第13話
「やぁ」
オレンジ色の髪の毛が重そうに揺れる。まだ少し湿っているらしい。
暗がりから二人の男が現れた。一方は筋骨隆々な男である。フードを被っていて顔は一度も見たことがない。左手の親指がかけていた。もう一方は細身の男で、フードをかぶっていない。鼻の高い、整った顔をしていた。耳あたりで切り揃えられた赤い直毛と耳にぶら下がった金のピアスが夜風に揺れる。
「先発が帰ってこないって思ったら、こういうことか。なんで、生きてるのかなぁ……サマリス様は」
「…………」
サマリスにとってよく見慣れた顔だった、この男に何回刺されたことだろう。何回崖から突き落とされたことだろう。正直、息も絶え絶えの状態で魔物の前に放り出されたときは本当に死ぬかと思ったものだ。だが、悪運が強いのか、サマリスは今もここで生きている。
「今週は、さっきのも数えてもう十回目ですよね? 殺したの。どうして死なないの? 確かにあの太った人たちから死ににくいとは聞いてたけどさぁ!! 昨日の夜は眉間にナイフ突き立てたじゃない! 今日は四肢を引き裂いたのに!」
「サマリスを殺すんなら、その前に用心棒のサウサミーケからでしょ?」
「……もちろんそのつもりだよ、このチビ。どんな魔法を使うかしらねーけど、二人も仲間を殺したんだ。お前のこと八つ裂きにして、魔物の餌にしてやる!!」
細身の男のほうが興奮気味に言う。どうやら、仲間を殺されたことに対して、サウサミーケに恨みがあるらしい。なんとも覚悟のないやつだと、サウサミーケは思った。
そのようなことでは最強には程遠い。
「そんなこと、やれるならやってみてよ。サウサミーケは少し楽しみだよ」
オレンジ色の瞳をらんらんとさせて、彼女が首をかしげた。炎と同じ色が、そこに燃えている。
汗をかいているのか褐色の肌が光を照り返している。なんとも雄々しい光景だった。物語の英雄がそこに立っているような気さえしてくる。
サマリスは少し恐ろしかった。自分を殺しに来た男たちがではなく、自分の命を簡単に仕事として差し出そうとしているサウサミーケがだ。
完全に男たちの瞳は目の前に立ちはだかるサウサミーケに向いている。サマリスなど、いつでも殺せるからだろう。
風が吹いた瞬間、事態は動いた。
「サウサミーケは、魔法使わないよ!」
あろう事か、サウサミーケは武器を男たちの方へ投げた。もちろん当たらない。彼らはサウサミーケのように道なき道を走って移動するような、そんな連中だ。そんな子供だまし、効きはしないのだ。
小さな体が飛び出した。裸足がむき出しの土を捉えている。タタッと軽やかな音とともに、サウサミーケの体は宙に浮いた。
抉るような鋭い蹴りだった。その小さな体のどこから練り出されたのかと思うほどの速さで、筋骨隆々な男の横っ面にめり込む。男がぐらついた。
だが、直後サウサミーケの足を掴む物があった。その隣にいた赤毛だ。彼女を引き剥がすように、木の幹に投げつける。叩きつけるような音とミシミシ、と木の歪む音がした。
「弱い!」
誰の声だったか。その軽やかさに、サマリスは耳が馴染んでいた。
飛ばされた木から、サウサミーケがそのまま戻って来る。拳が強く握られていた。狙っているのは男のうちのどちらなのか、彼女が拳を突き出すまで戦いなれた彼らでもわからなかった。それほどまでに、目が力強く開かれていた。焦点は合っているようで、どこか遠くを見つめているような、オレンジ色の瞳を二人の殺し屋は見ただろう。
左の拳が筋骨隆々な男の顎を砕き、右の足が赤毛の腕を軋ませた。
「弱い!!」
サウサミーケが再び唸った。
口と鼻から血を吹いて倒れる男を踏み台のようにしてサウサミーケが地面に着地する。勝負は一瞬で決まった。
筋骨隆々な男はまだ絶命していない。ヒューヒューと苦しげな音を立てていた。
サウサミーケが言う。
「腕や足を引きちぎるような人たちだからどんなに強いのかと思っていたのに。あなたたちの殺すっていう気持ちって、それくらいなの?」
彼女の足元で男の腕が動いたが、サッと避けて踏みつけられてしまった。
圧倒的な強さがサウサミーケにはある。
「どうせ、お金をもらってやっているんでしょうから、死なないうちに逃げたら?」
サウサミーケが笑う。今まで無表情だったのは何の冗談だったのかと思うほど、くるくると表情が変わった。
赤毛が獣の咆哮のような声をあげる。
「てめぇぇぇ!! 絶対殺す!」
懐から何本も針のような物が出された。目にも止まらぬ速さでそれがサウサミーケの足元に投げられたが、全て当たらない。踊りも知らない少女が、踊るような動作でそれを避けていた。
五メートル程の間を取って、サウサミーケが体勢を起こす。目は座っていた。
「逃げなさいよって、言ってるのに。サウサミーケは魔法使わないけど、ほかの子が使うのよ?」
サウサミーケの足元から黒い物が湧き出した。
いつの間に消えてしまったのかと思えばニフユだ。
無数の瞳がいろいろな風景を映し出している。不敵に笑う瞳孔の開いたサウサミーケ。謎の生き物の登場に冷や汗を流す赤毛の暗殺者、絶命も近い暗殺者、戦うことを放棄しているサマリス。ぐるりと見回したようで、その大半の視線がまたサウサミーケに注がれていた。
「サウサミーケ、お前やっぱり恐ろしくつえーな」
黒い瞳の大半が半月型になる。面白いのか、ゆらゆらと左右に揺れている。この使い魔、召喚者とまだしっかりと契約を行っていないのに、彼女を守るという意思があるらしい。
おかしかった。
赤毛の男がまた唸る。
「くそ、召喚者か……」
じりり、と近づいてきた髪の毛を跳ね除けて、絶命しかけている男を肩に担ぐ。
顔には憤怒と、焦りが見て取れた。
「サウサミーケだな、覚えておけ……」
それは負け犬の遠吠えであった。
影が見えなくなり、それと同時に足音も消える。それでもしばらくサウサミーケはそちらに目を向けたままであった。ニフユは直ぐに焚き火の近くに座って積んである本を読み出したが、サウサミーケはそのまま動かなかった。
ようやく、夢から覚めたようにサマリスが声を上げた。
「サウサミーケ……怪我は?」
「……ないよ」
「なぁ、」
「ねえ、サマリス。ひとつ聞きたいことがあるの」
サウサミーケの質問にどうして素早く返事を返せなかったのか、サマリスは自分を叱りつけたかった。サウサミーケのオレンジ色の瞳が、サマリスを見た。
実に静かな夜だった。わずかな土の匂いがあたりにしている。
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