第6話 ガラスの靴
リリン、リリン……
小さい鈴を鳴らす。
「ごめんください、直樹です。」
相変わらず古めかしい家で、ピンポンも無ければ誰が訪れたか見るインターホンもない。不用心だ。
加奈子の家についた。手紙を読んで今すぐ加奈子の顔を見たいと思った。4月の夜はまだ肌寒く、しかもこんな夜分に迷惑でしかない。
「はあい?」
加奈子はまだメイクをしたままで髪の毛だけ下ろしている。
「な、なおくん!?え、なんで……、とりあえず中に入って、寒いから……。」
「急にごめんね、加奈子に……。」
「わかったわかった……。寒いから、ほら、話は中でしよまい。」
たまにでる方言だか分からない、加奈子のお母さん言葉も僕は好きだ。
「あ、飾ってあるんだ……。」
昨年の12月にプレゼントした、ガラスの靴のオブジェが飾られている。
「当たり前でしょ?結構嬉しかったんだよ、あのプレゼント。」
緑茶をすすることを口実に、2人とも無言の時間が続く。
「あの……さ。加奈子、何をそんなに頑張ってるの?1人でやろうとしなくていいんだよ?」
「……何で急にそんなふうに思った?」
「手紙を読んだんだ。」
「前あげたやつ?」
「そう。一緒にいるためならなんでもするって。それが妙に。」
「……気になって?」
「そう。」
また沈黙が続く。やっぱり言いたくないみたいだった。
「お母さんにも話してないの。」
お母さんは今日はもう寝たようだ。僕のさっきの電話のあと、本当にすぐ寝たようだった。
「……売ってるの。わたしの、価値。」
価値という言葉。本当に加奈子は言葉を選ぶのが上手い。
女を売ってる、とか、夜の仕事してるとか言われたらそんなことしなくていい!なんでしたの?と口論になりそうなところを上手く丸く収めようとしている。
「良くないことだと思ってるよ。本当に。なおくんに嫌われるって、思った……。」
ね?まあ……ねえ?
ははっと苦笑いをして場を濁す。
「僕以外の人とシないって、シたら、嫌だよ?って、付き合う前に言って……。」
「う、うん……だから、シてはない。」
「あ、そうなんだ……。」
「ごめん……そうでもしないと……足りない……。」
泣きそうになる加奈子の背後では、寂しそうにガラスの靴が輝いている。
「優しいことだけじゃやってられない。チーフの仕事もそう。すっごい……嫌なこともある。」
王子と結婚するために、
シンデレラは掃除をし、
イジメを受け、
更には一時的な別れをも受けとめ、
泣きそうになりながら家に帰る。
「今日……クビにした。」
「え。」
「1番っ……仲良くしてた同期。上司からチームを削るよう言われて。でも、仕方なかった。功績が足りない人は、切らなきゃいけなかった……。」
そうして、泣く。
「生きるって辛いよ。一緒にいるためなら売れるものは売る。お金をもぎ取る。自分の儲けの妨げになるものを、排除する……。」
甘えていた。
改めて、そう実感した。
「加奈子……ごめんね。」
頭を撫でる。
「ごめん……私、すっごく、汚い。なおくんの、彼女なのに……。汚い、すっごい。」
加奈子がこんなに弱いところは初めて見た。
正直、汚いのは生きるためだもん、そうでしょ?って、そういう顔をすると思ってた。
まだ僕は加奈子のことなんて何も知らないのかもしれない。
ガラスの靴を僕のためなんかに、履いて欲しいなんて。おこがましかったのかもしれない。
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