第3話 石の上にも

ー4月ー

加奈子の浮気に気づいてから1月が経った。

ずっと聞くかどうか迷っていた。大輝さんのこともそうだし、結婚のこと、これからどうしたいのかとか、加奈子の本当の気持ちについて。

僕達は週に2回くらい電話をしている。正直、最近の加奈子は電話の時間さえ鬱陶しそうにし、そろそろいい?と切り上げようともする。

「加奈子、話があるんだけど。いつ時間取れる?」

ガタガタと玄関の引き戸を開けた音が受話器から聞こえてくる。加奈子のご実家は和風の造りだ。

「時間か。うーん、今話せるなら話して欲しいかな。」

まだちょっと肌寒いねえ、と付け加えてため息と同時に家に入った。

今日も加奈子は仕事から帰ってきたら、ルーティーンのようにスーツをハンガーにかけながら押し入れをパンっと閉める。

その音が会話開始の合図になった。

「加奈子、最近さ、僕と違う人に会ってるでしょう……?誰?」

「……ごめん、言いたくないんだ、その事は。」

「言えないの?言えないようなことしてる?」

「うん、言えない。」

「それはさ……、僕が付き合ってる意味があるのかな?」

浮気してるのに、僕のことはどうしたいの?

そう聞けない意気地無しの、僕の必死の抵抗。

「ごめん、ほんとに……。でも、付き合ってて欲しいんだ。訳は、話せない。申し訳ないことしてるって思ってる。」

浮気に気づいたことに、気づいてる。

益々訳が分からなくなる。開き直りとも見えるような気がする。

「……僕達さ、付き合って3年経つよね?それでも言えないこと?信用されてな……」

「違う。」

ちょっとまってよ、違うの。

加奈子が珍しく小さい声で話す。いつもは最後まで僕の意見を聞いて、冷静に答えてくれる。僕は、加奈子のこういったところが仕事が向くんだろうと思っている。そんなところが誇らしくて、この人が僕の彼女なんて羨ましいだろ、とさえ思っていた。

「3年経ったよね……、分かってるよ。でも、まだ待って欲しいの。」

3年付き合ったら結婚する、とか、したほうがいい、とかそんな話はしてなかったけど。

「いや、僕も焦るつもりじゃないんだ。ただ、加奈子は今27歳だし…。」

自分で言っておいて、27歳だったらなんだよ、と思っている自分もいる。

「大輝さん……は、誰?友達って言ってたけど、違うよね?なんで会ったり話したりしてるの?ちょっと気分悪いよ。だって普通に、浮……」

その間にも通知音はなる。1回じゃない。この電話をしているほんの10分の間に5回はなった。

「加奈子、さっきからなってるけど、何?お母さんは今ご実家にいるんだよね?だったら……。」

「ごめん、なおくんちょっといい加減にして欲しい。今は話したくない。」

「え……。」

「流石に言っていいことと悪いことがあるよ。今日は寝よ?おやすみ。」

一方的に電話を切られて、メッセージが1件入る。

"なおくん、ちょっと落ち着くまで会うのやめよう。私だって、この3年、頑張ってきた。"


耐え忍んできた、みたいな言い方をする。


付き合うってそういうことだっけ……。




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