら、真実を知りたいなら、彼女の過去を真実を教えなければならないはずだ。だが、サウサミーケはその二つを持ち合わせないほど、短調で単純な人間であるということを、使い魔であるニフユは知っていた。
彼女はたった一つ、『最強になる』ということにかけて、生きている。それ以外にないのだ。
それ以外、誇れることも語れることも何もない。
強いて言うなら、英雄フォシュタ・カベックの孫娘とでも言うべきか。
死人の背中を追いかけたところで、死に向かっていくだけである。
「サウサミーケは、サウサミーケ・カベックって言うんだ」
「カベック? あの英雄と同じ……」
「そうだよ。父さんがフォシュタの息子なんだって。顔は見たことないけど」
「俺は、サマリス・オウファンだ」
「オウファンって、あのオウファン?」
「サウサミーケが言っていた、あの十数年姿を見ない末弟だよ」
「ふうん」
サマリスは一世一代の決心のつもりで言った。自分が懸賞金のかかっている人間だということもわかっている。サウサミーケがサマリスの心臓が止まるまで殺し尽くして、その死体をオウファンの兄たちのところに持って行っても構わないと、なぜかそこまでの覚悟をしていた。
だが、サウサミーケはたった一言心ここにあらずといった感じで返事をして、その告白を終えた。
「……」
「……」
ふたりの間に沈黙が流れたが、風が吹いていく。強めの風で、森の木々を大きく揺らして、丁寧に組んであった薪をも倒した。火が大きく揺らめいで、今までの勢いがなくなり始めた。
サウサミーケがポツリといった。
「サウサミーケは八人兄姉だよ」
「……何の話だ?」
実に唐突な話でサマリスは首をかしげる。
ニフユは黙ったまま二人を視界に入れていた。
「サマリスが兄弟いるらしいから」
「……いじめられたりしないのか?」
「どうして? だって、普通はいじめないでしょ。家族だし」
「まぁ、そうだよなぁ……」
サウサミーケが何も考えていなさそうに、そう問う。実に純真な質問だったゆえに、サマリスの心に刺さった。
「サマリスはいじめられたのか?」
「そういうことになるな」
あれが、彼女の言ういじめであればそうだろう。彼は実にかわいそうで健気だったと、そういった類の話になる。
「そうか」
「あ、でも、サウサミーケも兄弟と喧嘩はするよ。特に一兄とするかな」
「一兄って……確か、俺と二つ違いじゃなかったか?」
「うん。三十歳」
三十歳と十二歳の喧嘩の様子である。なんとも想像に難い。そして、目の前でそんなことをやられた日にはどちらを止めるべきかは明らかである。
「やっぱり誰か止めるのか?」
「止めないよ。最終的にみんな参加して、それで……」
サウサミーケが考えるように少し上を向いた。顎に手を当てて「あれ?」と呟く。大きなオレンジ色の目がサマリスに向けられた。
「どうなるんだろう?」
首が小さく傾げられた。
「あ、でも誰も怪我してないから、やっぱり遊びだったんだよね。サウサミーケが一番弱いから、みんなそれに合わせて〝遊んで〟くれるの」
ゆっくりと喋るサウサミーケは、どこか不満そうである。その幸せな家庭のどこに彼女は不満を抱いているのか。
いつの間にかニフユの姿は無くなっていた。
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