半分でも。

佐々木実桜

月は綺麗です。

「コウ、もう少し遅くなるはずじゃ…っ」


家に帰ると、好きだった人が双子の妹とキスをしていた。


一目惚れだった。


太陽みたいな笑顔が眩しかった。


人見知りを発揮しながらも頑張って話しかけに行ったり、いっぱいアピールした。


双子の妹である明美あけみ、私はメイと呼んでいるが、メイも協力してくれるって言って、数ヶ月。


好きになってから半年経って、たまたま聞こえてきた会話に、彼、日山くんの名前が聞こえてきたから、考えなしに耳をすまして、知った。


日山くんには彼女が居た。


私は想いを伝えてなんかないし、思わせぶりな態度を取られたとかそんな事全然なかったし、みんなと同じように優しく相手してくれてただけ。


だから誰も悪くない。


頑張って、諦めることにしよう。


私がそう決めたのが数週間前。


勝手に彼の姿を見つけてしまう自分の目に嫌気がさしながら、やっと、『青春はしたいけど好きな人はいない女子高生』というありきたりなポジションに戻ることが出来たのが、少し前だった。


もうどうでも良くなって、彼はいい人だから幸せになったらいいな〜と他人事として考えられるようになって、満足してた。



まさかその彼女が、自分の双子の妹とは思わなかったけれど。


メイと私は二卵性双生児で、顔も性格もだいぶ違うけれど仲は良いつもりだった。


メイは私をコウと呼んでいて、他の子がコウと呼ぶと少し拗ねるような独占欲が強めな妹。


言う前に私が日山くんの事を好きになったと言ってしまったから言い出しづらかったのかもしれない。


それか、言うタイミングがなかったのかも。


そんなことはありえない。


同じ屋根の下で暮らしているのに。


日山くんの事は正直もうどうでもよかった。


ただ、裏切りとしか考えられないメイの行動が、私には受け入れられなかった。


「…今日遅くなるってお母さんに言っといて」


そう言い残して私は、帰ってきたばかりなのに財布とスマホと、定期と何故か買ったお団子だけを持ってまた家を出た。


冷静になれる場所を探さなければ。


(あそこにしよう)


一度だけ、『定期圏内の駅を探索しよう』と、メイと降りたことの無い何もなさそうな駅に降りたことがあって、私はその時に見かけた公園に心惹かれて、でもメイはそれよりもカフェに行きたがったから、その公園には行けなかった。


電車に揺られながらぼんやりしていると、なんだか涙が溢れそうになって、でも制服で一人涙を流す女子高生なんてきっとおかしいに決まっているから何も無かったような顔で、吊り下げ広告を眺めてた。


『満月の夜はお団子をたべよう!』


団子屋の広告。


(お団子…今日満月かな)


駅に着いてすぐ空を見上げたが残念なことに今日は半月だった。


(私、案外傷ついてないのかもしれないな)


公園に向かって歩き出そうとすると、視界の隅に兎の耳のようなものが見えたから、追いかけることにした。


兎の耳のようなものは、正真正銘兎の耳だった。


(さすが田舎、野ウサギまでいるのか)


余計なことを考えながら追いかけていると、たどり着いた先は目的地のあの公園だった。


(でも、うさぎいないな)


少し凹んで、見つけたベンチに座る。


しかし、月は綺麗だなあ、


「半月でも。」


独り言をつぶやきながら袋からお団子を出すと後ろから人の気配を感じて退こうとした時には私の手、ではなくその手に持っていたお団子は奪われていた。


うさ耳の生えた男に。


「これ、ちょうだい。」


「…いいけど、話し相手になってよ」


私、きっと動揺してたんだな、突如現れたうさ耳付けた不審者に話し相手になれと言うくらいには。




「お名前は?貴方は何?」


もぐもぐとお団子を頬張るうさ耳男に横から質問をなげかける。


「サミー。月のうさぎだよ。」


月のうさぎとは、なんだろうか。


「お月様のもとでお餅をついてるうさぎが月のうさぎ。」


「今は月にいなくていいの?」


簡単に信じる私は馬鹿だ。


「今は修行中。俺がつくお餅、あんまり美味しくないって言われちゃって。」


「それは手厳しい。頑張って、美味しいお餅つけるようにならないとね。」


「んー」


なんだか煮え切らないな


「別にいいかなあ、地球のご飯美味しいし」


(暢気なうさぎだな…)


「お団子屋さんのお名前は?」


「お団子屋さん?」


「お団子くれたからお団子屋さん」


月のうさぎはなかなか短絡的な考えをしているらしい。


「私は、コウだよ。」


なんとなく、サミーにはコウと呼ばれたかった。


メイが拗ねるなんてどうでもいいとかそういう感情もあるだろうけれど。


「お団子屋さんのコウだね。わかった。」


「うーん、お団子屋さんではないんだけど、まあいいか。」


「サミーは、ここに住んでるの?」


「ううん、普段は一緒に地球に来た友達と暮らしてるよ。ここは、俺のお気に入りの場所!」


そう言ったサミーは無邪気な顔で笑っていて、なんだか癒された。


「そっか、ごめんね、お気に入りの場所に踏み込んじゃって」


「いいよ、コウは良い子だから」


『メイは良い子なのに、コウも少しはいい子になってくれないかしらね』


サミーの台詞に少し嫌な思い出が甦ってしまったけど、気にしない。


(良い子なんて、一度も言われたことなかったな。)


「コウは悲しいの?」


「え?」


「悲しそうって、お月様が」


なかなかの不思議ちゃん発言だが、よく考えれば存在自体が不思議なので仕方がない。


「うん、少し悲しいことがあったの。」


「そっかあ。満月の夜なら、俺が魔法のお餅食べさせてあげれたのに。残念。」


サミーは眉と、そして何故かうさ耳を垂れ下げている。慰めてくれようとしたみたいだ。


「ありがとう、でもサミーのお餅美味しくないんでしょ?」


少し照れくさくて、嫌味っぽくなってしまった。


「うっ、それは、頑張るよ」


「うん、またいつか食べさせてね」


またいつかと言いながら、会えるとは思っていないけど。


「あ、俺知ってる!ダメだよ!地球人のまたいつかは来ないって地球に行く時にお母さんに言われたんだ!」


今度は耳をピンッと立たせて、サミーは私に訴える。


「だって、会えないでしょ?」


「会える!」


「どうやって?」


「俺がコウを見つける!」


なんだか懐かれたみたいだ。


「うーん、じゃあ見つけてみて。次の満月までに。」


「任せて!」


最初の印象からは一転、生えているのはうさ耳なのに人懐っこい犬のようなサミーを微笑ましいと思いながら、私は、半月を見上げた。



家に着いたのは夜の11時前。


いつも通り居ない父に、もう眠りについているだろう母。


リビングのドアを開けると、ダイニングテーブルにはラップのかけられた夕飯を前に伏せて眠るメイが居た。


いつもなら起こして寝室に案内したりしたものだがあいにくそんな余裕はない。


でも、放置することは出来ず、結局ブランケットを掛けて、寝室に戻った。



(不思議な夜だったなあ)





嫌に現実味のあるだけの夢だと思いたかったあの日から四日。


あれから私は一度もメイとは話していない。


日山くんとは元々諦めた日からそんなに喋らないようになってたし、あっちも気まずいのだろう。


仲直りすることももちろん考えた。


私が好きになった人がたまたまメイの彼氏だっただけだ。


それを言わなかった事に関しては憤り以外に何を感じろという話だが。


あの、月のうさぎと名乗ったサミーが探しに来てくれている気配は、実は少しある。


最近、隣のクラスの子からやたら視線を感じるのだ。


友達に聞いた名前は宇佐美うさみかおるくん。


(宇佐美…ウ、サミー。なんちゃって。)


視線は感じるが話しかけられるわけではないので放っておいている。


宇佐美くんとは一度も話したことないし、なんだかクールそうな子だし、なによりうさ耳は生えてない。


それにたまたま遭った月のうさぎが実は高校の同級生とか展開が漫画すぎる。


きっと、何も起きないだろう。



あの日から七日。


放課後の教室。

自分の存在をないものとする私に、メイは堪忍袋の緒が切れたように怒鳴り始めた。


「いつまで根に持ってるの!ずっとずっと無視ばっかり!謝ろうとしたって無視されたら謝れないじゃない!ずっと無視していくつもり?!」


「メイがいないと何も出来ないくせに!のぼるくんの事は悪かったと思ってるけど、一週間も無視することないでしょ!」


「コウだって悪いんだから!!」



人はある一定の怒りを感じると逆に冷静になれるらしい。


「そんな風に思ってたんだ。あんたが居ないと何も出来ないって?笑わせないで。料理もまともに出来ないあんたに言われたくないわ」


「根に持ってる?そりゃ持つよ、日山くんのことはもうどうでもいい。あんたに協力を求めた私が馬鹿だったって後悔してるだけ。」


「知ってるよ、私が好きになってから付き合ったんでしょ。私が好きになって、あんたに打ち明けて、そっからあんたも好きになったんでしょ。いつものパターンじゃない。慣れたもんだわ。」


「謝るって何を謝るの?付き合っておきながら協力するとか言って私をあざ笑ってたこと?私と同じ家で私が好きだった人とキスをする背徳感に喜んでたこと?どうせあんたの謝罪なんてただの自己満足じゃない。ごめんねって言ってまた仲直りして時間が空いたら同じことをする。もう傷つき飽きたよ。」


「一週間でそんなに怒るなんて相変わらず短気。でも残念、仲直りすることなんてもうないよ。疲れた。あんたなんか妹じゃない。」


怒鳴ることも、感情をむき出しにすることもせず吐き出して、私は教室から出ていった。



(あ、明日満月だ。)


歩きながらため息を吐き出すと、後ろから走ってくる人の足音が聞こえてきた。


「ねえ!」


この声は…


「コウだよね!やっと見つけた!」


宇佐美くんだ。


「うん、確かにコウだけど…」


「やったあ!見つけたよ!褒めて!」


…?


「えっと、俺、サミー!あ、でも人間の時はカオルって名乗れって言われてるからカオルって呼んで!」


「…うん、やっぱりサミーだった。」


「え?」


「なんとなく、ずっと見てくる子がいるなあって思ってたんだ」




サミー改めカオルくん曰く、目星はつけていたが確証がなく声をかけられなかったらしい。


「夜だったから半分の月明かりだけじゃ顔はよく見えなくて、でも全く同じ匂いだったからコウだと思ったんだけど、ひかるちゃんって呼ばれてたから、コウじゃないのかなって思って」


なるほど、それでずっと見てたのか。


「でも、なんか、御坂みさか明美だけは光ちゃんのことコウって呼んでるって友達からきいて、やっぱりコウなんだって!」


カオルくんは興奮冷めやらぬ様子で語る。


「で、明日は満月だけど土曜日だから、声をかけるなら今日しかないと思って、急いで追いかけてきた!」


「そうなんだ、ありがとう。」


「うん!」


そう頷くとカオルくんは私に頭を差し出すように屈んだ。


「ん?」


「地球では良い事をしたら頭を撫でてもらうんだって書いてあったよ!」


この子、やっぱり実はうさぎじゃなくて犬なんじゃないのかな。


「よしよし」


「ん、なんか恥ずかしいね」


「自分から言い出したんでしょ。それで、サミーは」


「カオル!」


「はいはい、カオルくんは私を見つけだしたわけだけど、これからどうする?友達にでもなる?」


「え、もう友達じゃないの?」


「あ、うん、そうだね。じゃあどうしようか。」


「あ、明日の夜!あの場所に来て!お餅持っていくから!」


「…うん、わかった。」



翌日、前と同じような時間に公園につくと、うさ耳を生やしたサミーが大事そうにお皿を抱えていた。


「あ、コウ!」


「お待たせ、えっと、サミーの方がいいかな」


「うん、今はサミー!はい、これお餅!」


「あ、うん、ありがとう。これお団子、よかったら食べて。」


「ふふ、やっぱりコウはお団子屋さんだ」


コウが持ってきたお餅は、いつも見るようなお餅なのになんだか輝いて見えた。


「いただきます」


…美味しい


「美味しいよ、すごく。」


「本当に?!よかったあ、いっぱいコウのこと考えながら作ったんだよ!」


少し、涙がこぼれてしまった。


「え、コウ?!どうしたの?どこかいたい?」


「ううん、嬉しかったの。ありがとうね。美味しくなくなんかないよ、サミーのお餅。」


自然と頭を撫でてしまった。


「えっと、俺、いい事したんだよね。よかった。コウの手って暖かいね。」


そうして二人で、お餅とお団子を食べながら、月の下でただ一緒に過ごしたのだった。




(帰ってきちゃった…あー、帰りたくなかったな。)



コンコン


「コウ、私、メイ。お願い、開けて。」


(はぁ…)


ガチャッ


「なんの用。」


「あ、あのね、」


私はこの顔を知っている。


泣き虫な妹が、それでも涙を堪えようとしてる時の顔。


「とりあえず入って」



「で、なに。」


「あの、えっと、メイね。」


「…ゆっくりでいいから」


やっぱり私は姉のようだ。


「メイ、いっぱい考えたの。最初は、なんでこんなに怒るのって、意味わからなかったけど、どう考えても悪いのはメイだし、今までのこと思い出しても、コウはなんにも間違ってなくて、メイって本当にダメだって思って、それで」


「メイ、自己満足でもいいから謝りたくて、許してもらえるとは思ってないの、でもメイ、それでもコウのこと大好きだから、コウはメイのお姉ちゃんだから、だから、」


「ごめんなさい」


最後には耐えきれなかったようで、子供みたいに泣きながらメイは私に謝った。


「メイ、仲直りしてもらえるように頑張るから、コウにメイが妹で良かったって思ってくれるように頑張るから、だから、メイのこと、妹じゃないっていわないで」


(はぁ…)



「いっぱい言えて満足した?」


「…」


「はっきり言えば、許せるなんて思ってない。あんたは多分ずっとわがままのままだろうなって思ってる。」


「うん…」



「でも、私はあんたのお姉ちゃんだから、妹にチャンスぐらいはあげてもいいよ。」



「ほ、ほんと?!メイ、コウの妹でいてもいい?!」


「次何かあったら許さないからね。」


「うん!!うん!!絶対、ぜーったいないようにする!!」


「はいはい、おいで」


可愛い顔がぶっさいくになっているのも気にせずにメイは私に抱きついてきた。




ガチャッ


「おかえり、サミー」


「ただいま!」


「なんか機嫌いいな?」


「うん、暖かい友達ができたんだ!」


「そっか、よかったな」


「うん、そっちは彼女さんとどうなの?サン」


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半分でも。 佐々木実桜 @mioh_0123

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