第四話――死(ゲームセット)

 反射的に頭をガードしなかったら、そして地面がコンクリートだったら、堕天男ルシファーは今ごろ脳漿のうしょうをぶちまけて御陀仏おだぶつだっただろう。

 だが――それだけだ。

 たった数秒、生きながらえただけにすぎない。

 満身創痍の堕天男にとどめを刺すべく社会人精神注入棒を振りあげ、満面の笑みで走る店長が、しかし脳のリミッターが解除されていたせいか、とてもゆっくり動いて見えた。

「さあ、これでゲームセットだよオ~、黒野くぅ~ん」

 息子の命の危機だというのに、さーまはまるで堕天男を助ける気配がない。

 それどころか、ヘラヘラしながら嗜虐的に眼を細め、楽しんですらいる!

 店長の社会人精神注入棒が、堕天男の顔面めがけて振りおろされた――その時。


 ――


 何だ――何が起こった――!?

 あまりに現実離れした光景を突然見せつけられ、堕天男の思考は停止した。

 混乱を極めた頭は、「誰かが自分を助けるために店長にロケット弾でも撃ちこんでくれたのか」などと比較的現実味のある推測を弾き出す。

 堕天男の渾身の一撃に耐えた店長もさすがに爆撃には耐えられなかったのか、木っ端微塵に吹き飛び、肉片すらこの世に残されてはいなかった。

「あらあ〜。何それ?」

 さすがは元陸自というべきか、沙麻はこの荒唐無稽の状況にもただ不思議そうに首を傾げるのみ。


ゲームセットは――あなたの方ですよ」


 女性としては低めの、凛とした声が、聴こえた。

 堕天男の前に現れたのは、黒い衣に身を包んだ、長身の女性。

 夜空を想起させるダークブルーの髪に、紅玉ルビーの如き瞳。そして雪のように白い肌に、尖った耳。

 まるでアニメやゲームに出てくるキャラクターを思わせる姿形ナリだったが、コスプレのような不自然さは不思議となく――いっそ本当に異世界から来たと錯覚させる、そんな女性だった。


「魔族か」

 沙麻の顔から、初めてサディスティックな笑みが、消えた。

「あなたにもご退場願いましょう――使

 言うや黒衣の女性は、真っ黒な右腕を掲げた。

 よく見るとそこには細かい文様のようなものが、びっしりと描かれ。

 次第にその刻印は輝きを増し、てのひらに収束する。


「『爆ぜよエルペーゲ』」


 瞬間、その右腕からバスケットボールくらいの青白い光弾が、沙麻に向けて放たれた。

 それは眼にも止まらぬ速度で、着弾し――


 ――


「さて。長居は無用です。彼らはこの程度では死にません。私について来てくださいな」

 淑やかに微笑み、そう述べた黒衣の女性。

 彼女が何者かは、堕天男にはわからない。

 だが敵ではなさそうだった。

 どのみちここで油を売っていては、警察に捕まりただちに反逆罪で罰金刑、下手をすれば殺人の濡れ衣を着せられてその場で銃殺刑だ。

 全身がバラバラになったかの如き激痛をねじ伏せ、堕天男はよろめきながらも黒衣の女の後を追いかけた。


『魔族一体ノ存在確認。〈特異対象L〉ノ捕獲ニ失敗。神法ノ使用許可ト援護求ム』


 抑揚のない機械のような沙麻の声が、堕天男の耳に届いた。

「あの程度じゃ時間稼ぎにもなりませんか」女が顔をしかめた。

 振り向きざまに己が母を見た堕天男は――絶句する。


 母が空を飛んでいる――


 その背中には、大きな白い翼。

 そしていつもは黒いその瞳が黄金に輝き、中心には謎の十字模様が刻まれていた。

 何だ、この生き物は――⁉︎

「ルシちゃあ〜ん。どこへ行くのかしらあ〜? 知らない人にはついてっちゃいけないってお母さん、口酸っぱくして教えたわよねえ〜?」

 いつもの無邪気な少女のごとき笑みを浮かべて叱責する母の視線は、しかし黒衣の女に向き――

「誘拐なんて、お母さん許しません! 天に代わってオシオキよッ! ってことでえ〜」

 その口が、大きく開かれた。


「神法『爆裂滅殺天使砲エンジェルキッス』――」


 直後。沙麻の口が灼熱色に輝き――

 直径二メートル以上の、巨大な白い光線が、放たれた!

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