第5話

 淡い光のカンテラの前に、サウサミーケとサマリスが顔を突き合わせて座っていた。ニフユは先程から姿が見えない。


「……それって、どういうこと?」

「だから……」


 これでこの質問は何度目だろう。そして、この返事を返すのも。

 サウサミーケが使い魔に『ニフユ』という名前をつけてしまった時点で、彼を強制的に魔界に送り返すことはできないくなっていた。名前というのは、使い魔にとっても、召喚者にとっても重要なものなのだ。名前がついていないのなら、召喚の時に使った魔法陣を壊すだけで解決していたのだが、どうやらサウサミーケが魔法使いでないとわかった瞬間にニフユが謀略をしたらしかった。

 しかも、それが一か月前の話ときたものである。

 サマリスは深いため息をつく。だが、彼女の望みを叶えるのが到底無理ということではない。まだ手立てはあった。


「で、そういうことだから……」

「……ふーん。難しくて、わからないや」


 サウサミーケの反応といえば先程からこの程度のものだ。本当に、理解する気があるのかと言いたくなる。

 カンテラが、ヒビの影を作って揺れていた。

 大きな瞳が一瞬カンテラを残念そうに見たが、今度はサマリスの方を見返した。


「わからないけど、方法があるっていうのはわかったよ」

「そりゃ結構なことで」


 サマリスがようやくホッとする。そして、心の中で泣いた。本当に意味を理解してもらわなければ、契約の解除は難しいだろう。


「でも、サウサミーケが騙された形なのに、どうして頑張らなければいけないんだろ?」

「そりゃ、騙されたほうが悪いからだろ。知識がないのに、魔法の世界に飛び込むのが悪いね」

「不可抗力だし、この本が魔法の本だってサウサミーケは知らなかった」

「じゃあ、相当運が悪かったんだ」

「おかしいな、運はいいほうなのに……」


 おかしいのは、少女の方である。すぐにはニフユをもとに戻せないと言うことを告げたのにあっけらかんとしたまま、今度は空を仰いだ。月光が降り注いでいる。もしかしたら、今までの説明をもう一度する羽目になるかもしれなかった。


「そういえば、魔法使いって仲間を見ても魔法使いって分からないんだな」


 なんて間の抜けた質問だったろうか。


「そんなの、魔法使いは普通の人間と変わらないからな。俺だってサウサミーケを見てもそんなに強いなんて思わない」

「サウサミーケはそんなに強くない。これから強くなるんだ」

「謙遜」

「本当のことだよ」


 サマリスが否定したが、サウサミーケはなんとも思っていなさそうだった。地面に健気に生えている下草をつまらなさそうにブチブチと毟る。

 オレンジ色の瞳はうつむいたままだ。


「でも、サマリスはひと目で魔法使いってわかるね」

「そりゃ、どうも」


 サウサミーケは魔法にこれまで一度だって触れたことがなかったどころか、見たことすらなかった。それが、今や隣に高名そうな魔法使いがぽつねんと座っている。

 どうやら、魔法使いというものは腕っ節は関係ないらしかった。ニフユの話では魔力というものが魔法使いの強さを決めるらしいから、やはり努力や研鑽を積み重ねたものが強いのかと思ったが、その魔力というものはどうやら生まれつき値が決まっているらしい。

 努力の上に成り立たない力だ。

 それはつまり彼女の中で理不尽を表していた。

 積み重ねた時間を呪うように、また、既に死んだ英雄を追い越そうという気持ちと似ているのではないだろうか。魔法使いになって、不運にも魔力が低い人間なんかは、常に挫折をしているのだろう。そうして、この隣に座るブロンドの魔法使いはきっとそんな挫折味わった試しがないのだろう。

 人を呪うことなど一度だってないのだろう。


「その目、病気かなにかか?」

「事故だよ」

「ふうん」


 聞いた割にそっけなくなってしまったのは、サウサミーケが同時に考え事をしていたからだ。

 次の質問が出た。


「普通に、見えるのか? 魔法陣、だっけ? がくるくる回ってるけど、酔ったりしない?」

「普通の目より性能はいいぞ。遠くが見える」

「そうなんだ」


 魔法陣が回っていることに関して答えなかったのは、何もないからなのか、それとも何か不都合があったからなのか。

 夜半になりかけていた。サウサミーケはナイフとヒルムセムトの召喚書という名前らしい本とカンテラ以外には何も持っていなかったが、匂いと星の位置と、月の高さで時間がわかる。

 空気の匂いが更に冷たさと、重さを増していた。


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