8

「マキ、次の授業なんだっけ?」

「数学だよ、アカネちゃん」

「あ~、そうだった。数学分からないんだよ」

「苦手だっけ?私も得意じゃないけど」

「この世から数学が無くなればいいのにって、漫画で言ってた」

「そ、それは生活とか大変になりそうだけど……」

「高校生の必須科目から無くなればいいのに、とも言ってた」

「その通りだね。教科自体も面倒だけど、先生がね……」

「良くないらしいね、あの先生」

 3限目と4限目の間の休み時間。マキとアカネは数学への不平をぶちまけていた。

 別にアカネは数学が苦手でも、担当の先生が嫌いでもない。女の子は数学や教師が不得手な事があるという情報を元に、伽藍の日常をなぞり上げているだけである。

 いつも通りの作られた平和であったが、変調は突然に襲来した。

「白崎アカネはいるか?」

 教室の扉が大きな音を立てて開かれ、トキオが入ってきたのだ。

 野球部で体の大きなトキオは、良くも悪くも目立つ。教室にざわめきが広がり、注目がトキオとアカネに集まった。

「居るけど、どうしたの?」

「ああ、居たか!良かった」

 トキオはアカネを発見すると、必要以上に大きな声で喜びを表す。好奇の視線が集まる中、アカネの前まで来ると大声で捲し立てた。

「やっぱり、俺と付き合ってくれ!」

「付き合って……へ?つ、つ、つ……なんで!?」

「昨日のお前のテキパキした感じとか、妹を気に掛けてくれる優しさとか見て、惚れたんだ!頼む、付き合ってくれ!」

「いや、え……心の準備が……というか、何?」

 急展開にアカネは対応しきれていない様だったが、トキオはお構いなしである。

「さっそく、今度の土曜日、デートしてくれ」

「いやいやいや!待って!落ち着かせて!」

「そうか、2人きりはまだ早いか。じゃあ、ダブルデートだ。そうだな、アオ、マキ。今度の土曜日、千咲遊園地に九時集合な」

「急過ぎるって!アオもマキも嫌でしょ?」

 アカネは、マキとアオに助けを求める。

「俺はいいけど」

「私も……嫌じゃないかな?」

「嫌がってよ!」

 しかし、2人は頼りにならない。そもそも味方とも言い難い。

「よし、決まりだ!やっべ、授業始まっちまう。それじゃ、またな!」

「え…ちょっと!待って、トキオ!」

 トキオは言いたい事だけ言って、教室から出て行ってしまった。アカネは追い掛けようとしたが、無情にも休み時間終了のチャイムに阻まれてしまった。

 他の人ならば、規則を無視してトキオを追っただろう。けれど、アカネにとっては、辻斬りの様に公然の場で告白されたことも、授業時間には教室に居ないといけないという規則も、どちらも同レベルの重大事だった。

「なんで、アオもマキも断ってくれないのよ」

「面白そうだったから」

「どこが、アオ!私が?遊園地が?」

「どっちも」

「もう、嫌い!」

「まあまあ、アカネちゃん。トキオくんも悪い人じゃないしね?」

「悪いよ!なにあれ?あんな轢き逃げみたいな告白ある!?告白ってもっとロマンチックにしないといけないって、映画で言ってたよ!」

 アカネは、ストレスを驚きとしてぶち撒ける。

 そして、口にしてから、重大な事に気が付いた様子。

「そ、そうだ……告白…告白されたんだ…どうしよう!?」

「大丈夫、アカネちゃん?」

「分からない!なんか吐きそう……」

 夕暮れのように消え行く、アカネの思う人間らしい生活。

 立て直す術など、アカネの薄っぺらいマニュアルには載っていなかった。

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