第十三話――魔法物質(マナ)

 ここはブリーゼの居城ラブホのリビング。

 中世のお城を彷彿ほうふつとさせる――しかしどこか不気味な、言ってしまえばRPGロールプレイングゲームの魔王城を思わせる禍々まがまがしい装飾が施された壁や柱、調度品。

 シーのファッションも眼玉や骸骨などがモチーフに採用されており、人間と魔族とでは美的感覚が根本的に異なるのかもしれない、などと考えた堕天男ルシファーであった。

 四十平米はゆうにある広いリビングのど真ん中に、ポツンと向かいあって並ぶソファに腰かける、ブリーゼと堕天男。

 マトリス紙による適性検査終了後、シーに促されてどこかやる気の抜けた態度で、しかしシーのシン料理は恋しいのか、ブリーゼは魔法学の講義を始める。なおシーは夕食の準備をしにキッチンへと赴いた。

「さて。どこから説明すればいいのかしらね、堕天男マイダーリン。まず、魔法物質マナについてはご存知……よね?」

 まるで知ってて当然、と言わんばかりにそう訊ねるブリーゼに、しかし堕天男は首を横に振る。

 アニメやゲームで耳にしたような気はするが、サーマが観ていたのをちょっと耳にしたくらいで、小中高大と母の徹底監視の下に学業にすべてを捧げ、社会人となってからはブラック労働に打ちひしがれていた堕天男に、サブカルの知識はほぼ皆無であった(なおあの鬼畜天使ははおやは『アニメやゲームなんて教育に大変よくありません』とかのたまいながら自分はHDDレコーダーに録画して四六時中観ていたというダブルスタンダードっぷりである)。

「義務教育で教わる常識なのだけど……〈教団〉はそういう基礎教養の記憶まで奪ってしまうのねえ。罪深いわ、まったく」

 ため息を吐き、頭を抱えたブリーゼの。

「魔法物質は魔法を使う際に使われる、燃料のようなものよ。こんなふうに」

 その人差し指が、白く光る。

「ありとあらゆる生物の中に宿り、また大気中にも微量だけれど存在するわ。あなたの中にも、私の中にも、それぞれ量や系統は異なるけれど、魔法物質は存在する」

「天使たちにもか」

 堕天男の質問に、ブリーゼの顔がほころぶ。

 まるで我が子の成長を喜ぶ母のような。

「いい質問ね、ダーリン。積極的なオトコはお姉さん大好きよ。でも、少し違うわ。天使たちの中にも魔法物質が存在するというよりは、彼らはなの」

 ……などと言われても、こちらの世界の知識が微塵もない堕天男は眉根を寄せ、首を傾げるのみ。

 その姿がまた愛おしい、と言わんばかりにブリーゼは黄色い声をあげる。

「天使の正体は、最高神ガイウスの生み出した魔法生命。存在自体が魔法物質の彼らは、人間とは比較にならない魔法物質をその身に宿しているわ」

 短時間で町を壊滅させた天使サーマの巨大な破壊光線を思い出し、堕天男の心拍が跳ねあがる。

「彼らのようにね」

 ブリーゼが言うやいなや、部屋の扉を開け、パリッとしたスーツ姿の美少年が入室してきた。

『オ呼ビデショウカ、マスター。何ナリト御命令クダサイマセ』

 先日の入口の熊や暗黒騎士ホームセキュリティを想起させる、抑揚のない機械的な話し方。

「彼は私が創った魔法生命体の執事よ。名前はロメオ」

 そして執事ロメオを見やり、その手をとるブリーゼ。

「彼は堕天男ルシファー。私の新しいダーリンよ。挨拶なさいな、ロメオ」

『ヨロシクオネガイシマス、堕天男サマ』

 ブリーゼに促され、ロメオはその右手を堕天男に差し出した。

「ああ、よろしく」

 堕天男はその手を握り返す。

 人間的な温もりは感じられず――むしろ冷たさすら感じさせるその手は、何だか冷蔵された食肉のような気味の悪さを感じさせた。

 生命というよりは動く人形、という印象だ。

 サーマ店長デカトリースといった天使たちとはどこか違う。

 同じ魔法生命でも、天使たちは〈第三世界〉の人間と見分けがつかなかった。

 最高神とやらが生み出した存在だからより人間らしいのだろうか、などと、堕天男は考えた。

 その仮説を補強するように――

「とは言っても、私みたいなには彼らを生み出すのが精一杯。神サマが生み出す天使たちと戦わせても、五秒で肉塊ミンチにされるでしょうねえ。というか、されたわ」

 忌々しそうにそうこぼすブリーゼ。

 彼女もその昔〈教団〉とやらとりあったのだろうか。

「俺も修行を積めば、その魔法生命とやらを生み出せるようになるのか」

 堕天男はやや興奮気味に問う。

 一から生命を作る、そんな神の如き所業が自分にも可能なのか、と、あふれ出る好奇心を抑えずにはいられなかった。

 何だったら魔法生命を量産して自分だけの軍隊、そして自分だけの国家を作り、世界征服――などと子供じみた妄想にふける堕天男に、しかしブリーゼは難しそうに「う~ん」と呻く。

「どうかしら。それは坊や次第ねえ。古今東西、魔法生命を生み出すことに成功した魔道士は。まあ魔族に転生して何百年単位で修行を積めば、もしかしたら使えるかもしれないわね。まずは焦らずに、基本の魔法から。そうね、こないだ教えた物体操作魔法プリーテ衝撃魔法バルステンからいってみましょ――『来たれプリーテ』」


「ひぃやァ!?」


 ブリーゼが唐突に呪文を唱えると、部屋の扉がバタンとこじ開けられ、なぜかシーがリビングの中へと飛びこんできた。

「感心しないわねえ、馬鹿弟子。夕飯の準備ほったらかして師匠わたしの見張り? そんなことしなくてもちゃんと教えるわよ、まったく――」

 不機嫌そうにそうこぼしたブリーゼは、しかし何か思いついたのか、妖しげに微笑んだ。

「な、何ですか」

 ブリーゼがよからぬことを企んでいるのが伝わったのか、シーが半歩下がる。


「『弾けよバルステン』!」


 いきなりブリーゼから放たれし衝撃波が、シーの衣服を弾き飛ばした。

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