第8話 カット

「別れようかな。」

そう決意をし始めていた。

嫌になったとかじゃない。

ただ、僕には相応しくないし、チーフになってまで頑張っている加奈子を無理させているのは僕なんだ。

そういった事を言って別れた方がいいんだろうか。

「……。」

今日僕は休みだが、加奈子は休みじゃない。今も頑張って働いている。価値を売っている最中だ。

日曜日の真昼間。駅に行くと言っていた。

コートを手に引っ掛けて財布とスマホだけ持って外に出る。

やっぱり、加奈子が壊れてしまう前に言おう。僕はダメだって。もっと、今ならいい人がいて、30歳くらいまでに結婚できるよって。

「どこだろう。」

駅と言っても広すぎて、ましてや仕事中に邪魔もできない。

「……。あ……。」

知らない人と楽しそうに歩いている。あくまで仕事だ。ほんとは楽しくないのかもしれない。

「しばらく付けるか。」

良くないし、他の人に見つかったら引かれること間違いなしだがついて行くことにした。

ジェラートを食べたり、ゲームセンターで景品がとれて大喜びしたり。

いつもの加奈子より少し子供っぽいなと感じた。

午後4時になるとじゃあそろそろ……。と加奈子が切り出す。

「そうだね、楽しかったよ。またお願いするね。」

男も嬉しそうに話す。

「あ、そのことなんだけど。」

「うん?」

「私、もう辞めるの。」

「え、辞めちゃうの。」

「うん。本当に必要なものを得るためには、ある程度、削ぎ落とさなきゃいけない。そう思ってる。」

男はしばらく驚いた顔をしていたが、そうなんだね、と納得した態度を示した。

「あー。加奈子ちゃんとのデート、楽しかったのにな。」

「わっ私も!楽しかったよ。」

料金の分のリップサービス、と信じたい。

「そ、それじゃあ。」

加奈子はちょっと名残惜しそうに去っていく。僕もそれをただの通行人のように装ってついて行く。


削ぎ落とす。


加奈子らしい、はっきりした言葉だった。

たしかにそうだとも思った。ただ、僕の性格上、削ぎ落とすことが苦手で、どうしてもすがり付いてしまう。だから、加奈子と別れようと決心したとき、本当はすがりつきたいのを踏ん切りつけたつもりだった。


加奈子が本当に得たいものはなんなんだろう。


「加奈子!」

ついて行ったのがモロバレだが、後ろかろ声をかける。

「なおくん……!」

いつから、と驚く。

「加奈子、付けてたんだ、ごめん。」

「あ、今日会えないって言ったから分かったんだね。」

「うん、心配だったのと、言いたいことがあって。」

「うん、なあに?」

一瞬風が冷たく吹く。


言え。早く。


「別れた方がいいよ。」

「そう思う?」

案外平気そうに尋ねる。

「うん。」

返事を聞くのが怖くて続ける。

「ぼっ僕は、フリーターで、チーフで頑張ってる加奈子とは違う。あと、その。僕はに大人しくて、はっきり物言えて頑張れる加奈子とは……ふっ不釣り合いなんだ。」

「そっか。」

焦って目も見ずに話していたが、よく見ると加奈子は泣いている。

それを見るのはいつぶりだろうか。

「私っ頑張ったんだけどなあ……。」

えへへ……と笑う。


まだ寒い、4月のこと。



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