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「マキ、次の授業なんだっけ?」
「数学だよ、アカネちゃん」
「あ~、そうだった。数学分からないんだよ」
「苦手だっけ?私も得意じゃないけど」
「この世から数学が無くなればいいのにって、漫画で言ってた」
「そ、それは生活とか大変になりそうだけど……」
「高校生の必須科目から無くなればいいのに、とも言ってた」
「その通りだね。教科自体も面倒だけど、先生がね……」
「良くないらしいね、あの先生」
3限目と4限目の間の休み時間。マキとアカネは数学への不平をぶちまけていた。
別にアカネは数学が苦手でも、担当の先生が嫌いでもない。女の子は数学や教師が不得手な事があるという情報を元に、伽藍の日常をなぞり上げているだけである。
いつも通りの作られた平和であったが、変調は突然に襲来した。
「白崎アカネはいるか?」
教室の扉が大きな音を立てて開かれ、トキオが入ってきたのだ。
野球部で体の大きなトキオは、良くも悪くも目立つ。教室にざわめきが広がり、注目がトキオとアカネに集まった。
「居るけど、どうしたの?」
「ああ、居たか!良かった」
トキオはアカネを発見すると、必要以上に大きな声で喜びを表す。好奇の視線が集まる中、アカネの前まで来ると大声で捲し立てた。
「やっぱり、俺と付き合ってくれ!」
「付き合って……へ?つ、つ、つ……なんで!?」
「昨日のお前のテキパキした感じとか、妹を気に掛けてくれる優しさとか見て、惚れたんだ!頼む、付き合ってくれ!」
「いや、え……心の準備が……というか、何?」
急展開にアカネは対応しきれていない様だったが、トキオはお構いなしである。
「さっそく、今度の土曜日、デートしてくれ」
「いやいやいや!待って!落ち着かせて!」
「そうか、2人きりはまだ早いか。じゃあ、ダブルデートだ。そうだな、アオ、マキ。今度の土曜日、千咲遊園地に九時集合な」
「急過ぎるって!アオもマキも嫌でしょ?」
アカネは、マキとアオに助けを求める。
「俺はいいけど」
「私も……嫌じゃないかな?」
「嫌がってよ!」
しかし、2人は頼りにならない。そもそも味方とも言い難い。
「よし、決まりだ!やっべ、授業始まっちまう。それじゃ、またな!」
「え…ちょっと!待って、トキオ!」
トキオは言いたい事だけ言って、教室から出て行ってしまった。アカネは追い掛けようとしたが、無情にも休み時間終了のチャイムに阻まれてしまった。
他の人ならば、規則を無視してトキオを追っただろう。けれど、アカネにとっては、辻斬りの様に公然の場で告白されたことも、授業時間には教室に居ないといけないという規則も、どちらも同レベルの重大事だった。
「なんで、アオもマキも断ってくれないのよ」
「面白そうだったから」
「どこが、アオ!私が?遊園地が?」
「どっちも」
「もう、嫌い!」
「まあまあ、アカネちゃん。トキオくんも悪い人じゃないしね?」
「悪いよ!なにあれ?あんな轢き逃げみたいな告白ある!?告白ってもっとロマンチックにしないといけないって、映画で言ってたよ!」
アカネは、ストレスを驚きとしてぶち撒ける。
そして、口にしてから、重大な事に気が付いた様子。
「そ、そうだ……告白…告白されたんだ…どうしよう!?」
「大丈夫、アカネちゃん?」
「分からない!なんか吐きそう……」
夕暮れのように消え行く、アカネの思う人間らしい生活。
立て直す術など、アカネの薄っぺらいマニュアルには載っていなかった。
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