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ハガネに水城マリの事件の一報が入る少し前、アオは一人でラーメンを食べていた。
この地域では有名なチェーン店で、店内はかなり広い。時間が微妙な事もあって客は疎らで、その中でも周りに誰も居ないテーブルを選んでいた。
アオは豚骨ラーメンを啜りながら、誰かに電話を掛けていた。
「スイ、聞きたいことが有るんだ。三色駅の事故についてなんだけど」
「アオか。こんな時に掛けてくるなよ」
「こんな時だからだよ」
「ったく……ちょっと待て、人のいないところに行くから」
「了解」
アオはチャーシューを咀嚼しながらスイが移動するのを待つ。
電話の向こうでは、けたたましくサイレンの音が鳴っている。詳しくは聞き取れないが、怒鳴り声とざわめきから、かなりの人数が集まっていると思われた。
「………………大丈夫だ。で、駅の事故だっけ?」
「そう」
「喜べ、アオ。水城マリは死んだ。要するにお前の復讐は終わったって事だよ。取り敢えず喜んどけ」
「事故で解決しそう?」
「自殺かね。出来るだけそういう方面で済ませる」
「本気でそういう方面にしてよ」
「つっても、最近の犯行と同じ手口だ。お前が犯人になる事は無いんだろ?」
「ないね。でも、僅かな可能性も残したくない」
「そりゃそうだな。俺も足が付かない程度に、全力でやらせてもらうよ」
「ありがとう。ところでスイ。俺の復讐が終わりって言った時に、引っかかる言い方しなかった?」
「気付いたか。流石だな」
「どういう事?」
「確かにお前の親父さんを自殺に追い込んだ連中は、全員殺した……というか、死んだ。でも、考えてみろ。当時高校生だか中学生だかの奴らだぞ。あいつ等だけで大逸れた事できると思うか?」
「……言いたい事は分かったけど、なんでそれを今まで言わなかったの?」
「あくまでも実行犯は女子大生共だ。お前だってプロじゃねーんだから、実行犯共を殺すだけで十分と思ったのさ」
「何か事情が変わったの?」
「援助交際の元締めやってた奴が、お前の犯行に感付いているらしい。そいつを放っておけば、いずれお前に辿り着く」
「でも、売春グループの元締めなんて、俺の手には負えないよ」
「いや、お前に近付いて来てる奴自体は、元チンピラだ。グループには属していない。白崎ハガネって名前に聞き覚えはないか?」
「俺を付け回してる探偵?」
「探偵……そういや探偵の真似事なんてしてたな。会った事が有るのか?」
「まあ……」
キツネのような顔をした、背の高い男を思い出す。
「俺に大の男を殺すなんて、無茶だよ」
「そうは思うがな。殺らなきゃ、殺られる状態だ。正味の話、言う程手助けできねーぞ」
「なんでさ?」
「白崎は元チンピラとは言え、今は立派な社会人だ。暇な女子大生達と違って、社会的な役割ってものがある。だから、居なくなったら騒がれるんだよ。俺はそれのフォローで手一杯」
「じゃあ、無理じゃないか。自分より力が強くて、荒事に成れてて。フラフラ遊び回ってる女子大生と違って、簡単には近づけないし、消せない。何よりこっちのモチベーションが……」
「モチベーション?」
「大した意味じゃない。復讐は女子大生達だけだと思ってたから」
「一休みしたいってか?まあ、いいから聞け。一応白崎には弱点があるんだよ」
「弱点?雷属性に弱いとか?」
「ふざけずに聞けって」
「分かったよ」
アオはラーメンを啜りながら話を聞く。
スイが得意気に披露する白崎の暴露話を、麺と一緒に飲み込んでいく。始めは真面目に聞いていたアオだったが、話が進む内に微妙な顔になっていった。
「考えただけで、不安になる策だね」
「そうか?使い易いじゃないか、色々と」
「いや、闇が深いなと思って」
「ま、人間なんてそんなもんだ」
「取り敢えず、今日取りに行くよ」
「今からか?」
「こういうのは、いつ必要になるか分からないから。不測の事態に備えたい」
「…分かった。仕事抜け出せるようにしとく。近くに来たら、また電話してくれ」
「ん?家にあるんじゃないの?」
「今、持ってる。不測の事態に備えてな」
「趣味が悪いね。駅に行けばいい?」
「ああ。じゃあ、またな」
「了解」
アオは電話を切ると、残っている麺を急いで食べ切った。余韻も無く会計を済ませ、自動ドアを潜る。寒空に舞う風に、一つ身震いした。
「おお!アオじゃないか!どうしたんだ、こんな時間に」
駅に向かおうと歩き出した所で、大きな声に呼び止められた。声の方を見ると、トキオが近付いてきていた。
「ラーメン食べてたんだよ。トキオはどうしたの?」
「部活で遅くなったんだけどよ、電車が止まってて、歩いて帰ってきたんだ」
「野球部だっけ?遅い時間まで頑張るね」
「もうすぐ俺らも二年になって、一年入ってくるからな。それまでに上手くなっときたいんだよ」
「威張るため?」
「レギュラーが取れるかどうかの問題だ。アオもこの機会に、野球部入らねーか?」
「どの機会だよ。微妙過ぎる時期じゃないか」
「アオは運動神経いいし、授業のソフトボールとかでも大活躍だったじゃねーか」
「野球は好きだから、個人的にはやってたんだよ」
「?なら、なんで野球部入らなかったんだ?中学も入ってなかったんだろ?」
「中学で部活に入ったけど、野球できないし一年の夏で辞めた。俺、野球は好きだけど、野球の練習が好きな訳じゃないんだよ」
「嘘だろ!練習こそ全てじゃないか!」
「それ本末転倒してない?野球が好きで部活に入ってるのに、練習では野球は出来ない。練習試合に出れるのは、試合もせず練習を続けた奴だけ。甲子園目指すならそれでいいだろうけど、純粋に野球がやりたいなら同好会作って、近所の公園で草野球大会やるのが一番じゃない?外国の部活とかだと、練習終わったら皆でストリート試合するらしいし」
「う~ん……よく分からないけど、練習しないと試合に出れねーし、草野球とかやってる暇ねーよ」
「まあ、練習好きは否定しないけど。コツコツ関係ない事続けられるのは偉いとは思う」
「だろ!」
トキオは皮肉には気付かず、得意気である。
「所で、アオちょっといいか?」
「話?」
「そ!アカネの事なんだけどな、やっぱ俺の告白強引じゃなかった?」
「強引でしょ。最低だと思うよ」
「やっぱそうかな。でも、我慢できなくてさ!」
「いや、動物じゃないんだから……」
「でも、ああでもしなきゃ、アカネと恋人同士に成れてなかったと思うし、やっぱあれでよかったと思うんだ!」
「は?成ってないでしょ、恋人」
「焼くな、焼くなって!」
「告白の答え聞いてないでしょ……今日もアカネから、愚痴のメール入ってたし。明日のダブルデートどうしよう的な」
「そうだよ!明日だよ、デート。あの店でラーメン食いながら、デートのプラン練ろうぜ」
「俺が今、あのラーメン屋から出て来たの見てなかった?なんで同じラーメン屋に入ろうとする……ひ、引っ張らないでよ!」
「こんばんは~。大将!二人行ける?」
「ああ、もう入っちゃったし。チェーン店だから、大将居ないし」
アオの抗議も虚しく、トキオは2人分のチャーシューメンを注文して席に着いてしまう。こうなってしまうと逃げるのは困難だ。アオは店員を呼ぶと、自棄気味に餃子を追加した。
この後、散々トキオの独白を聞かされ、駅に着いたのは警察の撤収も終わった後。スイに殴り飛ばされたのは言うまでも無い。
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