第三章『フィノメンタル・オートマタ』1
「おはよう、マキ。早いね」
「おはよう、アオくん。眠そうだね」
土曜日の朝、遊園地の前にて。最初に集合場所に着いていたマキが、二番目に到着したアオを笑顔で迎えた。
「昨日の晩、トキオに会ってさ。ラーメン屋で今日の予定とかアカネがどう可愛いだとか、延々聞かされてたんだよ。それでちょっと寝不足」
「お疲れ様。でも、それだとトキオくんも寝不足なんじゃないの?」
「あいつは寝不足でも元気でしょ」
「確かに。いつも元気だよね」
「しかし、アイツも問題だよ。告白の答え聞いてないのに、もう付き合ってる気でいる」
「そうなんだ。因みにアオくんは、2人が付き合った方が良いと思ってる?」
「すれ違いを解消した上で付き合うのはいいけど……付き合う方向に進むとは思えないね」
「どうして?」
「トキオは基本相手を無視して進めるから、すれ違いの解消は望めない。そして、アカネは恋愛に興味が無いと言うか……よく分からない性格してるから」
「それはそうね。でも、私は2人が上手くいけばいいと思うよ。今日は、その手伝いをするつもり」
「……俺も応援するさ」
アオは面倒そうに肩を竦める。
「ところでマキ、今日の服は気合入ってるね」
「そ、そうかな?友達と相談して、流行ってる感じにしてもらったんだけど」
「可愛いと思う。女子力高いね」
「かわ……あ、ありがと………ア、アオくんもカッコいいよ!」
「ありがとう。頑張ってみた甲斐があるよ」
「うん…カッコいい……」
褒められたマキはポウッとして黙ってしまった。そして、ハッとした様に手鏡を取り出すと、いそいそと前髪を整え始めた。
マキが女子力を高める活動に勤しまうと、寝不足の頭では、場を持たせる気力も沸いてこない。アオは降りた沈黙を破る事はせず、腕時計を確認した。
「アカネちゃん!?」
突然、マキの悲鳴を聞き、何事かと顔を上げる。慌てて辺りを見回したが、アカネがいつも通りの格好でこちらに向かってきているのが確認できたくらい。悲鳴を上げるようなモノは特に見付からなかった。
「どうしたの、マキ?アカネはいつも通りだし、大きな声を出すような事が……」
口に出して違和感に気が付いた。集合場所に到着したアカネは、実にいつも通りの黒いジャージ姿なのである。
「アカネ、君って奴は……」
「あ、おはよう。アオ、マキ」
「おはようじゃない。なんでいつも通りのジャージ着用なのさ」
「だってこれしか持ってない」
「じゃあ、買いなよ。デートだって言ってるでしょ?トキオだって楽しみにしてるのに」
「服を買いに行く服が無い……」
「制服あるでしょ!ほら、トキオも来た。見てよ、あの気合の入りよう……って、トキオもバカなのか!」
「よ!皆さんお揃いで!」
「なんでトキオはトキオで、礼服着てるのさ!」
3人を見付けて走って来るトキオは、アカネとは真逆。パーティーにでも行けそうな畏まり具合であった。
「勝負の日だからな!親父のクローゼットから拝借してきた!って、アカネちゃん!」
トキオは、アカネを見て目を丸くした。その様子を見て、アオは額を押さえた。
トキオはかなり怒り易いのだ。聞く所によれば、トキオは野球部で、行く先々の練習試合で他校の生徒と喧嘩している程。
大事なデートにジャージで来たとなっては、暴れ出してもおかしくない。
「今日も可愛いね!学校以外で会うっていうのは新鮮だ!」
しかし、トキオの感性はアオの斜め上を行くらしい。
かなりのハイテンションで、アカネを褒めた。
「そうじゃないでしょ、トキオ!アカネがジャージで来てる事に突っ込みなよ。やる気がないにも程があるって!」
「やる気が無いんじゃなくて、他の服が無い……」
「嘘吐け、アカネ!」
アオはアカネに怒るが、トキオは本当に気にしていないらしい。
「つか、女の子の服とか分からんしな!体も顔も最高なんだから、着てる服とかどうでもよくね?脱いだら一緒だし」
「互いに気にしてないなら、なんでもいいよ!つか、最低だね、トキオ!」
「アオくん、大変だね」
「分かってくれて助かるよ、マキ。このふわふわした空気は何だろうね……デートなんだから、分からなくもないけど」
トキオは完全に空回っている様子。普段から何をしでかすか分からない男だが、今日の危うさは5割増しになっていた。
一方、アカネはアカネで、トキオとは真逆のローテンション。デートを嫌がっているというより、ダウナー系の薬でもやっている感じ。
「先が思いやられるよ。まだ園内に入ってもないのに……」
「が、頑張ってね、アオくん」
アオはマキに背中を支えられながら、変人2人に続いて園内に入っていったのだった。
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