第9話
「なあ、サマリス」
「なんだ」
「やっぱり魔法って難しいんだろ? サウサミーケにもできるのか?」
「大丈夫だよ」
「そうか」
サウサミーケの目の前にはまだいくつか皿が並んでいる。全て残りは半分以下だったが、サマリスの方はすでに片されて、飲み物のカップが置いてあるだけとなっている。
彼女が特別多く頼んだわけではない。ホットサンドがふた皿と、魚のフライをひと皿大盛りで頼んだだけだ。一方サマリスはパンをひとつ食べただけだった。
サウサミーケには何かしらの違和感がある。
ただ、それが確信とは結びつかないだけであった。
森の中で見た彼の体はひどいものだった。数え切れない程の切り傷の跡、色素沈着で残ったような痣が右脇腹と太ももにあった。背中はやけどでできたのか大きなケロイドが残っている。そして数々の傷跡の上に這い回るような、魔法陣が施されていたのだ。
サマリスが寝ているうちにニフユに尋ねてみたが、魔法陣を見ただけではどんな魔法かまではわからないらしかった。
総合して見るに、この魔法使いは怪しい。
ただ、サウサミーケはその場で困り果てていたし、彼に頼るのは仕方がないこととも思えた。
魔法使いなど、今の時勢では滅多に見ない。
八十年前に魔王が死んでから、それからは魔法も剣も拳も大きく廃れていた。
今力を持っているのは金だ。金の力が一番強いと言えるだろう。金があればどんなに強い用心棒だって雇えるし、なんなら魔法の研究だってできる。きっと、そんなことをする人はいないが。
何にせよ、彼女はニフユと別れる糸口と仕事ができて良かったと思っている。
「なあ、ニフユと分かれるにはやっぱりちゃんと魔法を覚えなきゃいけないのか?」
「……たぶんお前の持っている召喚書を読めれば大丈夫だと思うぞ」
「多分って、いうのは? どうして確証がないんだ?」
「俺だって全部がわかるわけじゃないってことだ」
サマリスの顔は未だに新聞で隠れたままで、彼の表情は読み取れない。こんな話、サマリスはどんな表情をしながらしているのか。
新聞の広告欄に人探しの情報が載っていた。文字が細かすぎてサウサミーケの方からはしっかりと内容が把握できないが、どうやら見つければ多くの報酬がもらえるらしかった。
ホットサンドの最後の一口を押し込み、水で飲み込む。
まともな食事にありついたのは実に一週間ぶりだった。
「サウサミーケ、ニフユの契約を解く話はあまりしないほうがいい」
「どうして?」
サマリスが突然言う。新聞から少しだけ顔が出ていた。魔法陣の瞳と、オレンジ色の瞳がかち合う。
「ニフユが嫌がるからだ」
「……嫌がっているのか?」
「いや、姿を現さないからしっかりとしたことは分からないが……」
「なら、嫌がってないよ、きっと。それにニフユもせいせいするでしょ。使い魔なら、サウサミーケみたいに魔法がわからない人のところより、サマリスみたいにちゃんとした魔法使いのところに行ったほうがいい」
「なぜ、そう思うんだ?」
サマリスが新聞を畳んで机の上に置いた。サウサミーケがすかさずそれを手に取る。広げて読み始めたのにサマリスは驚いた顔をしていた。
「だって、生き物には居場所があるもの。力があるものはその力を発揮できるところにいたほうがいい。サウサミーケのところでは、あの子は力を発揮できないよ。きっとね」
サマリスが呆れたように煙草に手を伸ばす。
サウサミーケは気にもせず話を続けた。
「サウサミーケは魔法がわからないから」
「だから、これから学ぶんだろ?」
「学んだってわからないね。そんな気がするよ」
サウサミーケの口からなぜかそんな否定的な言葉が出て、サマリスにしてはそれは意外だった。
あの酒場で見た自信はどこかへ消えていた。自分が畑違いなのはよくわかっているとでも言いたそうな言葉だったが、彼女はまだたった十二歳の子供である。選択の余地はいくらでもあるし、彼女に魔法の才覚があるのは、サマリスがよくわかっていた。
他者を攻撃する時に出るあの光の粉や、足に纏っている奇跡は魔法を使った時に出るそれによく似ている。彼女が無意識のうちにでも魔法を出せる体ならば、才能は十分だ。
少なくとも十年以上魔法に携わっているサマリスより才能があることを彼は感じていた。
目の前に座って新聞を興味深そうに読んでいるのは、たった十二歳の少女である。ただ、そこに座っているだけの可愛らしい少女であった。
「とにかく、ニフユの話は避けろ」
「……わかったよ」
サウサミーケが一つの記事にじっくり目を通している。
「ニーベの英雄の像、取り壊してしまうんだね?」
「ん?」
「ほら、ここの記事」
新聞の小さなスペースに英雄フォシュタ・カベックの像が老朽化で取り壊しと書いてある。資金の目処も立たないので、再建の予定はないらしい。
サウサミーケの瞳が揺れていた。
「残念だな、あの像好きだったのに」
「お前、英雄フォシュタが好きなのか?」
「……好きだよ」
サウサミーケはそう短く答えただけで新聞を閉じた。
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